第33話 本当の敵・IN タイダイテール・OUT


「ひどい目にあった……」


 変身解除して普段着に戻った小夏は、真っ赤な顔を隠しながらそんなこといった。

 バス停に戻り、歩道に散らばったバッグや帽子などの荷物を回収する。


「もし、間違って人目のあるところで使ってたら……そ、そんなことになったら……そんなのって……」


 観衆の前で自分が全裸になった姿を想像して、小夏は息が荒くなった。目も焦点が怪しくなり、口元には仄かな笑み浮かべ、唾を飲み込み、両手で覆いながら小刻みに震え──。


「やんないでよね!」


 ミンチルが小夏を引き戻す。


「な! やんないってば! まったく」


 こちら側に引き戻された小夏は、顔を真っ赤にして否定した。


「あたしがそんな子だと思うなんて失礼だよ、もう」


 なんとか落ち着きを取り戻した小夏は、バス停のベンチを持ちあげる。

 ひ弱な少女が、ベンチを持ちあげる光景は異常だ。どうも自分が異常な力を発揮していることに、気がついていないようだ。


「本当に気をつけてね」

「わかってるてばっ! 見られのもちょっといいかな、なんて思ってなってば!」

「そうじゃないよ、これだってば」


 ミンチルはわかるように、小夏が運ぶベンチに飛び乗った。


「ベンチが、なに…………あ」


 バス停にドンとベンチを置いてから、小夏はやっと自分が乙女にあるまじき怪力を発揮していたことに気がついた。

 ベンチは樹脂製で、極端な重量物というわけではない。大の男なら持ち上げられるだろう。運ぶとなったら、大きさとバランスからして二人て両端を持つくらいのベンチだ。

 それを小夏はひとりで、空の段ボール箱でも運ぶような気軽さで運んでしまった。


「これ、普段やったらヤバいよね」

「そうだね。正体バレるとかじゃなくて、なんだこいつ! ってなるよ」


 小夏はディスキプリーナが選抜しただけあって、取り分けて魔法の適性が高い。本来、魔法少女にならなくても、システムロックさえなければこの世界では魔法が使える。

 現在の小夏はこの恩恵により、必要な時に無意識で、変身時ほどではないが身体を強化する魔法を発動させるまでに至っていた。


 事態に気が付いた小夏は震えた。


「じゃ、じゃあ、ま、間違ってステラ・ミラとか発動しちゃたらあたし……みんなの前で……」


「まあその場合、周囲の人は吹き飛ばされてるだろうけどね」

 

「あ、そっか」


 その顔はなぜか残念そうだった。


「いや、ステッキが無くて変身してないから、ちょっと眩しくなるくらいかな?」


「それじゃあ、安全に裸になれ……や、違うってば」


 小夏は嬉しそうだった。

 自分の発言を振り払うように頭を振ると、ベンチに腰掛ける。


「はあ、もう疲れた。バスもう来るかな? ……ん?」


 腕時計を見ながらベンチに座った小夏は違和感を感じた。

 ショートパンツがベンチに貼りついて動かない──


「まさか!」


 もしやと思って立ち上がろうとするが、ベンチごと浮いてきた。またも怪力発揮で、シュートパンツが悲鳴を上げる。


「ああ、少しあの糸がおしりに残ってたみたいだね」


「変身で取れたわけじゃないの!?」


 ショートパンツの縫製が限界そうなので、慌ててベンチを着地させた。


「汚れが落ちたりするわけじゃないから、張ってあった糸は取れたけど、もう貼りついてた分は取れなかったんだろうね」

「早く言ってよー」

「わからなかったからね、ごめん」


 ミンチルはあまり深刻に思っていないようだ。慌てていない猫を見て、はたと小夏は解決手段を思いつく。


「そっか。もう一回変身を……」


「待った! バスが来た」


 ミンチルはバッグの中に隠れながら言った。


「変身出来ない? 脱ぐしかないじゃん!」

「脱ぐな!」

 

