第34話 騒がしい傷


「あー、良く寝た。くあぁーこの筋肉痛ぅ。懐かしいなぁ~」


 海岸でスコラリス・クレキストに撃退された翌日。適菜志太は筋肉痛で足を引きずりながらも、さっぱりした顔で地下基地に姿を表した。

 地下基地で一人作業をしていた戦闘員アーが、その姿をみて呆れた様子で言う。


「あれだけ疲労していて、寝れば回復とか化け物ですね」

「おう。あとはもう、お前を頭から丸かじりすれば、全回復するぞ」


 軽口を返せるほど回復していると、アーは安心した。なにしろ昨日の彼は、死んだように眠るだけの人間となっていたからだ。


 潮の流れに逆らうこと二回。彼の体力はとっくに限界を迎えていた。

 肉体年齢を変化させられるが、魔法少女のように疲労回復効果などはない。中学生の年齢に戻し、若さの回復に任せた。その結果、一晩で彼は回復しきっていた。


「で、アーさんよ。偽タイダルテールの取り込みは、どうなったんだ」


「準備中です」


 そっけなく答えるアーに、志太は不満を抱く。


「あん? じゃあなんのために急いで対策会議したんだよ」


 悪の組織の幹部っぽい椅子に座り、志太は戦闘員を責める幹部のように進行状況へ文句をつけた。


「時間がかかるからこそ、最優先で急ぎ会議をしたんです。さすがに二週間ではどうにも。だいたい……二ケ月ほどかかりますね」


「はぁ、そんなに時間がかかるもんか。ま、そっちはアーと総統閣下にお任せだ」


 文句をつけたが、こっちに仕事を回されても面倒くさいのでもういいと、背もたれに身体を預けた。

 その時、会議室のバカみたいにデカい扉が開き、大量のスモークが流れ出た。扉と対比して、小さすぎるディスキプリーナがスモークの合間から現れる。


「うむ、任されたのじゃ!」


 扉が開ききると、端でしゃがんでドライアイスでスモークを発生させ、扇風機を回しているペーの姿が見えた。スッと隠れるがもう遅い。


「おかえりなさい。総統。お疲れさまでした」


「総統がいなかったから大変だったぜー、ああ大変だった」


 アーは総統の帰還を労い、志太はなげやりに出迎える。

 ディスキプリーナは海岸の一件では、援護と見学は行っていなかった。彼女は別に仕事があったからである。


「どうでした? 彼らの様子は」


「うむ。くさびは打ち込んできた。これからの監視はオートモードで簡単じゃぞ」


 ディスキプリーナは、侵略者の斥候ということもあり、地球人を情報端末にする能力を持っている。それが楔を打つというのだが、志太は兼ねてから疑問に思っていたことをこの際だと持ちだす。


「なあ、その楔とやらで、小夏や桜子の監視はできないのか?」


 幹部の椅子をくるくると回し、その上から総統に要求を述べる。


「楔は吾輩の力の残滓が残るのじゃ。いずれ吾輩の元巣と戦う際など、不利になるじゃろうな」


 ディスキプリーナの目的は、魔法少女を育てることではない。それは手段だ。本来の目的は、ディスキプリーナの所属する侵略者を、魔法少女たちで倒させるためだ。

 その相手に不利になるとは、どんな条件なのか?


「不利になるとは、どういうことだ」


「吾輩の同僚から見れば、楔が刺さっていることがわかる。抜いておいても調べれば、以前吾輩が楔を打ったこともバレる。何かの時、吾輩の元巣から様子を見にきたものにマズいな。これがそこらの人間ならば、情報収集用に楔を打っていると思うだろうが、魔法を使える存在相手ではおそらく調べられるのじゃ。それに楔を吾輩の同僚に悪用させる恐れもある」


「ああ、なるほどな。こっちの活動までバレるし、まだ弱い魔法少女に目をつけられるか」


「弱いだけならば無視してくれるのじゃが、異質な存在に吾輩の楔があっては調査させるじゃろうな。あと、楔は精神にマズい影響を与えるのじゃ」


「おいおいおい」

「後者が特に深刻ですね。やめましょう」

「楔を打ち込まれた人たちだいじょーぶなんすか?」


 さらっと悪の組織らしいことを言うディスキプリーナに、志太とアーはやっぱりコイツは人間とは違うという感想を抱いた。ペーは情報端末にされた人たちを心配する。


「せいぜい二、三日じゃ。問題はない、多分。それに吾輩の元巣である侵略軍の【///】であったならこんな程度ではすまん……」


「なんっすか?」

「んが? 今なんていった?」

「組織名ですか? 聞き取れなかったのですか?」


 ディスキプリーナ総統が耳障りなを口から出し、志太たち三人は耳を抑えて顔を歪めた。

  

