第6話 ストレスで胃がキリキリと痛みます

 シオンに両手で抱えられたアリアは、再び脱衣所に向かって廊下を進んでいく。

 その途中で、何人か女性の使用人にアリア達は出会い、そのたびにアリアは、会釈をする使用人たちに微笑みを浮かべて手を軽く振り、シオンは勝ち誇った表情を向けていった。

 アリアの微笑みでその使用人たちは一端顔をほころばせるが、シオンの勝ち誇った顔を目に入れた途端に悔しそうな顔つきになり唇を強く嚙みしめた。

 アリアは、それを呆れた気持ちで見ていたが、無視を決め込み自分の印象を上げるために微笑みを使用人たちに振りまいていった。

 そして、脱衣所に着くとシオンの腕から降りて大浴場のへと入っていった。

 大浴場でアリアが足を差し出し、それを恭しくシオンが両手で受け止めた。そして、シオンが綺麗に洗い上げ、濡れたアリアの足をタオルで柔らかく包みながら拭いていった。

 その最中、シオンは恍惚とした表情でアリアの足を見つめていた。またアリアは傅いて自分の足を洗っているシオンの姿を見ていると、何故か背筋がぞくぞくと震えた。


 「?」


 その感覚にアリアは首を小さく傾げていた。

 足をシオンに綺麗に洗ってもらったアリアは、脱衣所に戻ると今度こそは着替えができるだろうとシオンに着替えの服を尋ねた。


 「今度はしっかりと着替えの服は準備してあるわよね、シオン?」

 「はい、もちろんでございます。お嬢様の御着替えはこちらになります」


 そして、シオンが黄色のシンプルなデザインのワンピースを見せてくれる。


 「ありがとう、シオン。では、お願いね」


 アリアはワンピースの着方がほとんど分からなかった。また女性の下着をまだ自分で付けることに抵抗があったので、アリアはシオンに着替えを頼んだ。

 シオンは、そんなアリアのお願いを快く引き受け、アリアの着替えを行っていった。

 アリアは、シオンにショーツを履かせてもらい、次に男の時には縁がない肩から紐でつり下げる下着のキャミソールを着させてもらった。

 その時のアリアは、ショーツを子供の時に履いていたブリーフに、キャミソールをタンクトップにと頭の中で変換して女性ものの下着を付ける抵抗感を和らげていこうと試みた。

 しかし、その試みは失敗して男の時にはトランクスで感じなかったぴったりとしたショーツの感覚、タンクトップとは違う肩にかかる細い生地の感覚にそわそわして落ち着くことができなかった。

 更に、さっきまでは何で普通に着られていたのかと自分に問いかけたい思いで、シオンに着せてもらったワンピースのスカート部分のひらひらと揺れる頼りない感覚とスースーと冷たい空気に触れる感覚に脚をもじもじと擦り赤面した。


 「ありがとう、シオン」


 アリアは、少し顔を俯けて控えめな声で感謝した。

 シオンは、アリアの恥じらう姿に思わず抱きしめたい思いに駆られたが、何とか耐えきり使用人としての顔に戻すとアリアを昼食に案内した。


 「それではお嬢様、多少時間が過ぎてしまいましたが昼食に参りましょうか」

 「ええ、そうね」


 快く返事をしてアリアは、食堂に向かった。

 その途中、昼食に遅れてしまうことを申し訳ないと考えたアリアは、シオンにあるお願いをした。


 「シオン、お願いがあるのですが?」

 「はい、どうなさいましたか」


 シオンの返事を聞いてアリアがそのお願いを口にする。


 「実は、わたくしのせいで昼食の時間が随分過ぎてしまいましたので、その謝罪をしたいと思うのです。シオンには、シェフの方を呼んできてほしいのですが、お願いできますか?」


 シオンは、アリアがそこまでしなくても良いと思い一瞬難しい顔つきになったが、すぐに元に戻して自分の意見を述べた。


 「あれは仕方のないことだったのですからアリアお嬢様がそこまでしなくてもよろしいと思うのですが」


 シオンは一瞬、そのようなことをせず堂々としていれば良いのではと、また考えたが他ならぬアリアからのお願いだったので渋々引き受けた。


 「お嬢様のお願いですからね、分かりました。お任せください」


 シオンの返事にホッと安堵したアリアだったが次のシオンの言葉を聞いた瞬間、その安堵が吹き飛んだ。


 「では、今朝のシェフをお呼びしますね」

 (ん!?)


