第16話



日曜日の夕方。

お父さんとお母さんは、昼に一度帰ってきて、また出かけて行った。これで、夜中の一時ごろまでは帰ってこない。

悪魔払いの仲間が、ぼくの家に集まりはじめた。

始めにやって来たのは真一郎だった。それから、まゆみと友里が、いっしょに自動車に乗ってやってきた。浩司が来て、卓也が来たときにはもう、ほとんど空は暗くなっていた。

 あとは、香織が来れば全員そろう。ぼくらは無口だった。だまってぼくの部屋で、時間のたつのをまっていた。

突然、ぼくの部屋のドアがノックされた。なんでもないことなのに、ぼくの心臓はどきどき音をたてた。

「ユウスケ」

ミラが、ドアの外で言った。

ぼくはミラの声にあれどうしてアニスじゃないのっと思ったけど、すぐに、ああそうか、と思いだした。

 アニスは今夜、友だちの所へ行くと言っていたからいないんだ。

 ぼくは、ドアをすこしだけあけて外をのぞいた。

「こんばんわ」

香織が緊張した面持ちで部屋に入ってきた。

これで、そろった。

ぼくはみんなの顔を一人ずつ見ていった。そして、元気を出すために、いっせいにうなずきあった。


ぼくらは夜の道を、横一線にならんで歩いた。とちゅうで背中に荷物を背負ったハリムもくわわった。ぼくらはだまって学校まで歩いて行った。木のかげや雑草の揺れがぼくをおどしていたが、月が明るく道を照らしてくれたので、それほど恐ろしいとは思わなかった。

学校の校門はしっかりと鍵がかっていた。しかし、これは計算のうち。ぼくらは一人づつへいを乗りこえた。

運動場に立つと、ハリムはてきぱきと準備を始めた。

運動場のまんなかに、ハリムが持ってきたバナナの葉っぱで編んだござを広げた。真ん中にハリムと真一郎が座った。ハリムは自分の前に平らな石を拾ってきて、ろうそくを立てた。まわりに花びらを散らす。

ぼくらは、真一郎を囲むようにして丸く座った。

風はぴたりと止まったままだった。月の光がいやにまぶしい。

 ハリムがろうそくに火をつけた。ろうそくの火が暗やみにうきあがる。なぜか、ろうそくの炎が、いつも見る炎の何倍もあるように見えた。ろうそくのそばからうすい煙が上がった。と同時に、いい匂いがしてきた。線香のようで、それでいて甘い匂いだ。

「準備はできた」

ハリムが低い声で言った。

「ぼくは悪魔祓いのことはわからない。もし、ぼくにおじいちゃんの霊がのりうつったら、どうすればいいか、ユウスケが聞いてくれ」

「うん」

ぼくは、手に力をこめた。

ハリムは、ろうそくの明かりの下で目を閉じた。そして、ぼくにもわからない言葉をつぶやきはじめた。

ぼくはハリムのつぶやきを聞いているうちに、これは古い言葉なんだと思った。この国はとっても古い国だから、今使っている言葉とは違う言葉がある。そして、古い言葉にはきっと呪力が宿ってるんだ。

ずっと聞いていると、何だか眠くなるような言葉だった。


「うるさいなぁ」

 どこかで聞いたような声が耳のそばで聞こえた。そうだ、日食の日にあらわれた悪魔だ。今、ぼくの肩にのっている。マンガのような小さな西洋風悪魔。

「やっぱり、おまえの仕業だったのか?」

 ぼくが小さい声で聞いた。

「なにがさ?」

「真一郎に取り憑いてぼくらのクラスをめちゃくちゃにしようとしてるんだろ」

「ええー、知らないよ。真一郎なんて誰かもしらない」

 悪魔が迷惑そうに肩をすぼめ、両手をひろげた。

「知らないって……。日食の日、おまえは真一郎に取り憑いたんじゃないの?」

「知らないね。オレはオマエの悪魔だもん、他のヤツには関心がないのさ」

「ぼくの悪魔?」

 ぼくは、思ってもいない言葉にこしをぬかしそうになった。

「そうだよ。オマエの悪魔。よろしくな」

「そんなこと日食の日には言って無かったじゃないか」

「そうだっけ」

「じゃ、何のためにこんな時にあらわれたんだよ。ぼくらは真一郎の悪魔祓いを今、やってるんだよ。ぼくの悪魔祓いじゃない」

「出てこい、出てこい。姿をあらわせっていうから、何ごとかと思って出てきたんじゃないか」

「やっぱり、悪魔はおまえじゃないか」

 ぼくはそう言って、みんなはぼくの悪魔に気がついているかどうか、友だちのようすをうかがった。みんな下を向いて目をとじている。みんなは、ぼくと悪魔の話しは聞こえいないようだ。