「うむ。やはり聞き取れんか。【///】なのじゃが」


「や、やめてもらっていいですか?」

「ひっかき音みたいな声を出しやがって」

「ディスキプリーナ総統は、マディソンなんすか? スプラッシュの人魚なんすか?」

 

 ブラウン管でもあれば、破裂しそうな擦過音である。およそ人間の口から出せるものではない。三人はやはりディスキプリーナは、この世界の存在でないと再確認する。


「聞き取れんと思うから今まで口に出さなかったのじゃが……。つい口にだしてしまったのじゃ。すまん」


「かといって名無しは不都合ですし、なにか別名称つけましょう」


 人間が発音できず、ディスキプリーナが口にあげる度に耳を塞ぐのは不効率である。人間が発音できる名称をアーは求めた。


「うむ。ではノイジィスラッシュとでも名付けるのじゃ」


 ディスキプリーナは非公式な名称を、所属する侵略軍につけた。

 わりとあっさりとしている。

 三人は特に反対しなかったので、異次元からの侵略軍の名称は軽い感じでノイジィスラッシュとなった。


「お試しである人物を利用してみました。そろそろでしょうかね」


 朝の報道バラエティ番組が始まる時間だ。


 おはようございます。と挨拶をするアナウンサーとコメンテーターたち。


『昨日もまたタイダルテールが活動を起こしました』


 トップニュースだがなんと、事件扱いをされていない。今回は破壊活動の一つもしていないので、話題の魔法少女が報道の中心となっている。


『昨日のクレキストちゃんは、神川の海岸に現れました』


 怪人の説明どころか、名すら上げられない。志太は渋い顔である。


 視聴者提供映像で、スコラリス・クレキストと面蹴り踏み男の戦いが放送され、格闘技をしらないコメンテーターたちがそれを見てすごいですねーとありきたりな感想を述べていた。


「ほう。今回は映像が多いのじゃ」


 ディスキプリーナは録画を始めた。

 テレビでスコラリス・クレキストの服装は、軽装すぎて何かと問題になっている。スカートを翻し、パンツが映ることが多いため、報道では編集されてあまりクレキストが活動的に動く姿は放送されない。

 しかし、今回は視聴者提供のやや粗い映像という理由に加え、恰好が水着ということもあり、遠慮なくクレキストの活躍が放送されていた。


『クレキストさんの活躍によって、被害の報告はありません』 


 借りた船は近くの波止場で係留してきたので、被害らしい被害といえばこの船の行き帰りの燃料費くらいだろう。


『さらにもう一件。一夜明けた現場に江藤さんがいます。江藤さん!』

『はい、江藤です。ここでもタイダルテールの活動が確認されました!』


 ディスキプリーナを除く、志太たち三人は「ん?」と顔を顰(しか)めた。


「総統っすか?」

「なにもしておらんのじゃ」


 物怖じしないペーが、ディスキプリーナに何かをしたかと尋ねた。しかし、ディスキプリーナは首を振って否定する。


『午後三時ごろ、タイダルテールの怪人を名乗る人物が──』


「あ、また偽者っすね」


 映像が出るなり、ペーは別組織でもなんでもない偽者の活動だと断じた。テレビには落書き用のペンキを放り出して逃げていた覆面の男が、警官たちに取り押さえられる姿が映っている。

 取り押さえられている覆面の男に、自称学生の高橋何某というテロップが重ねられた。

 その覆面はタイダイテールの戦闘員に似ている。


「なんかうちよりクオリティ高いっすね」

 

 ディテールが妙に凝っていて、プロが作った一点ものを思わせる質の良さがあった。


「どうも犯人はどこかの美大くずれらしいので、自分なりに作ったのでしょう」


「うむ。こういったセンスのあるものも組織に欲しいところなのじゃ……。いや冗談じゃ」


 人員不足ゆえに、そんな人材はいらない。志太たちの冷たい視線に気が付いて、ディスキプリーナは言を翻した。風通しのいい組織である。

 

「しかし、なんだ。あっさり捕まっているな」


 志太は映像の男を差して言う。


「正直、警察の動きには感服します。どうもネットで偽タイダイテールの動向を掴んで、現場で張り込んでいたそうです。事前に確保して止められなかったのかと、ネットでは酷評されていますが……」


 大型画面の前までいくと振り向き、テレビで記者会見する警察官僚の拳の裏で差した。


「この小桜という警察官僚。賞賛に値します」


「小桜?」


 志太が真剣なまなざしで、小桜という警察官僚を睨んだ。戦闘員アーは静かに肯く。


「ええ。第二の魔法少女候補。小桜姫子の父親です。これを踏まえてディスキプリーナ総統」


 戦闘員アーは、組織のトップである総統ディスキプリーナに進言した。


「自分は小桜姫子を魔法少女とすることに反対し、同時に候補選定の一時停止。ならびに彼女と関係者の身辺調査を推奨します」


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