 シェフに朝食のお礼をしようとしたら、厨房から出てきたおっさんに物凄い剣幕で怒鳴りつけられたことがアリアの脳裏に蘇えった。


 (あのおっさんにまた会うのかよ~~)


 アリアの胃が突然キリキリと痛みだした。そして、楽しみだった昼食が途端に気が重いものに変わり足取りが重くなったように感じられた。


 「アリアお嬢様、お顔の色が優れないように見受けられるのですが、いかがなさいましたか」


 シオンが心配そうにアリアに尋ねてきた。


 「別に何ともありませんよ。シオンの心配し過ぎではありませんか」


 アリアが優しく言葉を返した。

 シオンは怪訝な表情を浮かべてアリアの顔色を窺ったが、アリアがそれに気づき笑みを浮かべて、小首を傾げた。

 シオンは、それ以上訊き返さなかった。

 アリアは心の中でホッと息を一つ吐いた。しかし、胃の痛みは依然として収まらなかったが、シオンにこれ以上心配と疑いを掛けられたくなかったので、アリアは気丈に振る舞って胃の痛みに耐えた。

 そして、食堂に近づいてくると足が更に重くなってきた。

 アリアはそれでも足を動かし続け、とうとう食堂のドアの前にたどり着いた。

 食堂の中に入る前に、一つ息を吐き気持ちを落ち着けた。


 (よし!)


 心の中で気合を入れた。


 「わたくし、少々体重が増えていまして、今日の昼食はいらないかしら。あはっ!」


 全力で後ろに向かって走り出すような気合でシオンにアリアがお願いした。

 ここまで来てアリアは逃げ出したくなった。


 「何を、言っているのですか」


 その声は、口調は丁寧であるのに背中が薄ら寒くなるようなゆったりと静かな声であった。

 そして、シオンの全然目が笑っていない使用人スマイルと額に青筋が見えるような錯覚を与える顔でアリアのお願いはきっぱりと否定された。


 「あの、一応わたくしはあなたの主人ですよね。でしたら、お願いを聞いてくれても・・・」

 「ダメですよ」


 アリアが気圧され萎縮している中、何とか抗議しようとした言葉を途中で一蹴し、シオンはアリアの手を握ると有無を言わさぬ口調でアリアに言った。


 「さぁお嬢様、昼食を食べに行きましょうね」


 そして、アリアの手を引いて食堂へと入っていった。






 アリアはびくびくしながら、シオンに手を引かれて昼食の席まで連れていかれた。

 そしてアリアが席に着くとシオンは後ろに控えた。

 それと入れ替わるように、いつの間にかアリアの隣には執事のジェームズが立っていた。


 (いつの間に!?)


 続きに某死神のアニメの眼鏡を掛けたニヒルな笑みが似合う元5番の隊長のセリフを言いたくなるようなことを心の中で言い、アリアは驚いた。

 そんなアリアの驚きを知らない執事のジェームズは、慇懃に一度頭を下げるとアリアにナプキンを付けていった。

 それが終わるとアリアに一言掛けた。


 「それでは、昼食の準備をして参ります」


 そして、厨房に入っていった。

 アリアは内心ドキドキして、また怒られるのかなと戦戦恐恐として静かに手元を見て待っていた。

 しかし、段々と心細くなってきたアリアは、後ろに控えているだろうシオンを呼ぼうと振り返った。だが、そこにはシオンが居なかった。


 「あ、そうか。さっきシオンにしたお願いでシェフを呼びに行ったのか」


 そう呟いて、奥の厨房の入り口を見た後、あんなお願いをしなければよかったと後悔したが、もう遅いと後ろを見て諦めた。そして、アリアに襲い掛かる不安を押し殺そうと自分の手元をじっと見続けた。

