第20話

「次は、なにを描くんだい?」


 私は、ため息を吐いた。


「シーナさん……。私は、漫画家にはなりませんよ?」


「ふ~ん。でも、オファーも来てるんだろう? 兼業してもいいんじゃないかい? 例えば、この世界に来る前の話とか?」


 考えてしまう。

 電車や車、飛行機なんかの話を描けば、読まれる可能性がある。

 何冊も漫画を描いた、私だけ知っている読者の傾向だ。


『ライト兄弟の物語は、一応覚えているんだよな……。誰でも空を飛べる。それを実現した人達の話。箒で飛べる人は、限られてるんだ。

 いや、狼煙や念話がある世界なんだ。電話がいいかもしれない』


「……科学だと、アイディアが尽きないな」


 この世界の人達が知らない、『科学』をネタにした漫画……。

 それが、私の読まれる結論でもあった。

 まあ、この世界の読者の好みだな。


「考え込んでるね? 揺れているのかい?」


「私は、喫茶店シーナの料理番でいたいですね……」


「……そうかい。まあ、気が変わったら言っておくれ。私も、多少はレシピを覚えたしね」


 追い出そうとしているんじゃないな。

 私の巣立ちを促してくれているみたいだ。

 だけど、私に動く気はない。


「こんな居心地のいい場所を手放す気はないですよ。漫画は……、気が向いたらまた描きます」


 壁を見る。私が描いた絵が、いくつも飾られていた。私の感情その物だ。

 ここは、居心地がいい。

 それだけだった。他に理由なんていらない。


 私を見た、シーナさんが笑った。





「シーナさん。オーダーストップで!」


「あ~もう! 了解!」


 今日も今日とて忙しい。

 店の改装は、行わない。シーナさんの両親が残した店なんだそうだ。できるだけ手を加えたくないらしい。


 調理場だけでも広げてくれれば、もう少し料理を多く作れるのだけど……、このままでもいいかな。

 赤字じゃないんだし。


「今日も、冒険者で溢れてるな。溜まり場になっている気がする」


 街の外に出て、稼いで来いと言いたい。いや、街中でも仕事はある。

 朝から晩まで、漫画を読んでる奴もいるし……。働けと言いたい。


「さて、片づけるか。まず、洗い物だな~」


 私は、何時ものルーチンを熟す。それだけで、心が満たされる。

 働くとは、こんなにも気持ちいい物だったんだな。



「…………」


 洗い物をしていたら、決まった。なんか決めてしまった。


「私の次に描く、『漫画本』が決まりました」


 シーナさんが、掃除の手を止めて聞いてくれる。

 

「タイトルは?」


「『喫茶店シーナの日常』ですかね。ほのぼのとした日常を描きたいと思います」

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そうだ! 異世界来たけど漫画喫茶を開こう! 信仙夜祭 @tomi1070

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