第8話 たいいくのじゅぎょう

 

「……また同じような十字路だな」

 

 そう呟きつつ、俺は十字路の真ん中で歩みを止めた。

 ――さすがは迷いの森と銘打たれているだけあって、ほぼほぼ景色が変わらない。時たまこうして明らかに分岐点だという場所は出てくるが、正直時乃の案内無しでは途方に暮れていただろう。

 それくらい延々と、俺たちは鬱蒼と茂る森の中の獣道を進み続けていた。

 

「ここもまっすぐ」

「分かった。……しかし、本当に迷う作りになってるな。初見プレイしてた人達とか、一体どうしてたんだか」

 

 進みがてらふとそんな疑問を口にすると、時乃は弓を構え直しながらその質問に答えてくれた。

 

「実は、さっきの村でちゃんとヒント教えてくれる人がいるんだよ。でも、それは別にフラグでも何でもないから、聞きに行かなかったってわけ。……あ、あそこの分岐まで出た後は、一旦戻って」

「……戻るのか?」

 

 何か間違ったのかと勘ぐりつつも、俺は指示通りに元の道を戻ってゆく。

 

「ちなみに次の十字路も、もう一度後ろに戻るからね」

「……じゃあ、単にこの道を行ったり来たりしてるだけじゃないか?」

「それでいいの。そしたらもう後は、十字路を右左右左って行くだけだから」

「……」

 

 ふとその話を聞いて、頭にとある有名なコマンドが浮かんできた。

 ……最初の十字路から上上と来て、で下下……いやでも、流石にボタンまでは再現できないよな……?

 と、そんなとりとめもない事をぼうっと考えつつ、俺は時たま湧いてくるモンスターを場違いに強い武器にて斬り捨てていく。



  +++


 

 数十分後。ひたすら無心でダンジョンを進んで行った先に辿り着いたのは、単なる袋小路だった。

 

「それじゃ最後に、そこにいるビームマジシャンを倒してから、エースマジシャンを倒してね。そうすればボスへの道が開けるから」

 

 俺はその言葉通りに、まずはビームの鞭を振り回そうとしていた敵を一刀のもとに斬り捨てる。続いて返す刀で炎を溜めていた敵を横薙ぎ一閃。

 そしてぎゃわーという断末魔が響き渡ったその直後。すぐ側の茂みがわさわさと蠢き出すと、新たな道が次第に現れていった。

 

「……ようやくボス、って感じか」

 

 そう言いつつ、今の敵への対処はなかなかの動きだったと自負した俺は、今なら気持ちよく納刀アクションが決められるだろうと考え、抜き身の刀をこれ見よがしに振り回し始める。

 しかし次の瞬間。俺の左腕に、そこそこの衝撃が走っていた。

 

「っ、陸也!」

 

 そんな悲鳴にも似た時乃の声。とっさに振り向くと、魔力で大岩をぶん投げてきていたマジシャンを、珍しく怒りをあらわにさせた時乃が即死させていた所だった。

 

「全くこいつは、人の努力を台無しにして……! ……陸也、大丈夫?」

 

 何度も辺りを見渡して安全を確認した後、時乃は俺の元へ駆け寄ってくる。

 

「ああ。……すまん、新しい道が現れた時点で、敵はいなくなったかと思ってた」

 

 思わずオプションウェアで確かめると、体力を示すハートがちょうど一個半削られているのが分かった。……中々痛いな、今の攻撃。

 

「もー、油断しすぎ。いくら最強武器握ってるとは言っても、特にサブクエとかこなしてないんだから、ライフも防御力も初期のまんまなんだよ? もう少し気をつけてよね」

「ああ。そりゃそうだよな、すまん」

「……あぁーあ。陸也に極力痛い思いをさせずに、ゲームクリアさせたいって思ってたのになぁ」


 そうぼやいて、心底肩を落とす時乃。


「そんなこと考えてたのか。……まあ、あんまりそういう事気にしなくても良いからな。今のは特に痛みも感じなかったし」


 ふと、攻撃を食らった左腕をのぞき込む。……ダメージは痛かったが、特に痛みや腫れなどもない。正直に言えば、なんか当たったかな、と思う程度の衝撃でしかなかった。まあ、俺が痛みに強いからそう感じただけかも知れないが。

