第5話 やらかしてしまいました

 部屋を飛び出したアリアは、トイレを探して廊下をひた走る。


 「トイレ、トイレ、トイレはどこですか」


 お屋敷の廊下を走りながら、トイレのマークを探す。

 途中、使用人が前方に見えた時は、その手前でスピードを落とし、優雅な歩みでその隣を通り過ぎていく。

その際、使用人に微笑みを浮かべて軽く会釈をして、尿意を我慢してトイレを探していると悟られないようにしていった。

 アリアは、使用人が見えたら走るのを止めてその横を歩いて移動し、使用人が見えなくなったらまた走り出すことを繰り返していた。

 しかしそれがいけなかったのか、とうとうアリアの膀胱が痛みを以て、限界を告げてきた。


 「やばい、もう我慢の限界が近い!!」


 気を抜くと漏れそうになるところを気合で我慢し、トイレを探す。

 しかし、すでに限界に達しようとしているアリアは、もう走ることが出来なかった。

 アリアは、少しでも楽になろうと身体を前に傾け、お腹に手を当てて一生懸命にトイレに向かって歩みを進めていく。


 「がんばれ、私。負けるな、私。ここで負けたら、ある意味でバッドエンドだぞ、俺」


 声にも出して自分を鼓舞し、アリアは懸命にトイレを探して屋敷の廊下を歩く。

 この時のアリアの頭には、無事トイレについてさっぱりした己の姿と、やり遂げて達成感に浸った己の爽やかな笑顔が思い浮んでいた。

 しかし、アリアは一向にトイレを見つけることができずにいた。

 アリアの顔は真っ青に染まり、身体は我慢の限界からか小刻みな震えを起こしていた。そして、少しでも衝撃が加わったり、気が抜けたりするとダムが決壊し漏れそうな状態であった。

 もう何も話せる状態ではなく、己を鼓舞することも出来ずに亡霊のような覚束ない足取りでただトイレを探す。

 そして、我慢の限界で足が止まりそうになった時、廊下の先からシオンと男性の使用人が一緒に歩いてくるのが見えた。


 「あ、シオン丁度いいところに!!」


 そう声を出して、シオンの近くに行こうとした。

 シオンもこちらに気付いたのかアリアの下に歩み寄ろうとしていた。

 アリアは、やっとトイレに行けるとシオンの姿を見つめて安堵した。

 しかしこの瞬間、今まで張りつめていた緊張が緩んでしまった。


 「あっ!」


 アリアの口から言葉が一つ零れた。

 それを皮切りにダムが決壊した。

 身体が一度震えると決壊したダムから水が一気に流れ出した。


 「うそ!?やだ、待って!!」


 アリアは、それを手で押しとどめようと力いっぱいに押さえつけた。

 しかし、無情にもそれは止まってはくれなかった。

 アリアの太ももを温かい水が勢いよく伝って流れていく。

 アリアは、呆然とただ立っていることしかできなかった。

 しばらくすると、それは次第に勢いを弱めていき、最後には全部出し切り止まった。


 「やっちゃった」


 アリアは、乾いた笑みを浮かべて、瞳から涙を流しながら笑った。






 シオンは、アリアの自室に向かって歩いていた。

 途中、朝から空き部屋に放置していた男性使用人を優しく鳩尾に一発決めて起こし、一緒に連れだってアリアの部屋に向かっていた。


 「シオンさん、俺は今まで何をしていたのでしょうか。朝、廊下で掃除をしていたと思ったら、あの部屋で寝ていたんですよね。しかも何故か、体中が痛いんですけど。俺の身に一体何があったんですかね、シオンさん」

 「ええ、そうですね。いったい何があったのでしょうね」


 シオンは相槌を打ちながら白々しく答える。

 男性使用人は、今朝のことを思い出そうと頭を懸命に働かせた。


 「だめだ、何にも思い出せない。お嬢様の部屋の前で掃除をしていたことだけは思い出せるんですが、その後のことが全然思い出せないんですよ。何か、思い出していけないと頭が痛みで訴えかけてくるんですよね」


 そのように話すと、再び今朝の事を思い出そうと、うんうんと唸って腕を組んで考え込んでいた。

 シオンは、スッと目を細めると気取られないように男性使用人の観察し、その仕草から内面を探ろうとした。


 (演技ではなく、本当に今朝の事を忘れているか)