 バッグから顔だけ出して、ベルトに手をかける小夏を止めた。


 そこにバスが到着した。

 さすがにこれでは脱げないと、バッグで小夏


「乗るのかい?」

「乗りたいんだけど……」


 都バスのような中ドアから乗車バスではなかっため、前部ドアが開く。中から若い運転手が声をかけてきたが、小夏は立てない。ひとまず一台見送るべきか、と考え始めた時、聞いたことある声がバスからふりかかった。

 

「あら? 小夏ちゃん」


「さ、桜子さん!」


 バスの前部座席から立ち上がり、こちらを覗き込む小桜姫子がいた。


「どうしたの? 乗らないのですか」


 長い髪を垂らし、首を傾げて問いかける姫子。小夏は見とれそうになったが、まず窮状を告げることにした。


「あ、あの、なんか接着剤かなにかがあったみたいでね。立ち上がれないの」


 立ち上がろうとして、がたがたとベンチが動く。さすがに怪力で立ち上がり、ベンチを持ち上げるようなことはしない。

 運転手からもその様子が伺えたようで、困ったように姫子と小夏の顔を見比べる。


「まあまあ、誰かのイタズラでしょうか? 酷いことをしますね。運転手さん。そういうことなので、少し待って頂けますか?」


 桜子はバスの運転手に、待ってもらい、バス停に降りてきた。買い物袋から新品のスカートを取り出し、フェミニンな上着を脱いで、小夏の下半身を隠す。


「着替えでしたらこれがありますので安心してください。ではまず靴を脱いで、ショートパンツを脱ぎながら立ち上がりましょう」


 姫子の指示通り、靴を脱いでショートパンツから足を抜きつつベンチの上に立つ。パンツが見えないように、姫子が上着で隠してくれる。スカートを取り上げ、ベンチの上で穿く。


「ありがとう、姫子さん。助かっちゃった」


「いえ、女の子がこんな困り方してたら、助けて当然ですよ」

「でも、スカート新品でしょ? ごめんね。あとで買って……」


 買って返すと言おうとしたら、姫子は小夏の唇に指を押し付けてきた。


「大丈夫ですよ。タグが付いてますが、買ったはいいが穿けないからと、母の実家から貰ってきたものですから。さしあげますよ」

「そ、そうなんだ、ありがとう」


 確かに姫子が穿くようなデザインではない。星マークがあり、スリットを紐で編み上げた児童用のスカートである。小柄で小学生にも見える小夏には似合っているが、姫子のイメージには似合わない。


「ええ。私も貰ったはいいですが、どうしたらいいかと思っていたものです。友達を助けるため差し上げたといえば、言い訳もできます」


 こちらも助かりました、という笑顔を見せた。そして小夏の太ももに手を伸ばす。


「そちらのショートパンツは破けてしまってますね。まあ。ケガもしているんですか?」


「あっ! それは!」


 変身解除の副効果で今は治っているが、そこはちょうど蜘蛛に傷をつけられたところだ。

 心配する姫子が傷口あたりに触れた時──。


 ぞわり……。


 何かを奪われるような感覚。


 膝から力が抜けて、姫子に抱きとめられる。


「ふふっ。疲れて寝ちゃうちゃうほど、困っていたんですね」

 

 姫子の腕の中で、力が抜けていく。疲労困憊と見えたのだろう。運転手とほかの女性客も手伝って、小夏をバスへと乗せた。


 後部座席に寝かせられ、駅に着くまで寝ることになった。

 そして姫子が離れた隙を見て、ミンチルがバッグの中から顔を出した。


「ど、どうしたの? 見られちゃうよ」


「小夏ちゃん。よく聞いてほしい……」


 周囲を警戒しながら、小夏だけに聞こえるようミンチルは警告した。


「あの姫子って子は、たぶん君の敵だ」


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