第7話 この世の終わりの卵売り


 翌朝。

 お手本のような「コケコッコー!」という鳴き声で安眠から引き剥がされた俺は、チェックアウトもそこそこに、俺を起こした元凶の元まで連れて行かれていた。

 

「……朝からニワトリの世話なんてさせるんじゃないよな?」

 

 木こりの村の一民家、その外で放し飼いにされているニワトリを前に、しゃがれた声でそう確認を入れる。すると時乃は、見当違いだとばかりに呆れた顔を浮かべた。

 

「そんなわけないでしょ? 寝る前に言っておいたじゃん、『無の取得』をするって」

「……。なあそれ、バグ技のことなのか? なんだかヤバそうな雰囲気しか感じないんだが」

 

 そう恐る恐る確認をすると、時乃はこくりと頷いてくる。 

 

「そう、バグ技。で、まあ確かに、ヤバいこと色々出来る技ではあるけど……今回は比較的良心的にそれを使うから、ゲームの挙動には特に影響ないはずだよ」

「……比較的良心的に使う?」

 

 ……的が二つあるとか、そもそもバグ技に良心の呵責なんてあるのかとか、そんなツッコミをぐるぐると考えてしまうが、そんな俺を余所に時乃は話を進めていく。

 

「それじゃ、まずはちょっと予行ね。今立っているその場所から、そこにいるニワトリ小屋の主人に向かって、話しかけたいタイミングで一歩近づいてみてくれる?」

 

 言われたとおりに、近場にいたニワトリ小屋の主人へ体を近づける。すると。

 

 《お~い! 産みたてほやほやの卵、いらないか~い?》

 

 そんなセリフの後に、主人はにこやかな笑みを浮かべつつわら半紙を手渡してきた。ちなみにそこに書いてあったのはニワトリの卵のみ。値段は10ギールド。

 ……これは本来の意味通りに言葉を使うが、それは比較的良心的価格だった。

 

「……買うのか?」

「いや買わなくていいよ。今の感覚だけ、よく覚えておいてね」

 

 そう言って一旦売買をキャンセルさせた時乃は、今度は俺を連れ別の民家へと向かう。そうしてその軒先にあった小ぶりの漬物石を一つ持たせると、その足で先ほどの場所まで戻るよう指示してきた。そして。

 

「んじゃ、その石持ったまま、そこのニワトリを踏んづけようとしてみて」

「……死なせちゃったりしないよな?」

「しないしない」

 

 半笑いで否定する時乃。それを聞いて安心した俺は、石を抱えたままぐわっと右足を上げた。すると。

 

 ――コケーッ!

 

「痛ってぇ……っ!」

 

 踏みつけようとした瞬間、ニワトリからの手痛い反撃を食らってしまう。それは反射的に石を投げ捨てぴょんぴょん跳び跳ね、痛みの軽減を図らなければならないほど痛かった。

 

「……ねえ、陸也って、『痛みに強い』んじゃないの? ダメージ喰らってないんだから、それくらい頑張って耐えてよ」

「じゃあくるぶしに尖ったくちばし、いきなり突き立てられてみろよ! ……ってて」

 

 あっけらかんと話す時乃に、俺は思わず憤怒の表情を向けかけた。

 ――だが、そこで俺は、ふと気づく。


「…………? なあ時乃、なんで俺が『痛みに強い』ってこと、知ってるんだ?」

「……え? あーうん、ちょっと前に聞いたことがあってね。その……陸也の口癖、なんでしょ?」

「……まあ、そうなんだが……」


 肯定こそしたものの、それでも覚えた違和感は拭えなかった。

 

 ――そう、俺には『痛みに強い』と事あるごとにアピールする癖があった。

 タンスの角に小指をぶつけたとき。教室の引き戸に足を挟まれ小指を強打したとき。机の脚をうっかり自分の小指に下ろしてしまったとき。俺は決まって平静を装う際、痛みには強いから大丈夫! などと唱えてきていた。

 それは、ドMだからーなどという短絡的な理由からではなく、一種の防衛反応のようなものだったのだが、しかし別のクラスだった時乃にそれを聞かせたことは一度もなかったはずで。……廊下を歩いていたりして、たまたま聞いたのだろうか?