 そう結論付けたシオンは、そっと表情を戻すと男に向かって口を開いた。


 「ほら、いつまでもそうしていないで早く仕事に戻りなさい。あなたに何があったのかは、私の方でも調べておきますから、安心して仕事に取り掛かりなさい」


 そう言って男性使用人を早く自分から遠ざけようとする。


 「いや早く仕事に戻りなさいって言われても、俺の今日の仕事はお嬢様の部屋の前の掃除ですよ」

 「あれ、そうでしたか?」

 「そうですよ、シオンさん。せっかくですから、お嬢様の部屋の前まで一緒に行きましょうよ」


 そして、シオンの隣に並んで歩いていく。

 シオンは、心の中で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、今朝の自分の不始末さを後悔した。


 (掃除の記憶までもっとしっかりと消しておくべきだった)


 はぁ、1つ息を吐いた。

 そして、そのまま二人でアリアの部屋に向かって歩いていると廊下の先にアリアの姿が見えた。


 「あ、お嬢さm・・・」


 アリアに向かって呼びかけようとした言葉が途中で止まった。

 正面に見えるアリアの様子がおかしいことにシオンが気付いた。

 顔は血の気が引いたように真っ青になっており、足取りも覚束ないように見えた。更に、身体を前に傾け、腹部に手を置いて苦しそうに息をしているアリアがそこにいた。

 ただ事ではないその姿に、すぐに駆け寄ろうとした時、向こうがこちらに気付いた。

 こちらに気付いたアリアが、顔に笑顔を浮かべて歩み寄ろうとした瞬間、突如顔から笑みが消えた。そして、何かを一言発した瞬間、アリアの身体に一度震が走ったかと思うと、次の瞬間ワンピースのスカート部分を濡らして床に水が滴り始めた。

 アリアが何とか止めようと慌てて手で押さえ付けて止めようとしていた。しかし、それでも勢いは止まらず、スカート部分のシミが徐々に大きくなっていき、足元の水たまりも大きくなっていった。

 それから、しばらくすると全て出し切ったアリアが、足元にできた大きな水たまりの上に呆けた様に立っていた。

 その姿は水色のワンピースの裾から水滴を滴り落とし、下半身をびしょびしょに濡らした痛々しい姿であった。

 そして、アリアが瞳から涙を流し、笑い出した瞬間に、今まで呆然としていたシオンの意識が一気に覚醒した。

 シオンは、隣で同じように呆然としている男性使用人の意識を素早く奪うとアリアの下にすぐに駆け寄った。

 アリアの姿を見たシオンは心の中で後悔した。


 (もっと早く、あの男の意識を奪っておけば!)


 12歳の少女が他人に、ましてや男性に粗相を見られたことで受ける精神的ダメージの大きさの事を考えたシオンは、アリアがこれ以上傷を負わないようにゆっくり落ち着かせようとした。


 「アリアお嬢様、こちらをご覧ください」


 シオンは、アリアのもので濡れるのも気に掛けず、アリアの前で膝立ちになった。そして、目線をアリアに合わせた。


 「シ、シオン?」


 アリアがシオンに気付いた。

 そして、涙で濡れた瞳でシオンを見た。






 アリアの目の前にはいつの間にかシオンがいた。

 アリアは、意味もなくシオンの顔を見つめる。

 すると、シオンが優しい声色でアリアに答えてくれた。


 「はいお嬢様、シオンでございます」


 そして、ハンカチを取り出すと涙でぐちゃぐちゃのアリアの顔を軽く拭いていく。

 ハンカチで顔を拭かれているとアリアは身体の奥から惨めな気持ちが沸き起こってきた。


 「シオン、ごめんなさい」


 再び瞳から涙を流し始める。

 廊下で盛大に粗相をしてしまったことと下半身から伝わる自分のものでびちゃびちゃになった感覚から、アリアは涙を堪えることができなかった。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。」


