第10話 トンデモネームとの出会い


 そうして、初めてのボス戦を終えた後。

 特に魔王が出てきたり悔しがったりすることもなく、普通に刃の封印の鍵とやらを拾わされた俺に対し、時乃はねぎらいの言葉もなくこう告げてきた。


「……んー、と……それじゃあ陸也に、これから一つバグ技を教えるね」

「唐突だなおい」

「……これまでも割と唐突に教えてきたと思うけど……」

「まあそうだな。……で?」


 そう先を促すと、時乃は一つもったいつけた後、口を開く。


「今から教えるのは、Cutカット-cancelキャンセル Dashダッシュ、通称はCDとか、CcDと呼ばれている技ね。まず、普通にその斬新の太刀を鞘から抜いてみてくれる?」


 言われたとおりに刀を抜けば、ひゅおんという心地よい音と共に、目の前に真空波のような斬撃エフェクトが現れていく。

 

「これが通常の抜刀モーションね。で、その時にちょっと前方に踏み込むというか、一歩前に出るでしょ?」

「確かに、進むつもりはなかったのに勝手に前に出たな」

「うん。じゃ、抜刀する直前で納刀、っていうのを何回か繰り返した後、同じように刀を振り抜いて貰える?」


 指示通りに動いてみる。すると刀を抜いた瞬間、無数の斬撃エフェクトやかなりの風切り音と共に、先ほどより長い距離を瞬間移動することが出来ていた。


「……なるほど、カットキャンセルしてダッシュ……」

「そ。簡単に説明すると、抜刀を途中でキャンセルした後、また抜刀すると、キャンセルされた回数だけまとめて居合い切りしちゃう、ってバグ技なの。これが本当に万能でねー、移動にも使えるし攻撃にも使えるしで……」

「……ああ、これが前に言っていた、不遇武器だけどバグ技が使えるからどうとか言ってたやつか」


 以前城の屋上回廊で聞いた内容を思い出していると、時乃は大げさに頷いてくる。


「そうそう。スタミナも消費しないから、スタミナ消費して普通に走るよりこれ使った方がめちゃくちゃ早く移動できるの。便利でしょ?」

「なるほど」

「だから今から陸也には、これ使って次のダンジョンまで行って貰おうと思ってて。良い?」

「まあ、特に難しいこともないし、それくらいなら問題ないが……」


 そんな伺いに、俺は一も二もなく頷いていた。断る理由も特にないと考えたからである。


 ……だが、俺はこの後、すぐに気づくことになるのだった。

 この申し出は、そんな簡単に安請け合いしてはいけなかった、と言うことに。


 

  +++



「………………だぁー!!!! 疲れた!! もう無理!!!!」


 肩で息をしながら、草葉の陰で五体投地。

 ……というのも、ここに来るまでもう何百回も、刀をチャキチャキと抜き差ししては振り抜くという動作を強いられ続けていたからである。慣れない動きに二の腕はぷるっぷる、握力もほぼゼロといった状態だ。おかげで進みは徒歩よりも大分早かったが、正直そんな事なぞどうでも良いくらい疲れてもいた。

 そんなわけで、だだっ広く続いていた草原のフィールドでついにストライキを実行に移すと、その後をすいーっとついてきていた時乃があきれ顔を浮かべる。


「なに駄々こねてるの……? それくらい問題ない、って言ってたじゃない」

「1回2回ならなんてこともないが、桁二つは違うってなると話は別だろ!?」


 思わずそう食ってかかるが、時乃はそれでもため息をついたりオプションウェアに目を落としたりと、まるで他人事かのような反応しか返してこなかった。なので俺は疑問をさらに被せてゆく。

 

