第二章 ねんがんのアルティメットブレイド

第6話 城下町にサヨナラバイバイ


 中庭を出て跳ね橋を渡り、城下町に戻ってきた後。

 お姫様へのお目通りがうやむやになり、ホッと胸をなで下ろした時乃は、改まってこちらに向き直ってきた。


「じゃ、今から本格的に旅立つけど……陸也、今の心境は?」

「心境? 急にそんなこと言われてもな……んー」

 

 改まってのそんな問いに、一瞬空を仰ぐ。

 

「……あの演説聴いてた奴らは皆、一目散に走ってったってのに、こんなに遅れて出発して大丈夫かなー、という不安しかないな」

「あ、それは平気。だって走ってった人達、金髪除けば今後全く出てこないから。出番、アレで終わり」

「悲しいぐらいメタい解説だなおい」


 そんな投げやりなツッコミをいれるが、何故か時乃はなおも食い下がってくる。


「で、そうじゃなくて、意気込みとかないの? 父親が果たせなかった魔王討伐、俺がこの手で果たすんだーとか」

「俺の親父はしがない会社員なんだが……」

「……。……陸也じゃなくて、マリクの話をしてるに決まってるでしょ?」


 あきれ顔を浮かべる時乃。

 ……いやまあ確かに、ゲームで一番ワクワクするのは、旅立ちのこのタイミングなのかも知れない。ただそれでも、今は特殊な状況ではある。


「だって今後もバグ技とか乱数調整で、ストーリーをかっ飛ばして行くんだろ? なのに意気込みも何もないし、それにそもそも俺たちは、純粋にゲームを楽しめる状況でもないだろう」

「あー、まあ、うん。それは、そうなんだけど……」


 時乃はそこで一旦口ごもるが、しかしそれでも俺の事を見つめ返してきた。


「でも、元はちゃんと売られてる市販ゲームなんだからさ。少しでも先を楽しんでプレイした方が、ストレスないかなーって思って」

「それはもちろん、普通にプレイ出来るならそれが一番だが……」

「でしょ? だから陸也にはとりあえず、クリアに専念して欲しいかなって思ってるの。『黒幕』とかは一旦忘れて貰って、ね。その代わりそっち方面は、わたしが気を張っているからさ」

「んー……まあ、確かになあ……」


 ……時乃の申し出は、ゲームの攻略だけでてんやわんやな俺にとっては、もちろんありがたいものではあった。なのでここはひとまずその好意に甘えることにし、小さく首肯を返しておく。

 時乃はその返答として力強く頷いてみせた後、ふと背中をぽんぽんと叩いてきた。

 

「じゃあほら、改めて意気込み意気込み!」

「うーん、そういわれてもな……。まあ、お姫様がかわいそうだから、あの子のために一肌脱いでやるか、って感じかな、今のところは」

「……うん、良いんじゃない? それじゃ、今後のストーリー展開に期待ってことで」


 そうしてにっこりと微笑んだ後、時乃はふとこちらに振り返ってくる。


「そしたら、最初は刃の封印の鍵がある迷路の森へ行くよ。本格的にゲームが始まるから、さっきの意気込み通り、頑張っていこう」


 時乃のそんな発破に、俺はゆっくりと頷いたのであった。



  ***



「やっとついたね。ここが木こりの村、目的地である迷路の森に一番近い村だよ」


 そうして城を出立してから数時間後。

 辺りが徐々に暮れ始めた頃にようやく、俺たちは人里を訪れることが出来ていた。……というのも、街道や山道を通りつつ、時たま湧いてくる敵は操作確認を兼ね、丁寧に叩いていったからである。おかげで戦い方については多少なり自信はついたものの、その分精神的にはかなり疲れを感じてもいた。

 

「通常プレイだとここで情報収集した後、初めてのダンジョンに挑むって感じなんだけど……想定より時間が掛かっちゃったし、今日はこのまま宿に泊まっていくことにしようか。それでいいよね?」

「ああ。是非頼む」


 だからこそ、この提案は渡りに船だった。危ないときは時乃が弓矢で的確に敵を屠ってくれるため、ここまでノーダメで来てはいたものの、体力云々ではなく頭を休めたかったというのが大きかったのだ。

 時乃はそんな俺の反応の早さにくすりと笑った後、オプションウェアをチラリと確認してから前を向く。


「ええと、確か宿は入り口のすぐ近くだったから……あそこかな」

 

 そうして時乃が指さした方向には、煌々と光が漏れる家が一軒あった。



  +++



 宿の店主に幾ばくかの代金を払い、奥の部屋へと通された俺は、そのままドアを閉めるや否や、近場のベッドの上に五体投地していた。

 

「……っはぁーーー」

 

 大きく伸びをしながら、乱雑に毛布にくるまり全身を弛緩させてゆく。

 

 ――実をいうと、これが異性と夜を共にする人生初の機会であるはずだった。

 本来であれば、色々想像して悶々としていたことだろう。ただでさえ時乃は可愛らしいのだから、なおさらである。だが状況が状況だけに、ロマンチックな展開を期待するどころか、そんな気分にすらなることはなく。

 ……嗚呼、足を伸ばして寝れるって、幸せだな……。

 そんな事をぼーっと思いながら、俺はそのまままどろみに身を委ねかけていた。すると、隣でもそもそと毛布に入る音がした後、ふと小さな声が掛けられる。


「それじゃ、お休み陸也。……明日は朝一で『無の取得』だからね」


「……明日は朝一で無の取得……?」

 

 ……いや、そんな朝練みたいなノリで、意味不明な予告をされても……。

 思わず体を起こしながらその発言を聞き返すと、時乃は毛布から頭だけ出すという完全就寝体勢となった状態で、顔だけこちらに向けてきた。

 

「そ。だから早く寝てね。……あ。くれぐれも、変な気とか起こさないでよ?」

「……正直に言うなら、そんな気力もない」

「……。……そっか。まあ、そうだよね」


 何故かちょっと残念そうなトーンでそう答えた時乃は、そのまましずしずと毛布を頭から被ってしまった。そんな様子を横目で眺めた後、俺は思わず頬を掻く。

 

「……寝るか」

 

 そう独りごち、俺も毛布を掛け直す。

 ――すると程なくして、睡魔が俺を眠りの世界へと誘ってくれたのだった。

 




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