 アリアの口から次々と謝罪の言葉がこぼれてくる。

 シオンは、そんなアリアを静かに胸に抱いた。


 「お嬢様、気にしないでください」


 そして、胸に抱いたアリアに向かってゆっくりと自分の思いをのせながら語りかけていく。


 「大丈夫ですよ。シオンはこのような事でお嬢様の事を嫌うことなど致しませんから、安心してください」


 アリアの身体をシオンが優しく撫でる。

 しばらくして、落ち着いてきたのかシオンの胸から顔を上げてアリアが訊いた。


 「本当ですか、シオン」


 おそるおそるシオンの表情を伺うアリア。


 「もちろんですよ。何があろうとお嬢様のことを嫌いにはなりませんし、離れませんから安心してください」


 シオンはアリアに微笑みかける。

 その心からの言葉を受けたアリアは、胸の内にあった不安が無くなり身体の強張りが解けていった。

 そして、気持ちが落ち着いてきたアリアは、抱きしめられている今の状態に恥ずかしさを覚え、シオンの胸からさっと身体を離した。

 その途中、一瞬シオンが残念そうな表情を浮かべていたが、アリアは見なかったことにした。

 シオンから離れたアリアは、改めて自分と周りを見た。


 「シオン、どうしよう」


 びしょ濡れの下半身と足元にできた大きなシミを目に入れたアリアがシオンを見上げて沈んだ声音で訊いた。

 不安そうに見つめてくるアリアに、母性がくすぐられたシオンは、我慢ができずアリアを抱きしめた。


 「心配しないでください、お嬢様。誰にだって失敗はあるものですよ。掃除をすれば済みますので、お嬢様がお気にする必要はありません」


 シオンが安心させるように語っていると、そこにアリアが今朝食堂に行く途中に最初に出会った女性の使用人がやってきた。

 その使用人はアリアたちに気付くと、今朝の事についての感謝と謝罪を述べようと近づいてきた。


 「アリアお嬢様、今朝は見苦しい姿を晒してしまい申し訳ありませんでした。そして、私に暇を出さずに雇い続けてくださりありがとうございます」


 そう感謝と謝罪を口にして頭を上げた時、ようやくアリアたちの様子に気が付いた。


 「メイド長、一体何があったのですか」


 女性の使用人が一応シオンに問いかけたが、何があったのかはアリアの濡れたワンピースと床を見れば気づくことができた。


 「お嬢様、よろしいでしょうか」


 シオンの問いかけに、小さくうなずいて答えた。


 「お嬢様が少々失敗をなされてしまったので」


 シオンがそこまで言うと、アリアはシオンの胸に顔を押し付けた。アリアは顔を真っ赤に染めて、火が出そうなほど顔を熱くしていた。


 「分かりました、メイド長。もう大丈夫です」


 女性の使用人がアリアの様子に慌ててシオンの言葉を止めた。


 「ここは、私が綺麗にしておくので、メイド長はアリアお嬢様をお願いします」

 女性の使用人の言葉にシオンが頷いた。

 「分かりました。では、この場所の後始末をよろしくお願いします」


 そして、アリアをお風呂場に連れて行こうとした時、アリアが恐る恐るシオンの陰から顔を出し女性の使用人を窺った。


 「どうかなさいましたか?」


 アリアの様子に気付き女性の使用人が問いかける。


 「汚くない?いやじゃない?」


 不安そうにアリアが訊いてくる。

 女性の使用人は、シオンと同じように膝立ちになり不安そうなアリアに微笑みを浮かべて、優しく語り掛ける。


 「いいえ、汚くありませんし、嫌でもありませんよ。だから、安心してください、お嬢様」


 それを聞いたアリアは、少しホッとした。しかし、まだアリアの心の中には不安が残っていた。

 アリアは、シオンと女性の使用人を見て最後に自分の足元にできた水たまりを見た後、躊躇いがちに口を開いた。


 「えっと、その、あの・・・」


 その続きがアリアの口から出なかった。そして、またきょろきょろと当たりを見回して口を開いたが、上手く口が動かず言葉が出なかった。

 アリアが何を言いたいのかを察した女性の使用人が優しく笑みを浮かべて口を開く。


 「心配しないでください。このことは、お嬢様とメイド長と私だけの秘密にしておきますね。そして、後片付けも私一人で行いますから安心してください」


 その言葉にアリアの顔が少し晴れた。しかし、すぐにアリアの顔が曇ってしまう。

 アリアが、廊下の先で倒れている男性使用人を見た。


 「・・・、男の人に見られたくないの」


 一瞬のためらいの後、小さく呟いた。

 アリアは、お小水を漏らしてしまったことをネタに脅されて、男性の玩具にされてバッドエンドに向かってしまう自分を想像して、この言葉を口にした。

 しかし、女性の使用人は違う意味でこの言葉を受け取った。


 「そうですよね、女の子ですもの、男の人に見られるのは嫌ですよね」


 ちゃんと、男性に見られて玩具にされてしまうことが嫌だという思いが伝わったと思い、アリアは何度も頷いた。

 女性の使用人はアリアが頷くのを見て、自分の子供たちの事を思い浮かべた。


 (そうよね。娘たちもおもらしをして、私に泣きついてくるものね。その時に、お父さんとお兄ちゃんには絶対に言わないでねと真剣にお願いしてくるものね。きっと、お嬢様も同じ気持ちなのよね)