 それから少しした後、奥の厨房から料理を乗せたワゴンを押して執事のジェームズが現れた。その後ろにシオンと今朝のシェフが続いた。

 ジェームズはアリアの下に着くとワゴンから料理をテーブルに並べようとした。

 アリアは、それを制止した。


 「ジェームズ、ごめんなさい。少し待ってもらえる」


 それを聞いたジェームズは、作業を止め静かに頭を下げてから後ろに控えた。

 それからアリアは、シオンの隣にいるシェフの顔色を窺った。

 へらへらと笑い、シオンと何かを話している姿から、もう怒ってはいないだろうと推測し、ホッと胸を撫で下ろし、それから少し気分が軽くなった。

 そして、アリアは当初の予定通りに、ゆっくりと席を立ちシオン達3人に向かって頭を下げた。


 「昼食の時間に遅れてしまってごめんなさい。わたくしの所為で、折角作ってくださった昼食を冷ましてしまいました。本当に申し訳ないと思っております。シェフが作ってくださった料理を冷ましてしまい誠に申し訳ありません」


 アリアは、謝罪の最後にもう一度頭を下げた。

 シオン達3人はそんなアリアの謝罪に慌てた。


 「いけません、お嬢様。そのように私たち使用人に軽々しく頭を下げないでください」

 「その通りです、アリアお嬢様。お嬢様のようなお方が、昼食に遅れてしまったことでそこまでの謝罪をする必要などありません」

 「いやいや、そこまでの謝罪はいりませんよ、お嬢。料理なんて冷めたらまた温めればいいだけですから」


 シオン、ジェームズ、シェフがアリアを諫める。


 「いいえ、約束の時間に遅れるということは誰であろうと決して許されないことです。社会人として約束の時間に遅れるということは、それで一つ、仕事を失う可能性だってあるのですよ。それに幾ら恋人同士でも、約束に遅れてしまうことで別れてしまうこともあるのです」


 一つ息を整えて、続きを話す。


 「わたくしだって、遅れてしまえば恋人に嫌われてしまうかもしれませんし、嫌ってしまうかもしれません。ですから、わたくしはどんな事でも遅れてしまえば自分の非を認め謝罪します。本当にごめんなさい」


 アリアは、自分の前世の経験とアニメや漫画で主人公が遅れて女の子からビンタを貰い分かれてしまうシーンを思い起こしながらそのように語った。

 3人はそんなアリアの謝罪を聞き入っていたが、聞き捨てならない単語がアリアの口から出た瞬間に、その他の事が右から左へと抜けていった。そして、アリアの謝罪の事など些末な問題に思えてきた。


 「お嬢様、少々お聞きしたいことが御座いますが宜しいでしょうか」


 シオンが務めていつも通りの声音を意識しながらアリアに問いかけた。


 「何かしら?」


 アリアは、シオンに視線を向けた。その時、シオン以外の二人も視界に入った。


 「先ほど恋人と申されましたが、もしやお嬢様、そのようなお方がいらっしゃるのでしょうか?」


 シオンは、ゆっくりとアリアに問いかけ、その上でアリアの表情を真剣に観察し、心の中まで見抜こうとした。残りの2人もシオンの問いかけの後、アリアの顔を見た。


 (お嬢様はここ数年、お屋敷を出ていないはず、外にはいないとして、いるとしたらこのお屋敷の中ということになりますね)


 シオンは心の中で呟いて、表情には出さずに心の中で口角を少しだけ上げた薄ら寒い笑みを浮かべた。残りの2人もお嬢様に手を出した不届きものをどう処分するかを考えていた。

 アリアは、3人の雰囲気が凪のように突然静まったのを感じた。

 それに怖くなったアリアは、慌てて記憶を遡ってその原因を探した。そして、雰囲気が変わる前のシオンの問いかけから直ぐに原因を察した。


 「ちちち、違いますよ。わたくしに恋人などおりませんよ。あれは例えであって事実ではありませんからね。それに、こんな性格が最悪で我儘なお嬢様なんて誰もほしがりませんし、オッドアイだって今のアニメではほとんど見かけませんし需要もありませんから恋人など作れるはずありません。だから、落ち着いてください、ね」


 慌てて危うい事をぽろっと漏らしながら、シオン達に弁明した。

 それを聞いた3人は、アリアのミスには気付かずに、悪い虫が付いていないことにホッと安堵した。そして、これからも変な虫が付かないようにしっかりと守っていこうと固く心に誓った。

