第25話 ウェイ、ウェイッ! ストップ!

 演説が止まる。

 鉄パイプやバットなど凶器を担いだ男たちが乱入してくる。男たちは凶器でアスファルトを叩いて威嚇し、何かを大声で叫んでいる。

 揃いの黒いTシャツ。胸には中国国旗の五星紅旗。推進党だ。

「えっ、あれってヤバイ感じじゃ――」

 僕が立ち尽くしていると、アキラは舌打ちして駆け出した。

 集まっていた聴衆は逃げ出し、演説していた候補者まで避難していた。残ったのは推進党と日桃幫。広場ではガラの悪い男たちの乱闘が繰り広げられていた。

 飛び交う怒号。胸ぐらの掴み合い。バットを振りかざす刺青の男たち。平和な駅前広場は戦場と化した。

 僕は公衆トイレの陰に隠れ、おずおずと呼び掛ける。

「アキラ君、どうしよう。警察呼ぼうか」

 僕の声に反応したのはアキラではなかった。推進党の男たちだ。

「你日本人嗎! 來了做什麼!」

 刺青の男たちが詰め寄ってくる。

「這個第日本鬼子、東洋鬼ッ! 殺嗎ッ!」

 きっと日本語を聞きつけられた。

 僕が後ずさりすると男たちも詰め寄ってくる。バットの先で胸を突き飛ばされた。思わず蹲ると、頭上から罵声を浴びせられる。

 次の瞬間、目の前の男の身体が横に突き飛ばされた。

「能返回! 賣國奴!」

 また別の厳つい男が乱入し、推進党の男を蹴飛ばした。

 日桃幫のメンバーだ。掴み合いが始まる。別の男たちも集まって大乱闘が始まった。鉄パイプを振り回す推進党。髪の毛を掴んで投げ飛ばす日桃幫。両者とも流血する者も続出している。

「旦那ッ! 危ねえから、ドッカ行け!」

 日本語が耳に飛び込んだ。アキラだ。

 僕は乱闘の間を縫って広場の隅に退避する。パトカーの甲高いサイレンが近付いてきた。警官が何十人も出動する大騒動に発展した。

 取り押さえられる推進党。警官と言い合いになっている日桃幫。暴れる者は次々と逮捕されてゆく。

 僕は背を丸めて広場を後にする。まだ広場には推進党の連中がうろうろしていた。また捕まっても厄介だ。僕は路地に避難した。

 湿った黴臭い壁にもたれる。あのままだと日本人だというだけで袋叩きにされたか、それとも連中に拉致されたか。

 その瞬間、僕のスマホの着信音が鳴った。

 その音量に僕は息を飲んだ。落としそうになりながらもポケットから取り出す。発信元は『山名陽』だ。

『おーい、晴人。どこ行ってんだべ、一人で何やってんだよ』

「どうもこうもないよ。ヤバい事になってんだ!」

 僕が声を荒げて言うと、陽は状況を察したようだ。

『今、どこだべか』

「龍山寺の駅前広場。いきなり暴動になって……」

『暴動? もしかして』

「共産統一推進党! あいつらとアキラ君たちが乱闘をおっぱじめたんだ!」

 その時、路地に誰かが駆け込んで来る。一人ではない。少なくとも三人はいる。

 僕はスマホを胸に押し当て、室外機の陰に身を潜める。駆け付けて来たのは四人の男。五星紅旗のTシャツ。推進党の連中だ。

 警官隊から逃げて来たのか。鉄パイプや特殊警棒やら凶器を持ったままだ。荒っぽく話しながら、足元のビールケースを蹴飛ばした。

 見つからないうちに逃げようと、僕は男たちから背を向けた。

『おい晴人、どーなってんだよ!』

 胸元のスマホから飛び出る陽の大声。僕の膝が固まった。そろりと男たちを振り向く。

「啊! 東洋鬼!」

 男の一人が僕を指さして叫ぶ。背筋が凍り付いた。凶器を肩に担いで近寄ってくる男たち。大股で肩で風を切る威圧的な歩き方。

 逃げなきゃ。僕は危機を感じて逃げ出そうとした。しかし恐怖と緊張で足がもつれた。そのまま水たまりに転んでしまう。

 刺青だらけの太い腕が僕の襟首を掴む。両腕も掴まれ、無理やり身体を起こされる。

 男たちは僕を壁際に追い詰める。何やら怒鳴りつけながら、特殊警棒を振り上げる素振そぶりをする。僕が肩を竦めると、男たちは馬鹿にしたように笑って罵声を浴びせてくる。

 その時だった。

「你們! 別全體人員動!」

 警官隊が駆け付けた。路地の外側から詰めかけた。全員が銃を携帯し、グリップに手を掛けている。僕を囲んでいた推進党の男たちの勢いが萎えたのが分かった。

 推進党の男たちが何やら警官に難癖をつけて立ち去ろうとする。するとその瞬間、手前の警官が銃を抜いた。

 僕を含めた全員が両手を上げた。日本の警官のリボルバーとは違う。三十発入りぐらいの弾倉マガジンが付いたオートマチック銃だ。

 台湾の警察は実力行使に出るのが早いらしい。職質から逃げようものなら銃を抜くし、車で逃げると何十発も発砲する事もある。しかもカービン銃という大型の銃もパトカーに携帯されているという。非常時には白昼で一般人の前でも発砲するらしい。

 観念した男たちは不機嫌そうに職質に答えている。広場の騒動の実行犯だと分かると、容赦なく手錠が掛けられ、パトカーに乗せられてゆく。

 助かった――。

 安堵のため息を漏らすと、警官の一人が僕にも駆け寄ってきた。

「ありがとうございました。一時はどうなる事やら、と――」

 恰幅の良い警官が僕の肩に腕を回す。

「ま、待ってくださいよ! 僕はあいつらに襲われそうになってたんです! 僕は何もしてませんってば!」

 僕が外国人と分かると、警官は「ノーノ―ノー」と遮る。

「話を聞いてください! 中国語が話せる友達を呼ぶから!」

 路地の表通りにはパトカーが停まっている。待機していた警官が僕の顔を見るなり、後部座席のドアを開けた。

「待てよ、なんで僕が捕まらなきゃならないんだ!」

 外国で警察に捕まるほど恐い事はない。法律も分からないし、裁判の手続きも分からない。よく分からないうちに刑務所に入れられたら、どうしよう。冷たい汗が背中から噴き出る。

「放せよ!」

 僕は警官の腕を振り払った。捕まったら何をされるか分からない。パトカーに乗せられたら終わりだ。

 僕は腕を振り回して抵抗する。警官たちが一歩下がったのを見計らい、一気に駆け出した。

「ウェイ、ウェイッ! ストップ!」

 しかし軽々と襟を掴まれ、アスファルトに組み倒される。あっという間に後ろ手に腕を締め上げられた。

 そして手首に硬い金属の感触。

「えっ、嘘!」

 両腕が固定されて動かない。感触で理解した。手錠を掛けられた。

 僕は異国の地で、逮捕された。

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