 女性の使用人は、アリアの女の子らしさに微笑んだ。


 「大丈夫ですよ、お嬢様。先程も申し上げたように、ここは私一人で片付けておきますから、安心してお嬢様はメイド長と一緒に御着替えを済ませてください」


 使用人ではなく、母親の顔になった女性が、柔らかく微笑んでアリアに語った。


 「はい、わかりました!」


 アリアは心配がなくなり、明るく返事を返した。

 シオンは、アリアの返事の調子から落ち込んでいた気分から元に戻ったことを確認すると、アリアに口を開いた。


 「それでは、御着替えをしに参りましょうか」


 シオンは、アリアをそっと抱え上げた。そして、女性の使用人に感謝を一言口にした。


 「ありがとうございます」

 「いえ、感謝させるほどの事ではありませんよ、メイド長。それよりも、早くお嬢様を綺麗にしてあげてください」


 シオンは、頷くとアリアを抱えて大浴場に向かった。

 後に残った女性の使用人は、廊下の先で気絶している男性使用人に視線を向けて、アリアに聞こえないように小さな声で呟いた。


 「まずは、ごみの掃除よね」


 冷めた表情を浮かべて、どこかへと引っ張っていった。

 その途中、ぽつりと言葉を零す。


 「メイド長もまだまだ、甘いですね。完璧に記憶を消さないといけませんのに。まぁ、そこは私が消せばいいことですよね。私のかわいいお嬢様が穢れないようにね」


 楽しそうに鼻歌を歌いながら男性使用人を引っ張りどこかへと消えていった。

 そこには、今朝と先ほどの慌てふためいていた姿が演技であるような雰囲気さえあった。






 アリアは、大浴場までの道程をお姫様抱っこで運ばれていた。


 「シオン、下してください。自分の足で歩けますから」


 子供の様に扱われる自分の姿に恥ずかしくなったアリアが抗議した。


 「いえいえ、お嬢様これも私の仕事の一部ですから」


 アリアの抗議を軽く流して、嬉々として足取り軽く大浴場に向かう。


 「でも、わたくしのものでシオンの服が汚れてしまいますから、それに汚いでしょ。だから下してください」


 別のアプローチでシオンから降りようとするアリア。

 しかし、それでも頑なにアリアを下してくれなかった。


 「何をおっしゃいますか、お嬢様のものを汚いなどとこのシオンが思はずありません。それに、服など着替えれば済むことです。だから、お嬢様は安心してください」


 恥ずかしくて早くおりたいアリアは、更に言葉を続ける。


 「他人のものですよ、汚く思いませんか。それに、服にもシミと臭いが付いてしまいますよ。ですからね、シオン下してください」


 それでも、シオンは下してくれなかった。


 「心配して下さりありがとうございます。お嬢様のものを汚いなどとシオンは一切思いませんよ。服のシミを落とせば済むものですし、嫌な匂いなど全然ありません。それにこんなご褒美タイム・・・、ん、んんん、大事なお仕事ですもの途中で止められるわけなどありません」


 アリアは、何とか下りることを考えることに夢中になっていたので、シオンの発言の中で少々危ないセリフが含まれていたことに気付けなかった。

 そのようなやり取りをしている内に、大浴場の近くまで到着していた。


 「お嬢様、間もなく到着します」


 その言葉に反応してアリアは考えることを諦め、顔を上げた。


 「お風呂はどこだったかしら?」


 シオンが答えた。


 「このまま廊下をまっすぐに進み、左に折れた先にあるのが男性用となり、そこから右に折れて奥にあるのが女性用のお風呂となります。間違わないと思いますが、青い暖簾が男湯、赤い暖簾が女湯ですよ」


 アリアは、今説明があった道順を頭の中で再現し覚えた。そして、現代と暖簾の色はかわらないのだなと思った。

 そして、アリアは男湯の隣を過ぎて女湯の脱衣所に抱えられたまま入っていった。

 脱衣所に入る直前、男の時には決して入ることが許されないサンクチュアリにアリアは心の中で歓喜して声を上げていた。その時には、先ほどまであった恥ずかしさはどこかへと消え去ってしまっていた。


 (来た来た!!これぞビックイベント!!)


