第17話



「こんなとこで何してるの?」

なつかしい声がした。

 目の前にアニスの顔があった。

「これは、いかん。逃げろ」

 ぼくの悪魔がささやいた。すると、ふっと肩が軽くなった。

「アニス! なんでこんなとこにいるの?」

 ぼくは泣きながらアニスにすがりついた。

「ここの職員さんの奥さんは、アニスの友だち」

「よかった。たすけて」

 ぼくは思わずワーッと声を上げて泣いてしまった。

「どうしたの?」

「たすけて、たすけて、たすけて」

「よく、わからない」

「ヤバイ悪魔がでてきちゃったんだ」

「悪魔? どうして」

「真一郎の悪魔祓いをやろうとしたんだ。でも、悪魔が出てきちゃったんだ。真一郎が暴れ出しちゃった。どうしたらいいかわかんないよ」

「悪魔祓い?」

アニスが、おいかけっこのようになっている真一郎と卓也たちの姿を目でおった。

「ああ、いけない。ユウスケ、みんなに言いなさい。怖がってはだめ。にげてはだめ。シンイチロウを止めるように」

アニスはそう言うと、真一郎のほうに走りだした。

ぼくも「だめだ。逃げないで、みんなで真一郎を止めるんだ」と叫びながら、アニスをおいかけた。

「こら、こんな夜中に何をしてる」

校門のほうから大きな声が聞こえた。

「いま、何時だと思ってるんだ」

たしかにあの声は香川先生だ。月の光でぼんやり浮かび上がった香川先生が、こちらに向かって走って来る。

真一郎がちょうど先生の前を横切った。

「先生。真一郎をつかまえて」

ぼくはせいいっぱい大声を出した。

「こら、こんな時間に遊ぶやつがいるか」

先生は真一郎のうでをぐいっとひっぱった。

 真一郎はいやがって、あばれる。

「先生、はなさないで」

ぼくは先生のところヘ走りよった。

みんなも、真一郎が先生につかまったのがわかったらしく、近づいてきた。

「おいおい、なんて力なんだ」

先生は暴れる真一郎をはがいじめにした。

「みんな、シンイチロウをかこんで輪になって」

アニスが息をきらしながら言った。

ぼくらがこわごわ真一郎を囲むと、真一郎の力が少し弱まったように見えた。

「どうしたんだ」

先生が大きな声で聞いた。

「だまって!」

アニスが、さっきのハリムの呪文ににた言葉をしゃべりはじめた。アニスのその声は何か怒鳴っているようにも聞こえた。

 ぼくらは祈るような気持ちで、しっかりと手をつなぎあっていた。

「ガァー!」

アニスが今までに聞いたことがないような大声をだした。と同時に、真一郎のからだが、くたくたと人形のようにくずれおちた。

 先生は驚いて、真一郎のからだを抱きとめた。

「もう、だいじょうぶ」

アニスが言った。

ぼくらは、信じられない気持ちで、つないでいた手をなかなかはなすことができなかった。

「どうした?」

事情のわからない先生が、のどをしめられたような声を出した。

ぼくらはお互いの眼を見て、なんて返事をしようかとまよっていた。

「何、してるの?」

真一郎の声がした。

「先生。はなしてくださいよ」

真一郎は先生の顔を見上げた。

「はなして、くれって……。もうあばれたりしないか」

「ぼくがですか?」

「そうだ」

「あばれるわけないじゃないですか」

「そうか……」

先生は真一郎をはなし、わけがわからんというように手をぶらぶらさせた。

「真一郎、笑い声が聞こえるか?」

ぼくが聞いた。

「何の?」

「悪魔だよ」

「あっ、聞こえない」

 真一郎は、慎重に耳をすました。

「うん、聞こえない。と、いうことは、ぼくの悪魔祓いは成功したの?」

「あばれたの、覚えてないのか?」

「さっき、ハリムの声をきいていて眠くなったところまでは覚えているけど、それからはわからない」

「ぼくが、だれかわかるか」

卓也が、つないでいた手をおそるおそるはなし、自分の鼻の頭を人さし指でおした。

「卓也……」

「やった。ちゃんともとにもどってる。悪魔祓い、成功だ」

卓也が、ほーっと肩から力をぬいた。

「何やってたんだ?」

先生が、腕組みをする。

ぼくらがだまっていると、

「おまえらな、こんな夜中、親に家にいないことがばれないとでも思ってるのか」

先生の言葉に、ぼくらは急に現実にもどされた。

「お母さんたち、もう帰ってるの?」

まゆみがすぐに聞き返した。

先生はごほんと一つ、せきばらいをした。

「えらいさわぎになってるぞ。お母さんたちは、電話で友だちのうちや知ってるところを血まなこになって探してるぞ。学校で遊んでたって言っても、いいかげん怒られるだろうけど、悪魔払いなんて言ったら……」

「先生、ないしょにして」

卓也が手を合わせた。

「夜中に家を空けたことは反省するか?」

「反省!」

ぼくらはそろって頭をさげた。


先生は、学校からみんなの家へ、無事ぼくらが見つかったという電話をかけた。

お父さんやお母さんが、自動車で学校に迎えにくるというのを、ぼくらは断った。ぼくらはどうしても歩いて家に帰りたかった。みんなは、この何か変な雰囲気を楽しみたかったのかもしれないけど、ぼくは、混乱した頭を冷やしたかった。

 帰り道、みんなの後を、ぼくとアニスとハリムはならんで歩いていた。

「もう、あんな遊びをしちゃだめよ」

アニスがハリムに言った。

「遊びじゃなかったけど、もうあんなことはしない。今度はちゃんと勉強してからする」

「ホォーッ」

アニスがあきれたというような声を出した。

ぼくのほっぺたが、じんじん痛みだした。

ぼくは、手をほっぺたにあてて、泣き出したいような気分をこらえた。

「どうしたの?」

アニスがぼくの顔をのぞきこんだ。

「殴られた」

「痛いの?」

ぼくは、ううんと首を横にふった。

「ぼくが、悪魔だと言われた」

ぼくは、小さく小さくいった。アニスにも聞こえなくってもいいと思った。

けれど、アニスにはちゃんと聞こえていたようだった。

「何てことない、何てことない。ユウスケは悪魔なんかじゃない。もしも、そう聞こえたのなら、この国にはどこにでも悪魔がいるってことかしら」

ぼくのほっぺたが、また、じんじんしてきた。

「でもね、この国には悪魔もいっぱいいるけど、神様もいっぱいいるんですよ」

アニスがぼくを見てにっこり笑った。

すずしい風が、ぼくの回りをふき抜けていく。

 でもぼくは、まだほほから手をはなすことができなかった。

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