 アリアも雰囲気が和らいだことを感じ取り、良かったと胸を撫で下ろした。

 そして、出会ってまだ半日だが関係の改善が上手くいっていることを知れて、更に大事にされていることも伝わってきたのでアリアは嬉しくなり顔を自然に綻ばせた。

 そんなアリアに気付いたシオンが声を掛けてくる。


 「如何なされたのですか?」

 「いや、何でもないですよ。ただ、さっきまで心配していたことがバカみたいに感じられて、思わず笑ってしまいました」


 そして、シオンに向かって微笑んだ。






 先ほどの謝罪の件もうやむやになったみたいだったので、落ち着いたアリアは昼食を食べたくなった。


 「ジェームズ、昼食の準備をお願いできるかしら」

 「畏まりました」


 執事のジェームズが恭しく頭を下げて昼食の準備を再開した。

 その準備の間、手持ち無沙汰になったアリアは、さっきの恋人の話から、ゲームの設定を思い出していた。


 (そう言えば、アリアには許嫁がいたなぁ。まぁ、ゲームだとあれだったから、その許嫁にざまぁ、されてしまうんだけどね。このアリアにも許嫁っているのかな。俺は絶対、野郎なんかとくっ付くなんてごめんだけどね)


 アリアは、そうなったシーンを思い浮かべて、寒気で身体をブルっと震わせた。

 そんなことを思い浮かべたせいで急に不安になったアリアは、シオンにこっそり訊いてみた。


 「シオン、少し尋ねたいのですがわたくしに許嫁っているのかしら?」


 シオンの表情が凍り付いた。そして、極上の笑みを浮かべて問い返してきた。


 「ん。お嬢様今なんとおっしゃいましたか?」

 「いや、あの、わたくしに、そのね、許嫁がいるのか、・・・知りたくなったというかね」


 しどろもどろにアリアは、笑顔が素晴らしいシオンに答えた。


 「いませんよ、そんな人は」


 笑顔で簡潔に答える。


 「そ、そう。それならいいのだけれど。もしかしたら、わたくしのお父様が勝手に婚約などを結んでいるのかと思いまして」

 「心配はありませんよ。あんなにもお嬢様を溺愛している旦那様が決してお嬢様の意にそぐわぬ婚約などしませんから。もし、そのようなことがあったら、奥様がだまっていませんから、ご安心ください。」


 アリアは、安堵しホッと息を吐いた。それから、シオンの話からこの家の力関係を理解し、絶対にアリアのお母さんには逆らわないことを心に決めた。また、尻に敷かれている父さんに対して、憐憫の情をアリアは心に抱いた。

 そのようなにアリアとシオンが話している内に昼食の準備が整った。

 アリアは、テーブルの上に丸皿に丁寧に並べられた三角形のサンドイッチを見て美味しそうとは思ったが、男としてもうちょっとがっつり系ラーメンとかが食べたいとも思ったりした。

 しかし、この世界ではもう叶わない思いなどを頭から追い出し、目の前のサンドイッチを口に運んでいった。

 まずは、シンプルなレタスとハムのサンドイッチを口にした。

 レタスのシャキッとした食感と瑞々しさが感じられ、ベーコンの塩気もいい塩梅で口に広がった。そのなか、一番響いたのがマスタードであった。

 サンドイッチを齧った瞬間に鼻にツンと抜けるマスタードの辛味がたまらなく感じ、もう少し辛味が強くてもと思いながらでもペロリと食べ終えた。

 次に断面が黄色いから卵サンドだろうなと思いながら一口食べた。そして、懐かしい味に感動した。子どもの頃お母さんが作ってくれた卵とマヨネーズのペーストをパンに挟んだだけのシンプルなサンドイッチを思い出し、これもそうだと美味しさは勿論懐かしさも感じながら食べていった。

 最後に断面が緑のような茶色のようなサンドイッチを手にして口に運んだ。噛んだ瞬間に口に独特の食感と酸っぱさが広がった。

 アリアは、一旦行儀が悪いかもしれないと思いながらも皿の端にそれを置いて、透明なグラス注がれた白色の飲み物を口に含んだ後、飲み込んだ。


 (ああ、ピクルスサンドね。駄目なんだよな、あの酸っぱさと食感がどうも苦手なんだよね)


 そう思いながら、グラスに残った白色の飲み物、ミルクを飲み干した。

 それから、また叶わなかったお嬢様の食事シーンを脳裏に浮かべて心の中で愚痴を零した。


 (また、ミルクなのね。紅茶ではないのね。まぁ、サンドイッチにミルクは合うけれど、そろそろ、執事に隣で紅茶を入れてもらうアレをやってみたいな)