 急に風がふきだした。

「うるさい!」

突然、真一郎が立ち上がった。 どうしたんだろう。

こちらを見た真一郎を見て、ぼくは驚いた。

目が、目がおかしい。つり上がった目がぎらぎら光っている。

「なんだ、あいつ」

 ぼくの悪魔がぼくにかくれるようにしてささやいた。

「真一郎だ。でもいつもの真一郎じゃない。何かおかしい」

 ぼくが言い終わらないうちにハリムが叫んだ。

「これは、おじいちゃんじゃない。悪魔かもしれない!」

「うるさい!」

真一郎は日本語でどなった。

ぼくは、何がなんだかわからない。ただ、歯がカチカチなっていた。

 ぼくの悪魔もこわいのかぼくの背中にかくれている。

「おまえが……」

真一郎がぼくの方に両手をのばした。

「ワーッ」

ぼくは、びっくりしてぱっと退いた。

「だめだ。逃げちゃだめだ。おじいちゃんが言ってる」

ハリムが叫んだがおそかった。

「たすけて!」

ぼくは逃げだしてしまった。

「まて!」

真一郎がぼくを追いかけてくる。

 ぼくは必死で走った。

 どうして、こんなことになちゃったんだろう。どうして、真一郎はぼくを追いかけてくるんだ。

「おい、ヤバイ悪魔があいつにのりうつってるぞ」

 ぼくの悪魔が叫んだ。

「ヤバイってどういう意味だよ。おまえが悪魔なんだろう」

「いや、悪魔にもいろいろいるんだよ。あれは、ヤバイ。強すぎる」

「悪魔、悪魔って、いったい何匹いるんだよ」

「いっぱい」

「いっぱい? そんなこと言ってないで、おまえがなんとかしろ!」

ぼくは、ぼくの悪魔にどなりながらどこがどうかわからないぐらい無茶苦茶にはしっていた。

 気がつくと目の前に目のつり上がった真一郎がいた。

「ヒーッ」

からだが、かちかちになってもう動かない。ぼくは、そのまま気が遠くなってしまいそうだった。

「ぼ、ぼくが、悪いんじゃない」

ぼくは大声でさけんだけど、そんなことはかまわず、真一郎はぼくの胸ぐらをつかんだ。

「ぼくは、何もしていない」

ぼくの声はかすれていた。

ぼくは、真一郎の手を外そうと力いっぱい真一郎をおした。

けれど、真一郎はびくともしなかった。真一郎の手に力が入る。ぼくは、だんだん持ち上げられていった。

苦しい。息ができない。

ぼくは、頭をふりつづる。

急に、真一郎がぼくをつきはなした。ぼくは、運動場に投げ捨てられた。

ぼくが、からだをおこしかけると、

ガツン!

真一郎の握りこぶしがぼくのほほにとんできた。目の前がくらっとした。それほど強烈に殴られた。痛いと思う間もなく、ぼくはもう一度運動場に倒れてしまった。

そのとき、ぼくは真一郎の声をかすかに聞いた。

「おまえが、悪魔だ」

ぼくは「え?」と聞き返した。

 けれど真一郎は、すばやく浩司らしい影を追いかけはじめていた。

 ぼくはぼんやりと、走る真一郎の後ろ姿を見つめていた。

もう、何も彼もがどうなっているのかわからない。

「おまえが悪魔だって言ったぜ。どうして?」

 ぼくの悪魔が背中でぼくに聞いた。

「おれと同じおまえも悪魔ってことか?」

「なんだよ、それ」

 もう、ぼくの頭は、パンクしそうだった。

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