第26話 だから、僕は推進党とは無関係なんだって!

 僕が逮捕されて一時間ほど過ぎた。

「だから、僕は推進党とは無関係なんだって!」

 警察署に連行された僕は狭い部屋に放り込まれた。二人の警官とデスクを挟んで向かい合う。二人とも日本語が通じない。

 警官は「パスポートを見せろ」的な事を促している。

「それが、パスポートを忘れて来たんだ。ちょっと散歩するだけのつもりだったから……」

 警官たちは怪訝そうな目で僕を見据える。犯罪者を睨む目だ。外国人のパスポート携帯は義務とされているが、これといった罰則や罰金はない。しかし今の場合、印象が悪いのは確かだ。

「パスポートもアパートにあるし、取りに帰らせてくれたら提示しますよ。とにかく電話を一本させてくれよ」

 財布とスマホは没収されている。

「『大阪の小陽』ってお好み焼き屋。そこに電話してください。友達なら言葉を喋れるし、事情を説明してくれるはずだから」

 うまく通じていない。警官二人は猜疑の眼差しを僕に突き刺す。

 取り調べは私服の刑事がするものだと思っていたが、台湾では勝手が違う。今回のような突発的な暴力事件だと、容疑者を摘発した制服警察官が調書を作成するようだ。

 すると取調室のドアが開き、別の警官が二人入ってくる。

チェン刑事!」

 一人は陽に付きまとっている陳刑事だ。

「在這裡見沒認為……」

 そう呟いて、陳刑事は僕に向かって目を細めた。

 すると陳刑事が何やら偉そうに指示し、制服警官たちを退室させる。代わりに僕の前には四角い顔の陳刑事が腕組みして座る。

「請給聽很多話」

「……分かんないってば」

 するともう一人の私服警官が口を開いた。

「『たっぷり話を聞かせてもらおうか』と言ッテます」

 日本語だ――。

 陳刑事の隣に座った細身の男。この男は日本語を話せるようだ。小柄だが目つきが鋭い。

「日本人が逮捕されたという事デ、私が通訳を担当する事になりました。ツァイと申します」

 慇懃な口調と所作とはうらはらに猜疑の目が尖っている。

「それデは取り調べを始めましょう」

 蔡刑事が合図すると、陳刑事がデスクに荒っぽくプラスチックのトレーを置く。僕の財布とスマホだ。

 蔡刑事はトレーのスマホを摘まみ上げる。蔡刑事は僕の顔にスマホをかざしてロックを解除した。

「この女性は、どなたですか?」

 画像フォルダのトップにあった写真。凛風リンファの遺影だ。

「ええと。ワケあって結婚して、僕の奥さんです」

「ずいぶん年齢が離れテいるようですが」

 陳刑事が横から説明する。蔡刑事は納得したように二度頷いた。

「なるほど娶神主ツァシンヅウですか。しかも龍山寺の公園デ、紅包ホンバオを拾ッテ。今どき珍しいですね。実際に拾った人など、初めてお会いしました」

「いやあ、無知でした」

 僕が愛想笑いを見せても、蔡刑事は全く応じない。

「それより、なぜ騒動が起きた広場にいタのです。旅行者のあなたには選挙など無関係のはず。あの場で、何をしテいたのですか」

「散歩ですよ。そしたら急に乱闘になって」

「それデあなたも暴行に加担した、と」

「何もやってませんよ、僕は」

「僕?」

 蔡刑事が目を見開く。僕は息を飲んだ。

「という事は、あなたの関係者は暴行に加担したという事ですね」

 質問された時、ふとアキラを思い浮かべた。それで『僕は(、)』と自然に口から出てしまった。この刑事、『は』と『が』のニュアンスの違いを感じ取れるとは。

「あなたは、日本からの旅行者ダと言いましたね。どこに宿泊しテいるのですか」

「友人の家です。『大阪の小陽』って店の二階に」

 蔡刑事は陳刑事に目配せし、小声で何かを呟いた。

「陳刑事の調べによると、そこの店主の女は黑社會の連中と付き合いがあるそうデすね」

「それはYouTubeの撮影とかで取材してるだけですよ。彼女は犯罪には関わっちゃいません」

「しかし幫会の者と関わりがアルのは事実デすね。今日の騒動の原因も、共産統一推進党と地元幫会の衝突です。そこに、あなたもいた」

 肘をついたまま僕を指さす蔡刑事。

「あなたが無関係ダとは、思えない」

 反論しようとしたが、蔡刑事は有無も言わせぬ眼光を僕に向ける。僕は逃げるように目を逸らした。

「もう良いでしょ。帰してください!」

「あなたは警察官の職務質問に抵抗しテ拘束されたのです。現行犯逮捕された身です。あなたの意思デは解放できません」

「じゃあいつ帰らせてくれるんですか!」

「黑社會との無関係を証明できなければ、今日は警察署で拘留される事になります」

 そんな……、と漏らして項垂れた。

 散々だ。乱闘に巻き込まれたかと思えば、無実の罪で逮捕された。そして警察署で一泊。僕は両手で顔を覆う。喉の奥から溶けるような嘆きの声が漏れた。

 その時、勢い良くドアが開いた。

「請陳先生、來」

 制服の若い警官だ。陳刑事を呼び出しているようだ。

 陳刑事は一時退席する。ドアが閉まると蔡刑事と二人きりになった。嫌な空気だ。

 外から陳刑事の怒鳴り声が響いた。僕は肩を竦める。

「蔡、鎮定聽ッ!」

 陳刑事は荒っぽくドアを開け、何かを叫んだ。

 蔡刑事が顔を上げると、陳刑事が早口で何かを説明している。すると蔡刑事の表情が初めて変わった。驚愕の顔だ。

 二人を見上げていると、蔡刑事が憎々しげに僕を睨んだ。

「えっ、何かあったんですか」

 すると蔡刑事は舌打ちして言った。

「……あなた、釈放デす」

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