第4話

 あたしは座布団を引き寄せて座る。

 改めて部屋の中を見てみたけど、特に目立つようなものは無い。

 生け花が綺麗なくらい。

 あたしはスマホを見る。不思議な所だけど、電波はばっちり入っていた。パズルアプリも飽きてきたのよね。新しいアプリをインストールしようかしら。

 でも、こんなところでバッテリーを消費したら、もしもの時に助けを呼べないから遊ぶのはやめておこう。

「こんにちはぁ」

「こ、こんにちは」

 部屋に可愛らしい声が響く。おっとりした雰囲気の巫女さんが入って来たので、あたしは座りなおした。巫女さんはテーブルにお茶とお菓子を置いてくれた。

「私、永心さんの妻の、優子ゆうこと申します」

「あ、あたしは、菜季です」

「はい。永心さんから聞いていますよ。弐色くんは後三時間ぐらいでお勤めが終わると思います。私も戻らないといけないんです。ごめんなさい」

「いえいえ。ありがとうございます」

 優子さんは頭をぺこぺこ下げながら出て行った。

すごくおっとりしたお姉さんだったなぁ。神様の妻ってなんだかすごい。玉の輿というか勝ち組というか……普通じゃ絶対に有り得ないと思う。どうやって出会ったんだろう。

 あたしは優子さんが持ってきてくれたお茶のグラスを手に持――……。

「駄目だよ」

 ――ガチャンッ!

 お茶が畳を濡らした。コップは粉々に砕けた。テーブルはひっくり返ってる。お菓子もガラスの破片が混じって食べられそうにない。声の方に振り向くと、神主衣装の弐色さんがいた。

「何するのよ!」

「やれやれ……。優子様の馬鹿さはいつものことだけど、キミも大概だよね」

「答えなさいよ! 何でこんなことをするのよ!」

「説明しないとわからないなんて、本当に馬鹿だね。おばあちゃんに言われたことなかった? 『幽霊から貰った食べ物を食べたら、あの世へ連れて行かれる』とか『黄泉戸喫よもつへぐい』とか『死者の国で食事をしてはいけない』とかさ」

 そう言い残して、弐色さんは出て行った。「この片付けどうするつもりなのよ!」と言おうとしたら、大量のコウモリがガラスの破片やお茶菓子を運んでいった。なに、あれ?

 あたしは溜息を吐きながら、座布団に座りなおす。いつまでここにいれば良いんだろう。勝手に帰っちゃ駄目かしら。ここまでの道はだいたいわかってる。帰るのも、あの戻り橋ってところに行けば良いと思うし。

それならもうここで待っている必要も無いわよね。時計を見ると短針は四を差していた。もう四時なの? そんなに時間が経っているなんて思わなかったわ。

 あたしは、障子をそーっと開いて、左右を確認する。誰もいないわね。縁側に出る。夕焼けが射し込んでいて、一面オレンジ色になっていた。周りの景色が全て赤っぽい。空を飛んでいる鳥も影みたいに黒い。って、あれはカラスね。

「勝手に部屋から出てはいけないのですよ。中で待っていろと言われたでしょう?」

「え」

 振り向くと、オレンジ色の髪の女の子がいた。確か、夕焼けの精霊――こやけちゃんよね。

 あたしは後ずさる。大きな鎌で切りかかられたら嫌だもの。でも、今は何も手に持っていないから大丈夫かしら?

「おとなしく中で待っていた方が身の為でございますよ。私は貴女にさほど興味ありませんが、私の主人が貴女を捜しています。私は貴女を見つけて、主人の元へ連れて来るように言われたのです。この部屋の中にいれば私に見つかることも無かったのですよ」

 こやけちゃんは障子の横框よこかまちに手をかけて呟いた。あたしはすぐに部屋へ戻る。彼女は、にこりと微笑むと障子を閉めた。

 ……どういうことかしら。あたしを捜していたなら、連れ去るわよね? なのに、わざわざ部屋にいれば良いって教えて何なの?

「私にもう一度見つかったら『おしまい』だと思ってくださいませ。では、再びお目にかかる時を楽しみにしております。さようなら」

 もしかして――遊ばれてる?

 お目にかかりたくないわよ。見つかったらおしまいって何なのよ。あの大きな鎌でスッパリ切断されちゃうの? そんなの嫌に決まってるでしょ。ああもう、早く帰りたいわ。

 あたしは座布団を折って、枕にして寝転んだ。もう寝て待っている方が良いわ。あたしは瞼を閉じる。

 風の音が心地良い。遠くで笛や太鼓の音が聞こえてる。眠気を誘うのにはとても好条件ね――……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る