 だが時乃はふるふると首を振る。


「いや、油断大敵だよ陸也。今は序盤だから軽かったのかも知れないけど、次はめちゃくちゃ痛いかも知れないじゃん。基本はやっぱり、ダメージを食らわないのがベストだよ」

「まあ、それは言われなくても分かってるが」

 

 そう言いつつ、俺は持ち物からラストエリクサーをぐびりとあおる。

 そして、なんかこれ翼が貰える飲料の味に似てるな……、などと考えたところで、時乃がすっくと立ち上がった。

 

「……よし。良い機会だし、陸也にはダイビングロールでもマスターして貰おうかな」

「ダイビングロール……?」

 

 ひとまずそう聞き返すと、時乃は一つ頷いて続けた。

 

「横文字でかっこよく言ってるけど、今回はバグ技でも何でもなくて、言っちゃえば前転するだけのテクニックだよ。タイミングがちょっと難しいんだけど、慣れれば今みたいな時にも無傷で避けられる技だね」

「前転……?」

「うん。このゲーム、前転中は無敵だから」

「……前転中は無敵……?」

 

 思わず聞き返すと、時乃は大仰に頷く。


「そ。たとえ空から落下しようが口から光線吐かれようが、前転してれば無傷だよ。想いが瞬を駆け抜けても、蒼に染まるまで殴られても、前転すれば問題なし」

「……ちょっと何言ってるのか分からないが。……前転、か……」

 

 ふとため息をついてしまう。その反応に首をかしげる時乃に対し、俺は頬を掻きつつ、その理由をぽつりぽつり語ってゆく。

 

「いや、その……俺、体育の授業だと、単なる前転でも中々出来なかったぐらい、マット使う運動苦手なんだよ……」

「ああ……いるよね、そういう人。でも別にバク転しろって言ってるんじゃないからさ。飛び込み前転ぐらい、なんてことないと思うけど。……ね、とりあえずここで、ちょっと練習してみてよ」

 

 そう言って時乃は、マットも何もなく、むしろ至る所に木の根が張り出しているこの場所で、ジャンプしながらのでんぐり返しを強要してくる。……何なんだろうな、この状況。

 俺はハァとため息をついた後、そのダイビングロールとやらにトライしてみた。

 

 1回目。顔から地面とキス。

 2回目。ひっくり返れたものの、首筋から直で地面に落下。

 3回目。何とか回れはしたが、腰を丸めきれず地面に強打。

 

「……うん、酷いね……」

「……」

 

 何も言い返すことが出来ず、俺は悲しみに顔を曇らせながらよろよろと立ち上がる。

 

 ――ただ、確かに時乃の言うとおり、この動作をしている限り無敵というのは間違いないようだった。というのも、顔から落ちても、首から落ちても、痛みを全く感じなかったからである。特に首から落ちたときなどは、何故か一瞬だけ首筋が鉄板のような強度になった錯覚すら感じてもいた。……この動作中は、絶対にあなたを死なせません! という意思をひしひしと感じる。


 4回目。またもや顔面着地。

 5回目。反転の勢いで近くの藪に身を放り込んでしまう。


「……ウギャァゴゥ!」

「……なに昔の電気ネズミみたいな鳴き声上げてるの?」

「……」


 好きで上げたわけではないと無言の抗議を挟みつつ、俺は付着した落ち葉を叩きながら起き上がる。……これは、先が長そうだ。



  +++



 ……そうして俺は、都合38回のリトライを経た後、どうにかこうにかダイビングロールもとい、両手をこれでもかと乱雑に伸ばし必死にでんぐり返しをする技を会得することが出来ていた。

 

「……『黒幕』ってさ、俺に恨みがある体育教師とかじゃないよな……?」

「体育教師に恨みを買った覚えがあるの?」

「……いや、ない」

「なら違うでしょ。ともかく、次からは危ないと思ったらすぐそれを出してね。いい?」


 そんな確認に、力なく頷いた後。何故かVR空間でみっちり体育の授業を受けたような、そんなげっそりとした気分を引きずりつつ、俺はオプションウェアをチラ見しながら先行する時乃の後を追い、ボスへの道を進んで行ったのだった。

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