第3話 ケンタウロスになりたい

 ドラセナには夢があった。


 それが、人馬一体の究極の形。

 ギリシャ神話に出てくる半人半馬族「ケンタウロス」に転生することである。


「ドラセナ、まぁ堅い話は良いから、まずは飲め」


 神のディファロスは近頃、こうやってドラセナの夢にふらっと現れる。

 盃を交わして談笑するためだ。


「近頃は神業界もなかなか大変だ」


 それがディファロスの口癖である。


 人間同様に定例の異動があり、嫌な上司もいるらしい。

 実際、ディファロスは、上司との軋轢の末に飛ばされ、数ヶ月前からこの地域の人間担当になったのだという。

 人間界に溶け込むために、今は若い男の姿をしている。


 ディファロスは、英雄であるドラセナを一目置いていたし、ドラセナもフランクなディファロスを慕っていた。


 神と人間という関係を超越するほど、2人は馬があった。


「ふむふむ。つまりはドラセナ……お主はその半人半馬族のケンタッキーとやらになりたいわけだな?」


 呂律が怪しいディファロスが、ドラセナの夢に話題を戻す。


「違う‼︎ではない‼︎俺がなりたいのはだ!」


 クリスマスの食卓に並ばされてたまるか。


 強い口調でドラセナはすぐに訂正する。


 目が据わっているディファロスに向かって、ドラセナはさらに力説する。


「いいか?俺と愛馬のトゥレネが融合してケンタウロスになれば、数万の軍にも匹敵する力となるのだ‼︎俺は決して、力に飢えているんじゃない‼︎抑止力になりたいだけなんだ‼︎強大な力であるケンタウロスという存在が他国の侵攻の障壁となり、結果として戦争にならない‼︎平和をもたらすんだ‼︎」


 ディファロスはハッとする。


 いかんいかん。

 どうやら、しばしの間、意識が飛んでいたようだ。


『平和をもたらすんだ‼︎』


 その部分はかろうじて聞こえた。


「だから頼む。俺をケンタウロスに生まれ変わらせてくれ‼︎」


 ドラセナが頭を下げて、懇願していた。

 

 途中の話はよく聞いていなかった。

 だが、マブダチのドラセナが頭まで下げて自分に頼み込んでいる。


 お前の熱意には負けたぜ……。


「ドラセナ、我の神力じんりきで、お主をケンタウロスとやらに必ず変えて見せよう。来る星降る夜に発生する強大なエネルギーを利用すれば、俺はお主をケンタウロスとやらに変られる。星降る夜に愛馬とともに願え‼︎」


 半人半馬族……。

 神・ディファロスはこの時、ケンタウロスについて大きな勘違いしていた。

 そして、ドラセナも、神がまさか知らないとは思わなかった。


 噛み合っていない歯車が、悲劇に向かってゆっくりと動きだし始めた。

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