 アリアは、空になったグラスを持つと誰にお願いすればいいのかと一瞬迷ったが、ここは執事かなと、ジェームズにお代わりを頼んだ。

 ジェームズはそれを受け取るとガラス瓶からミルクを注ぎ入れアリアに返していった。

 グラスを受け取ったアリアは、ピクルスサンドを見てほんの一瞬残してしまおうかと考えたが、シェフの皆が丹精込めて作ってくれたピクルスサンドを残すことは出来ないと、再び手に持つと残りを食べきった。

 更に、ピクルスサンドの片割れも何とか食べ終えて、口直しにグラスのミルクを口に含んでいった。

 ピクルスサンドを食べ終えたアリアは、次にどちらを食べようか迷った後、ハムレタスサンドを次に食べ、最後に取っておいた卵サンドをゆっくり味わいながら食べていった。

 そして、全部食べ終えた後、パンでパサついた口をミルクで潤すと席を立って、シェフに向き直った。


 「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


 微笑んで、シェフにお礼を述べた。

 しかし、シェフの顔には苦々しい笑みが浮かんでいた。


 「ありがとうよ、お嬢様。そして、すまなかったな」


 感謝は自分たちが調理した料理を全て食べてくれたことへの、そして謝罪は、無理をしてピクルスサンドを食べてくれたアリアへの言葉だった

 アリアは、何とか表情や仕草に出ないように気を付けたつもりだったが、ばれてしまっていたことに苦笑を浮かべて申し訳なさを感じてしまった。

 2人の間を漂うしんみりとした空気が嫌になったアリアは、空気を換えようとシェフに語り掛けた。


 「そう言えば、朝の様にわたくしを怒らないのですね」


 敢えて地雷をアリアは、踏みに行った。

 そうアリアに問われたシェフは一瞬、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた後、今朝の嬉しそうに食べているアリアの姿を思い出すと微かに口角を上げて口を開いた。


 「いや、今のお嬢様を見てると、もうそんな気は起きないから安心してくれ」

 「そうですか・・・。分かりました?」


 小首を傾げて返事をしてまだ疑っている素振りをシェフに見せた。

 アリアには、もうシェフが許してくれていると先ほどからの言動などから既に分かっていた。それでも、疑うそぶりをシェフに見せつけた。

 それは、今朝の仕返しにシェフを困らせてやろうとするアリアからの悪戯であった。


 「本当にもう怒ってないから許してくれよ、お嬢様」


 シェフがアリアの思い通りにうろたえている姿に胸がすっきりしたアリアは、一度シェフに片目を指で閉じて舌を出してあっかんべぇをするとシオンを伴って部屋に戻ろうと歩き出した。そしてシオンはそんなシェフを嘲笑うとアリアの隣に並んだ。

 気分よく部屋に帰ろうとした時、不意にシェフがアリアにとっての特大の爆弾を落としてきた。


 「ところで、お嬢。さっきから気になってたんだが、朝と服の色が違うのはどうしてなんだ?」


 その瞬間アリアの歩みが止まった。

 そして、羞恥心を感じてアリアの顔が熱く赤くなっていった。

 シオンは、そんなアリアの様子に、あちゃーと目元に手をやり、余計な事を口にしたシェフを思いっきり睨み付けた。

 シェフは、アリアの動きが突然止まったことと、シオンに思いっきり睨まれたことに当惑して執事のジェームズに助けを求めたが、ただ顔をゆっくり横に振るだけで何も答えてくれなかった。

 アリアは、シェフに振り返ると恨みの籠った目でキッと睨み付けた後、息を大きく吸い込み、シェフに向かって不満を叫んだ。


 「覚えてらっしゃい!!」


 そして、そんな捨て台詞を残して食堂から飛び出していった。

 ポカンとしてアリアをシェフは見送った。

 シオンは、すっとシェフの前に移動するとシェフの頭をバシッと思いっきり叩いた。


 「お嬢様に何てこと聞くんですか!!」


 そして、ゴミを見るような蔑んだ目で見ると、

 「クズが」

 と一言だけ残してアリアを追いかけて飛び出していった。

 残されたシェフは、執事のジェームズに訊いた。


 「俺、何か不味いこと聞いたか?」


 ジェームズは、はぁと一つため息を吐いた後に口を開いた。


 「もう少し、女心というものを理解しなさい」


 そして、テーブルの上の食器の片づけに取り掛かっていった。


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