 

 と、そんな事を考え首をひねる俺を前に、時乃はなおも腕組み告げてくる。


「こんな程度で泣き言言ってるなら、むちゃくちゃ痛い確定攻撃受けたりしたらどうするの? そういうシーン、今後あったりするんだけど」

「……いやそれ、どうにか回避できたりしないのか……?」


 思わず拒絶反応を示すが、時乃はふるふると首を振るばかり。


「そこをスキップするバグは……まだ、見つかってないね。ま、シナリオ上絶対通らなきゃいけない箇所でもあるし、陸也には割り切って貰うしかないかな」

「……まじか……」


 そうしてうなだれる俺に対し、時乃は少しぎこちなく話題を変えた。

 

「……そ、それよりさ。何か腕に持ってる感触とかない?」

「腕に……? ん、あれ? なんだこの感触……⁉」

 

 先ほどくちばしでえぐられた際、俺は反射的に漬物石を投げ捨ててしまっている。つまり、今腕の中には何もないはず。……にもかかわらず、腕はなおも何かがあるかのような重みを訴え続けて来ていた。

 

「ん。無事、『無』を取得できたみたいだね。実は漬物石を持っている時、特定の攻撃でノックバックすると、石を落としちゃっているのに持ってる判定になっちゃうの。それがGetゲット Hollowホロウとか、無の取得って言われるバグ技」

「なるほど。何もないものを取得したから、無の取得、ってわけか……」

「そ。それじゃ後は、さっき立ってた場所まで行って……そうそこ。で、その無を地面に置くタイミングで、そこからニワトリ小屋の主人に話しかけてくれる?」

 

 そうして、時乃はいつものようにペラペラと指示を並べ立ててくる。俺はひとまずその通りに動いた後、無意識にあるはずのないものを抱え直しつつ、ふと疑問を投げかけた。

 

「ちなみに、そうするとどうなるんだ?」

「んーと、その『無』を持っていると、ゲーム内でコードの書き換えが出来る……って言っても分かんないか。それを置く場所や行動で、色々悪さが出来るの。で、今回は、このニワトリ小屋の主人を、一時的に一番強いアイテムを売ってくれる道具商人にしてもらおうかなって」

「……お、おう……」

 

 もはやメタどころの騒ぎじゃない解説だったが、つまりは楽にゲームを攻略できるということだと何とか解釈し、俺は言われた通りにそれを地面に置きながらニワトリ小屋の主人に話しかけた。

 

 《世界はこんなになっちまったが、それでも商売は続けるさ。何故なら、それが商売人ってやつだからな。……いらっしゃい》

 

「おいこら、なにネタバレ口走ってんだ」


 思わずそうツッコミはしたが、そもそも先ほどとは声色もセリフも落差がありすぎるし、かといって表情は先ほどと同じでもある。そんなシュールな光景に、俺は思わず困惑の表情を浮かべるしか出来なかった。

 そうしてにこやかな笑みとともに手渡されたリストには、レッドエリクシルポーションや高級バナナといった、明らかに場違いなものが並んでいた。特に目を引いたのは、いかづちの魔導書、幻惑の矢、爆弾石といった、殺意の高いアイテムの数々。

 ……少なくともそれらは、単なるニワトリ小屋の主が売っていていいような品々ではないはずである。

 

「じゃ、これから指示するものを買ってってね。城の屋上にあった宝箱のお金で問題なく買えるはずだから。えーとまずは……」

 

 ただ、そんなトンチンカンな現象にも慣れているらしい時乃は、そこから購入するものを矢継ぎ早に口にしていく。

 

 ――そうして数分後。俺の腕の中には今し方購入した、双眼鏡、高級マンゴー、そして大量の爆弾石が抱えられていた。

 

「……いやぁもう、何に使うのか良く分からないもんだらけだな……」

「ま、これからおいおい分かっていくよ。……それじゃ、それらをカバンに放り込んだら、封印の鍵があるダンジョンの方に向かおうか」

 