「大体、今俺たちはタイムアタックをしてるわけじゃないんだろ? なんで普通に歩いて向かわないんだよ?」

「……。……えっと、その……」


 時乃は何故かそこで一旦言い淀むと、急に拍手を始めながら一言口にする。

 

noノーゥ commentコメーント

「いや、途中でやめるなよ」

「ていうのはまあ大乱闘的な冗談だけど、その……あれだよ。今、CcDでかなり早く移動してるでしょ? だからゲームがマップのロードに必死で、雑魚敵まで湧かせる余裕がないわけ。つまり早いだけじゃなくて、安全でもある、ってことなの」

「……確かに、雑魚敵は一匹も湧いてこなかったが……」


 道中を思い返しつつ苦々しくそう答えると、時乃は少しホッとしながら続けた。


「でしょ? 後はまあ、次はどこどこまで行ってから寝て……とかって予定を、予め組んでいたりするしさ。出来るならその予定通りに進めたい、ってのもあって。……それで言うと、ちょっと押してるの。だからこんなところであんまり時間を無駄にしたくはないんだけど……」


 そう言いかける時乃に無言の抗議を向けると、時乃はハァとため息をつく。


「……ま、いっか。ちょっと休憩ってことで」


 そうして時乃は、俺の横にちょこんと座りこんでいった。

 ――実用性の高い藍色のワンピースの、その質素なフリルスカートにスッと手を這わせる女の子らしいその所作。

 それに俺は、ふと目を奪われてしまう。


「……どうしたの?」


 体を起こしかけた状態のまま、そんな動きをぼうっと見つめていた俺を、時乃が心配そうにのぞき込んできた。慌てて取り繕う。


「……あ、いや、なんでもない」

「……? 変なの」

 

 思わず首をかしげる時乃。だが逐一説明するわけにもいかず、俺は口をつぐむしかなかった。時乃もまた特に追求してくることもなく、しばし俺たちの間に穏やかな沈黙が流れていく。

 

 

 ――青々とした草原を、一陣の風がさあっと吹き抜けていった。


 

「……なあ。一つ、聞いていいか?」

 

 その沈黙が、別に居心地が悪かったというわけではない。ただ、あまりにも手持ち無沙汰だったが故、俺はふとそうやって話を切り出していた。

 時乃は何も返事をしなかったが、こちらに顔は向けてくる。

 

「……」

 

 しかし、時乃の整った顔を改まって見つめると、なんだか言葉に詰まってしまう。


 ――もちろん、改まって聞きたいことはたくさんあった。性格こそ誤解していたとはいえ、それでもほぼ接点のなかった俺に対し、こんなにあけすけに接してくるのは何故なのか。どうしてこんなにゲームをやりこんでいたのか。……何より、以前どこかで時乃と面識があったのか。

 ただ、こうして面と向かってみると、どれも言葉にしにくい疑問ではあった。どんな答えが返ってくるか分からないし、そもそもその疑問をぶつけることによって、今のこの心地よい距離感が壊れやしないだろうか、という危惧を抱いてしまってもいたからである。

 ……それくらい、今の時乃との関係性は、俺にとって心地のよいものになりつつあったのだ。

 

「……こんなにバグがあるのに、ゲームの評価自体は高かったんだよな? おかしくないか?」

 

 最終的に俺は、そんな当たり障りのない質問を口にしていた。それに対し時乃は、斜め上を向き、顎に指を乗せつつ答えていく。

 

「ま、システムがオープンワールドだし、ある程度は仕方無いとは思うよ。後はまあ、かなり息が長いシリーズ物でプレイヤーも多かった分、必然的に多くのバグが見つかっていって……って理由もあるのかな」

「ふーん」

「でも、これでも一応、進行不可能なバグとかは、アップデートで取り除かれてるんだよ? でも直すのが難しいものとか細々としたものは、中小企業だから割り切るしかないんだってさ。今は鋭意続編制作中らしいよ」

「……なるほどなあ」

 