 脱衣所に入ったアリアの目の前には、桃源郷、理想郷の姿が広がっていて欲しかったが、アリアたち以外誰もいない淋しい脱衣所が広がっていた。


 (ああ、そうか。俺は悪役令嬢に転生したんだったな。主人公に転生したわけじゃなかったんだよな。はぁ~~。悪役じゃやっぱだめか)


 アリアの気持ちが一瞬で冷めていった。


 「お嬢様、まずは濡れてしまったワンピースから脱ぎましょうか」


 気落ちしたアリアは、シオンの言うとおりにしていった。

 そして、下着も脱ぎ終わり、裸となったアリアはシオンに伴われ大浴場へと入っていった。

 もしかしたら、というアリアの淡い期待も裏切られ、やはり大浴場にもアリアたち以外誰もいなかった。

 更にシオンも裸足になっただけで、メイド服もそのまま着ており、アリアの最後の希望も打ち砕かれた。

 その上、いい年をした大人がメイドさんに漏らしたものを洗ってもらうことにアリアの気分が底の方まで下がっていった。


 「さぁ、お嬢様、汚れを落としてしまいましょう」


 シオンが風呂桶に水を溜めて、それでアリアを洗っていく。

 アリアの足などに水をかけて、軽く汚れを流れ落とした後、脱衣所に置いてあるタオルを使い、ゆっくりと丁寧に下半身を洗っていく。

 アリアは洗われている間、シオンに間近でお小水漏らしてしまった自分の全部を見られていることに恥ずかしくなり顔を熱くしていた。特に、シオンに自分のデリケートな部分を洗われる時など、本当に顔から火が噴くのでないかと思うほど、顔が真っ赤になり熱くなった。

 そして、タオルで洗い終わり風呂桶で汚れを流そうとシオンがした時、アリアが真っ赤な顔でお願いした。


 「もう、大丈夫ですから。後は自分で流せますから。お願いシオン変わってください」


 アリアの真剣な願いもシオンには届かなかった。


 「いえいえ、ここからが最も大切な所です。ちゃんと汚れを残さないように洗わないといけませんからね」


 そのように言うとシオンは、風呂桶から水をゆっくりとアリアにかけていき、今度はタオルではなく手で軽く擦りながら洗っていった。

 アリアの中にあった沈んだ気分は、今感じている恥ずかしさで上書きされていった。

 洗い終わると、今まで感じていたベタ付きと気持ち悪さが無くなりさっぱりして、アリアは爽快感を覚えていた。

 最後に、シオンが乾いたタオルでアリアを綺麗に拭き上げていく。

 アリアは、もう何を言ってもシオンがやらせてくれないので、諦めてされるがままであった。


 「はい、終わりましたよ」


 そうして、アリアはやっと解放された。

 アリアが感じていた恥ずかしさは途中で慣れたのか、又は感情が狂ったのか感じなくなっていた。


 「ありがとう、シオン」


 アリアは、薄くニヒルに笑う。

 満足感でいっぱいのシオンはそんなアリアの様子に気付かずに大輪の花が咲いたような笑顔で答えた。


 「どういたしまして、アリアお嬢様」


 そして、お風呂場から出ていく。

 その途中、脱衣所に上がる前にアリアはシオンに足を拭いてもらった。

 その時、感情が狂っていたアリアはシオンに足を差し出して拭いてもらう時に、背筋をぞくぞくさせる得も言われぬ快感がアリアの中で生まれた。


 (ああ、何だろう。この胸が高鳴る、高揚感は)


