第9話 はじめてのぼすせん


「……ん。いかにもって感じだな」

 

 風景の変わらない森の獣道を延々と進んで行った先。その終着点なのだろう、目の前が急に開けた場所が見え、俺は緊張感を高めながらそう口にする。

 

「ご明察。ここがボス部屋ね。で、ちょっとストップ」

 

 そう言って時乃は一旦手で俺の歩みを制すと、またもオプションウェアにチラリと目を落とす。

 

「ちょっと時間も時間だし、このボスは早めに終わらせちゃいたいかな。……ねえ陸也、ちょっとそこの赤い花の一歩手前まで移動してくれる?」

 

 俺は言われたとおりにそこまで歩いて行く。

 

「次に、花を見続けながら二歩下がって。大股にならないようにね。で、さっき買っておいた双眼鏡、その場で出して欲しいんだけど」

 

 一歩、二歩と後ろ向きで歩く。そして指示通りに双眼鏡を取り出した。

 

「じゃあ、正面向いてから、それを2回覗いて」

「……2回? 何と何を見ればいいんだ?」

「それは何でも良いよ。とにかく2回覗くって事が重要なの。覗いた時のモーションで、微妙に位置調整するから」

 

 時乃の言っていることがいまいちピンとこなかったが、ひとまず俺は言われたまま、1回、2回と双眼鏡をのぞき込んだ。

 

「おっけー。それじゃ、そこから中央目がけて、さっき買っておいた爆弾石を3個ほど投げてね。そしてわたしが合図したタイミングで、広場に向かって走って欲しいの。いい?」

「……言われたこと自体は分かったが、納得は全く出来てないぞ。一体、何をしようとしてるんだ?」

 

 そう理由を求めると、時乃は俺に近づきつつ、詳しく説明をしてきた。

 

「このボス、最初の出現位置が完全に決まってるの。だからボス戦になる直前、位置を調整して予め爆弾石投げておくと、ボスが湧いた時に勝手に当たってくれてHP削れるっていうわけ。バグ技じゃなくて、どちらかと言えば先人の知恵って感じのテクニックだね」

「……なるほどな」

 

 ようやくその意図を理解出来た俺は、言われたとおり、広場の中央へぽいぽいぽいと爆弾石を遠投してゆく。

 

「……おっけーもうすぐ。……今!」

 

 そうして最初に投げた爆弾石がちょうど弧を描き下降し始める頃合いで、俺は広場に駆けだしていった。


 すると。


 《ふっ、まさか愚かな人間共が少数でもここまで辿り着くとはな。しかし、その強運もここまで。……いでよ、森の守護者! こやつらを冥府へと送り届けるがいい!》


 そんな魔王の低い声が鳴り終わった瞬間、広場がごごごごごと揺れ始め、その中央から生きる大木がずごごごごという音とともに生えていく。

 ……のだが。

 

 ――ドカドカドカドカドカドカーン‼‼

 

 《……ぎょわぁああぁぁぁぁ~~‼》

 

 時乃が事前に説明していた通り、予め投げてあった爆弾石と接触。ものすごい勢いでHPが削れていくさまを、俺はただ呆然と眺めていた。

 

「よし、良い感じ。もう第二形態だよ」

「……はやっ」

 

 そんな感想しか口にすることが出来なかった。ボスの大木を改めて眺めてみると、確かにかなりぐったりしているようにも見えてくる。

 

「でも言い換えれば、ここからが本当の戦いだからね。根っこ攻撃かいくぐって、攻撃当てに行かなきゃならないし」

「……マジかよ。そんなの全く自信がないぞ。思った以上にでかいし……」

「見てくれが大きいだけだよ。ほら、ピンクの悪魔だって大体同じようなものを最初に倒すでしょ? 対して怖くもないって」

「……と言われてもなあ」

 

 時乃の言葉にあんまりピンときていなかった俺は、思わずため息を漏らす。……正直、今の爆弾石で終わってくれたら楽で良かったんだが。

 

「でもさ、さっきダイビングロール練習してたでしょ? アレが出来ないとちょっと時間掛かるけど、アレ出来るなら本当に簡単だよ。近づいて攻撃が飛んできたら、アレで避けつつ、根元まで行って刀で攻撃。で、わたしの合図でそこから離脱。このセットを2回繰り返せば良いだけ」

「……まあ、それならなんとか出来そうだ、な……っ!」

 

 話している最中に急に大木が枝を伸ばして来たので、俺は反射的にそれを避けつつ、根元目がけて駆け出した。

 ――当然大木はその動きに対応し、地面から根っこを生やしたり、枝を鞭のように振って襲いかかってくる。

 しかし俺は先ほどの練習通りに、良いタイミングでダイビングロールを活用し、何とかその攻撃をかいくぐっていった。


「早速、さっきの辛い辛い体育の授業が生きてるな……」

 

 そんな事をぼやきつつチラリと時乃の様子を見れば、時乃は避けにくそうなりんごの弾を、寸分の狂いもなく弓で打ち抜き続けてくれていた。ウィリアムテルも舌を巻くそのエイムを見て、たとえかっこ悪かったとしてもその動きには結果で答えなきゃな、と密かに思い直す。

 と、そんなこんなで、俺はなんとか大木の根元までやってくる事が出来ていた。刀を抜刀し、そのままその根元へと斬りかかろうとする。

 

「あ、陸也! その太刀は、両手で思いっきり振った方がダメージが入るの! 斬新な形状してるからか、すっごい多段ヒットするから!」

「……多段ヒット……?」

 

 なんだか理解が及ばない単語が聞こえた気がしたが、俺はひとまず言われた通りに両手で刀を持ち直すと、そのまま横薙ぎに振ってゆく。

 

「あーそうじゃなくて……あれだよ、その……逆転満塁サヨナラライトフライ! って感じ!」

「……いやそれ、ただのアウトだろ」

 

 思わずそうツッコんでしまったが、しかし言わんとしていることはなんとなくくみ取れた。要するに角度をつけてバットを振る感じかと思い、俺は刀を思いっきり振り上げると、一振りする度ズシャシャシャと効果音が何度も鳴る。そして、それを都合3度ほど繰り返したところで……。

 

 《……ぎょおおおわぁあぁああぁああぁぁ~~‼》

 

 突如そんな断末魔を上げた大木は、その後一切抵抗することなくしおしおしぼんでいく。……どうやら、あっけなく討伐できてしまったらしい。

 

「……なんか、合図で離脱ーとかする前に終わったぞ?」

 

 思わずそんなことを口にすると、時乃は俺に近づきつつその疑問に答えてくれた。

 

「うん、そうだね。陸也が予想以上に早く、良い感じに攻撃当ててくれたからだよ。……実はこのボス、1ループで倒せればタイムアタック的には上々ってぐらい、1回の接近で倒すのは難しいんだけど……中々やるじゃん、陸也」

 

 そうして時乃は、ちょっとにやけながら肘で小突いてくる。なんだか時乃に初めてほめられた気がして、悪い気はしなかった。

 ……ま、初めてのボス戦にしてみては、中々上出来だったんじゃないだろうか。

 

 《……ぎょおおおおおわぁあぁああぁああああぁあぁぁ~~‼》

 

 ……しかし煩いな、こいつ。 

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