 そう言って時乃は、村の裏手の方を指さしたのだった。


 

  +++


 

 《……ふはははは、また新たな人間共が現れたか》

 

 そうしてダンジョンの入り口となる森までやってきた俺たちを出迎えたのは、自信溢れる高笑いだった。ふと上を見上げれば、黒い肌にコウモリマントの出で立ちの男が、若干透けつつふよふよと浮いているのが分かる。

 

「……アレが魔王?」

「そう、アレが魔王。まあ本体じゃなくて、幻影体ってやつだけどね」

「なるほどなぁ」

 

 そんな気の抜けた相づちを打っている間にも、魔王は殺気を放ちながら叫んでくる。

 

 《封印の鍵を求めるがあまり、既に我がテリトリーと化した森に足を踏み入れるお前らは、自ら火に飛び入る虫ケラと同じよ!》

 

「……なーんかちょっと人間味があるというか、そこら辺歩いてたら、普通の人と見分けつかないかもなぁ」

「あ、それにはちゃんと理由があるから安心して」

「ん、そうなのか」

 

 へー、なんて声を発しつつ、俺はなおも空中で仁王立ちしている魔王を他人事のように眺めていた。……というのも、国王の演説を聴いていた際、イベント中ふつーにたわいもない会話が出来てしまうということに気づいてしまったからである。

 まあ、「そこのお前達、演説中に私語は慎め!」などと魔王から突然叱られたりしないのだから、イベント中緊張感を保てないのはこれはもう致し方ない。

 

 《貴様らは森を切り倒し、泉を枯らす、愚かで下等な種族に過ぎない! おとなしくこの私に根絶やしにされることこそ、至上の喜びと知れ!》

 

「え? もしかしてこいつ、地道に環境活動とかしてれば、普通に分かり合えたりしないのか?」

「……たとえ世界の半分を前払いでもらったとしても、最後はちゃんと倒してよ? ゲームクリア出来ないからさ」

「いや、前払いでもらったんなら踏み倒したこっちが悪役じゃねえか」

 

 そうぴしゃりとツッコミを入れると、時乃はふっと笑みをこぼした後、ようやくアドバイスを口にし始めた。

 

「ま、こいつって躊躇無く村燃やしたりするし、結局は分かりあえっこない奴だからね。良心痛ませずに、サクッと倒しちゃって大丈夫だから。ちなみに、次にセリフが出た後から攻撃を当てられるよ。スカって消えて、それでイベントが終わるはず」

「ん、了解」

 

 《ふふ、ふははははははは……‼》

 

 そうして、そんなものすごい高笑いが発せられたその瞬間、俺は腰の刀を勢いよく抜刀。すると解説通り、魔王の姿はぐにゃりとゆがみ、すぐに消えてしまった。

 

「……これでようやく、ダンジョンに入れるってことか」

 

 そう独り言を言いつつ、刀を納刀する俺。

 ……だが。そんな隙丸出しの俺に対し、いつの間にか魔術師のようなモンスターが迫ってきていた。

 ただ俺がそれに気づいたその時にはもう、時乃がさほど狙いもつけずに矢を速射し終えてもいて。

 

「……そう、ここは曲がりなりにもダンジョンなの。だからくれぐれも油断しないでね。今ので分かったと思うけど、敵の湧き方とか、フィールドとは全然違うからさ」

「……そうだな」


 鮮やかなクリティカルヒットにて絶命したその様を見やりながら、俺はしゃがれた声でそう反応するしか出来なかった。……さすが、世界最速プレイヤー。味方ながら末恐ろしい、円熟味すらある洗練された動きである。


「んじゃま、気を取り直して……ここは迷路の森って言って、普通に進んだらループしたりする面倒な所なんだけど、当然どう行けば良いのかは分かってるから、指示通りに進んでくれればいいからね」

「ああ、分かった」

 

 そうして俺は何度か頷いた後、時乃と共に森の奥へと進み始めたのだった。

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