 暗く冷淡な笑みをアリアはこの時初めて浮かべた。






 脱衣所に上がったアリアは、服を着ようと替えの服がどこかをシオンに訊いた。


 「ねぇ、シオン。わたくしの着替えはどこかしら?」


 一緒に脱衣所に上がったシオンは、その言葉で自分が浮かれていて大事なことを忘れていたことを思い出した。


 「あ!?」


 思わずシオンが一言零した。

 アリアは、半眼でじとーっとシオンを睨む。


 「シオンもしかして、忘れていたのかしら?」


 先ほどまでのお返しと声を低くして問いただす。

 シオンが思いっきり頭を下げて、謝罪を口にした。


 「申し訳ございません。直ぐに、御着替えの準備をして参ります」


 それだけを残すとシオンは脱衣所から飛び出していった。

 アリアは、苦笑いを浮かべてシオンを見送った。

 そして、1人になったアリアは暇なので脱衣所を見渡した。

 そのまま、ぼけーと脱衣所を見渡しているとアリアの脳裏にあることが突然閃いた。


 「もしかして俺は今、脱衣所桃源郷リーチなのではないか!!」


 もし、誰かがお風呂に入りに来れば、合法的に裸姿が見られるではないかと、アリアはそんなバカなことを考えていた。


 「さぁ、来い!!フィーバータイム突入だーーー!!」


 アリアは、そわそわと落ち着きなく入口をずっと見つめていた。

 しかし、誰もお風呂に来る者は現れず、脱衣所には一人で盛り上がっている痛い娘以外誰もいなかった。

 しばらくすると、脱衣所には項垂れて落胆したアリアの姿がった。


 (はぁ~~~。やっぱり、ラノベ主人公じゃないとこういうラッキーなイベントは起きないか。悪役令嬢では、駄目だったか)


 アリアは心の中で愚痴を零した。

 アリアがバカなことを考えて盛り上がっている内に、ある程度の時間が経過したはずだが、シオンは一向に着替えを持って帰ってこなかった。

 冷静になったアリアは、シオンが着替えを取りに行ったっきり帰ってこないことに不安を覚えた。


 「もしかして、さっきの仕返しのつもりでやったことが原因でシオンが落ち込んでしまったとか?」


 そう言葉に出したアリアは、首を何度か振ると別の可能性を考えた。


 「いや、落ち込むぐらいなら良いかもしれないが、もしかしたら、もう私の世話をしたくないと、仕事を辞めてしまっていたら!?」


 アリアは、より深刻にシオンが返ってこない理由を考えてしまった。

 そうなってしまうとアリアの中で焦りが生まれ、それが段々と大きくなり、自分の軽はずみな仕返しがシオンに大きな精神的ダメージを与えてしまったと思うと、自分の浅はかさとシオンへの心配が焦燥となってアリアの心を満たした。


 「駄目だ。こうしてはいられない。早くシオンを見つけて謝らなければ」


 アリアは、近くにあったタオルを腰に巻くとシオンを探しに飛び出していった。

 アリアが腰にタオルを巻いたほぼ全裸姿で廊下を駆け抜けていくと、その姿を見た使用人たちがぎょっと目を剝いてアリアを止めようとした。しかし、アリアはそれらを無視してただひたすらにシオンを探して駆け回った。この時、幸いなことに男性使用人は一人を抜かして全員が庭の草木手入れに回っており、屋敷の中には女性の使用人しかいなかった。

 息を切らしながら廊下を走り回っていると、遠くに深緑色の髪を後ろで一つにまとめて垂らしている見慣れた後姿を見つけた。

 アリアは、走って近くまで行くとその後姿に大きな声で名前を呼んだ。


 「シオン!!」


 シオンが振り向いた瞬間にアリアは飛び込んでいった。

 そして、シオンに力いっぱい抱き着いた。


 「いつまで待たせるのですか」


 シオンの胸から顔を上げて文句を言った。


 「いつまで経っても全然帰ってこないものですから、心配になり探しに来てしまったではありませんか」


 頬を膨らませ更に文句を言った。


 「わたくしをここまで待たせることは、いけない事なのですよ。従者失格ですよ」


 そこまで言うと、アリアの瞳から涙が一筋流れた。


 「シオンもしかして、わたくしの事を嫌いになってしまったのですか。さっきの事が原因で嫌いになってしまったのですか。だから、いつまでも戻ってこなかったのですか。もしそうなら、謝りますから。ごめんなさい、シオン。お願いですから、辞めないで。わたくしの側からいなくならないで」


 アリアの色違いの瞳から涙が溢れ出した。


 「ここまで、転生してから頑張ったんですよ。シオンがいなくなってしまったら、もうどうしていいか分からなくなってしまうんですよ。だから、お願い、お願いします。辞めないでシオン。いなくならないで」