 たいして聞きたくもない事を聞いてしまったので、俺は無意識に気の抜けた相づちを打ってしまう。時乃はそんな反応を見た後、ふとまたオプションウェアに目を落とした。


「……なあ。ちょくちょくそれに目を落としてるが、攻略メモとか書いてあったりするのか?」


 何気なく浮かんだ疑問を口にすると、時乃はふるふると首を振る。


「いや、そんな機能なんてないよ。体力とスタミナ、後は時間ぐらいしか見るとこないし。……自分の見てみれば分かると思うけど」


 そう促され、俺は改めて自分の腕についているオプションウェアを見つめてみる。

 ――確かに表示されているのは、体力を示すハート、スタミナを示すゲージ、それにゲーム内時刻と、オプションを表示するアイコンのみである。オプションを辿ってみても特段そういった項目などはなく、あるのはボリューム調節のゲージだったり、カメラや操作に関するボタンだったり、現実世界での時刻だったりといったものしかない。


「ま、こういうのは逐一確認する癖がついちゃってるからね。仕方無いと言えば仕方無いよ」

「特にダメージを受けてなくてもか?」

「うん。まあ悪い癖じゃないだろうし、特に気にしないで」


 そう言ってフッと笑みを浮かべた後、時乃は唐突にぽんと握りこぶしを手のひらにのせた。


「……あ、そうだ。実はこの草原、BGMがすごく良くてね。サントラ買って、延々リピートするぐらい好きなんだよ。かけるのすっかり忘れてた」

 

 そう言いながら、時乃は改めてオプションの項目を辿ってゆく。俺もまた、時乃のそれをのぞき込みつつ一言。

 

「このゲーム、BGMかけられるのか? てっきり効果音だけでプレイしていくものかと思ってたんだが」

「ま、別にそれでもいいんだけどね。オプションで設定してあげれば、ちゃんと鳴らしてくれるんだよ。確かここら辺に……そう、これこれ」

 

 時乃はそうして、BGMというボタンをタップする。すると、軽快な音楽がどこからともなく流れ始めた。

 

 ――出だしから入って来たのは、アルトリコーダーの軽やかなメロディだった。

 どこか民族音楽っぽさもある癖のある音階に、徐々に軽快な小太鼓が合わさって行く。その心地よさは、体が勝手にリズムを取り出してしまうほど。後ろで軽妙に奏でられている木琴が小気味よいし、時折入るトランペットがとにかく明るくて心を弾ませてくる。

 そんなノリのいい、まさに気持ちが上がるような曲だった。


「……いいな、これ」

 

 そんな率直な感想が、思わず口から漏れる。時乃はそんな感想に、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「ほほう……この曲の良さが分かるとは、やるねー陸也!」

 

 何故か上から目線の時乃は、そう言って俺の事を褒め称えてくる。

 ただ実際、これは名曲だと感じていた。なので当然、この曲のことをより知りたい欲求に駆られてくる。

 

「ちなみにこの曲、何て名前なんだ?」

「……ん?」

 

 すると時乃は一拍間を置いた後、こう答えてきた。


 

「――原住民族草原パパラパー」


 

「……は?」

「いやだから、原住民族草原パパラパー」


 ……ダッッサ‼‼‼‼

 

「いやそれ、マジで言ってるのか?」

「そりゃもちろん。ほら、これ見れば分かるじゃん」

 

 そうして時乃は、自らの画面を指さしてくる。そこにはスライド式に文字が表示されており、今はちょうど右端から、♪・原・住・民・族・草・原……と順番に流れていくのが見えた。

 

「……さ、いくか」

 

 自分のオプションウェアで藪から棒にBGMを止め、すっくと立ち上がった俺は、目をぱちくりさせる時乃の腕を取って立たせると、何事もなかったように草原を進み……もとい、居合い切りを再開していった。

 願わくば、そのヘンテコな名前と曲が頭から完全に消え去ってくれることを祈って。

 

 ――しかし、メロディがやけに耳に残ってしまっており、結局俺はそれからしばらくの間、中々集中することが出来なくなってしまったのだった。

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