応援合戦

第18話





運動会の日は、雲一つない天気だった。おまけに、風もない。青い空が目に痛かった。

ぼくらの競技は、百五十メートル走と組体操、それからぼくらの自信作であるバロンの応援合戦。

日本人学校の幼稚部のリズム体操や、運転手さんたちの障害物競争など、競技がつぎつぎと終わっていく。

 太陽もどんどん高くなり、昼近くになると、みんなの影が消えた。ほとんど赤道直下といってもいいここでは、太陽が真上に来るとき、物の影がなくなるんだ。こうなると、暑さとの戦いである。体操服をきていてもじりじり肌が焼けつくのがわかる。

とうとう、ぼくらのバロン応援合戦のときが来た。ぼくらは、発泡スチロールの顔、布のからだのバロンをかついで、出番をまっていた。バロンはちょうど、日本の獅子舞というところだろうか。の中には、卓也、浩司、真一郎がはいっている。

バロン作りは、ぼくらの悪魔祓いが終わった後も、放課後につづけられた。

 ぼくは、真一郎に「残れ」と命令した。真一郎は「しょうがないね。きょうは用事がないから残ってやろうかな。君たちはセンスがないんだよ」なんて言いながら、みんなの輪に入ってきた。みんなは「また言ってる」というような顔をしていたけど、だれも、もういっしょにやるのはいやだとは言わなかった。

ぼくは、応援合戦の練習中に、真一郎がやるって言ってた白組の役をかってでた。始めは、真一郎がやるって言い張っていたが、ぼくが強引にやらせてもらった。ぼくは、どうしても白組の役をやりたかった。白組の役というより、悪魔の役をやりたかったのかもしれない。

 あの悪魔祓いの日から、ぼくのぽっぺたがときどき痛む。ぽっぺたの痛みと悪魔はぜんぜん関係ないのかもしれないけど、ぼくはほっぺたが痛むと同時に悪魔祓いを思い出す。すると、悪魔という言葉が頭にひっかかってくる。悪魔に憑かれた真一郎に、悪魔とよばれたぼくはいったい何だろうと考える。

 もし、日食の日に真一郎に悪魔がついたのなら、ぼくがぼくの前に出てきた悪魔に真一郎に取り憑けばいいと言ってしまったことが原因かもしれないと思っている。そして真一郎をひとりぼっちにしたぼくらのせいかもしれない。それを、真一郎が悪魔とよぶのなら、ぼくの中にも、悪魔がいるっていうことなんだ。

 もし、ぼくがバロンの悪魔役をやって、バロンにやっつけられたら、ぼくの中の悪魔も出ていってくれるかもしれない。あのマンガみたいな西洋風悪魔じゃなく、本物の悪魔。

 ぼくはそんなことを考えていた。


 ぼくは、白い布をかぶって、バロンより一歩前にいる。

 まゆみたち女子組は、赤いポンポンをふって、赤組の応援をもらう。

スピーカーから、はやがねのような、バリ島の音楽であるガムランが流れてきた。ぼくの心臓も、ガムランに合わせるように高鳴っていく。

「スリー、ツー、ワン、ゴー」

ぼくは、飛び出した。

 ぼくは、逃げた。

 ぼくの後を、バロンが追いかけてくる。卓也がバロンにあけた小さな目から、ぼくを見て追いかけてくるんだ。浩司と真一郎は、卓也にあわせて走っているんだろう。

ぼくは、三人のムカデ競争状態になっているバロンに、捕まりそうになっては身をひるがえして逃げる。そのたびに、観客席から歓声と拍手があがる。

ぼくは、もうこれが最後という気持ちで、これまでで一番近くバロンの前に立った。ぼくは、バロンに捕まって降参するんだ。

 卓也が手をのばす。

 突然「いや、まだだ」とぼくは思った。

 ぼくは、ヒョイッと卓也の手をかわしてバロンの後ろに回った。

バロンも、ぼくといっしょにふり返ろうとした。

「ワアー」

 卓也の大きな声とともに、みごと、バロンはバランスをくずし倒れてしまった。もう頭も胴もない。ひとつのだんご状態である。

三人は立ち上がろうと、いっしょうけんめいにもがいている。だけど、バロンのなかでこんがらがっているのか、どうしても立ち上がれないらしい。バロンがしゃくとり虫のようにくねくねしている姿がおかしい。

観客席から笑い声がもれる。

ぼくも笑いながら、バロンを助けようと近寄っていった。

「なにやってんだよ。早く立たなきゃだめだよ。悪魔をやっつけられないよ」

「立ちたいんだけど、立てないんだよ。そんなこと言ってないで、祐介も手伝え」

卓也がどなる。

ぼくは、バロンの頭を引っ張った。

「いたい。引っ張るな」

「この足、のけろよ」

「おまえの足がじゃまなんだよ」

「……」

「おすな!」

「あ、あ、あ、……」

立ち上がりかけたバロンがまた、たおれた。

 もがきにもがいて、三人はようやく、バロンの中から頭を出した。顔は蒸し風呂にでもはいっていたかのように真っ赤になっていた。

「キャハハ……、ゆでだこみたい」

ぼくは、三人の顔を指さして笑った。

「笑ったな。これでも食らえ」

卓也がバロンをぼくにかぶせた。ぼくは、あっというまにたおされた。笑いながら、だれかがぼくの上にのっておさえつける。

 ウーッ、ウーッ。

 重さが続けて加わった。

「おもーい」

 ぼくが叫ぶと、

「どうだ、思いしったか」

 卓也の声が聞こえた。

「思いしったり、しなーい」

 ぼくは、身をよじり手を出して、ぼくの上にいるやつのからだをくすぐった。

「あ、やめろ。やめろ」

 真一郎の声だった。

「くすぐったい」

「やったな、おまえもくすぐってやる」

「それは、ぼくだ」

「だれだっていい、ほらほら。キャハハハ、ヤメロー」

ぼくらは、もう、だれをくすぐってるのかわからなくなっていた。

 だれかの手が、ぼくをくすぐっている。ぼくの手がだれかをくすぐっている。つぎからつぎへと折り重なるようにぼくらは、ふざけつづけた。

ぼくは、応援合戦はこれでめちゃめちゃだになっちゃったと思った。また、先生が校長先生に怒られるのかということも、ちょっと頭をかすめたけど、おかしくておかしくて、身をよじらせて笑いつづけた。

「やめなさいよ。だめじゃない」

「もう、応援合戦むちゃくちゃやわ」

「どうして、こうなちゃうわけ?」

まゆみたちの、ぼくらをひなんする声が聞こえた。

 それでもぼくは、運動場の熱い砂の上を、いつまでも笑い転げていた。

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