 シオンの胸に顔を埋めて泣き出す。シオンがいなくなってしまう恐怖、そしてそのまま破滅へと進んでしまいバッドエンドを迎えてしまう絶望。それらの不安と恐怖から涙が溢れてしまった。

 シオンは、アリアに一方的に捲し立てられて何が何だかほとんど分からなかったが、アリアの側から去らないでというアリアの願いことだけは理解できた。


 「一体何から、私がアリアお嬢様の側を去るとお考えになったのかは分かりませんが、何度も言っておりますが私はお嬢様を残して去ることなど絶対にありませんから安心してください」


 シオンは、アリアの頭を優しく撫でる。


 「遅くなってしまった理由は、お嬢様のお着替えを選ぶことに時間がかかってしまったことが原因です。その点については、心からの謝罪をさせていただきます。アリアお嬢様、誠に申し訳ございませんでした」


 シオンの胸で泣いているアリアに誠意を込めて謝罪を口にした。

 アリアは、胸から顔を上げてしっかりとシオンの顔を見た。


 「本当ですか」

 「嘘など付きませんよ」

 「良かった」


 アリアは、シオンの胸に思いっきり顔を埋めた。

 そんなアリアを慈愛の籠った瞳で少しの間見つめていた。

 アリアが落ち着きを取り戻した時に、シオンは少し厳しめの口調でアリアを詰問した。


 「ところでお嬢様?そのようなはしたない恰好でここまでいらっしゃったのですか?」


 シオンに厳しめの口調で問われたアリアは、自身の浅はかさを反省して素直に答えた。


 「はい、この格好で来ました」


 しょぼんと落ち込んだアリアの姿に少し心を痛めたが、甘さを捨てて鬼になると決めてアリアにお説教を始めた。


 「いいですか、お嬢様。チェイサー家は公爵という爵位を持つ立派な家系なのですよ。お嬢様が浅はかに行動なされるとそれによって、公爵家という品位を落としてしまうのです。今のような思慮に欠けた行動やアン先生から伺った足を組んで座るはしたない姿は絶対に外ではなさらず、思慮分別ある行動を心がけてください。い・い・で・す・ね、お嬢様!」


 シオンに本気で怒られたアリアは、再び瞳を潤ませしてこくこくと何度もうなずいた。


 「まぁ、私にも原因の一端がありまし、それにお嬢様が私をそこまで心配なさっていることがわかりましたから、お説教はここまでにしますね」


 そして、シオンがアリアを見ると瞳を潤ませて見上げていた。


 「ごめんなさい、お嬢様。これもお仕事の内なのですよ」


 瞳が潤んだアリアを思いっきり抱きしめた。

 それから一頻りアリアを抱きしめ続けたシオンは、ハンカチを取り出すと丁寧に顔を拭いていった。

 拭き終わると、アリアに“少々お待ちください”と一言告げるとどこかへと向かっていった。

 しばらくして、戻ってきたシオンがアリアの身体をバスタオルで包むと軽く抱え上げた。


 「さぁ、早く着替えて昼食に参りましょうか」


 アリアがこくっと頷く。

 そして、アリアをきちんとタオルで包めているか確認していると、一つ問題を見つけた。


 「早く着替えて昼食と思ったのですが、まずはお嬢様のおみ足を綺麗にしなければいけませんね」


 アリアが自分の足を見てみると裸足で走り回っていたからか、確かにほこりなどで汚れていた。


 「わかりました。シオンお願いしますね」

 「畏まりました、アリアお嬢様」


 そして、シオンに抱えられたまま脱衣所に向かっていった。

 今度は、恥ずかしいとは思わなかった。

 もしかしたら、失っていたかもしれない温かみを身体に感じながら、シオンに抱き着いた。


 「どうかなさいましたか」

 「ううん、何でもないわ」


 そう言って、アリアはさらに力を入れてシオンに抱き着いた。

 絶対にこの温かみを失うことがないように。

 絶対に何があっても守れるように。

 そして、他にもこの屋敷の温かな人々を失わずに守れるように。

 そう思いながらシオンの胸に顔を埋めた。

 そんな壮大な伏線染みたことを考えて主人公になろうともしているアリアだが、この時すっかり忘れていたが昼食を食べるということは、朝にものすごい剣幕で怒りをぶつけてきたあのシェフに会うことである。

 このことを思い出してから、食堂までの道程をストレスで胃をキリキリ痛めながら向かうことになることをまだ知らないアリアであった。

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