第1話 君を好きになった日【回想】

 ――君を好きになったのは今から2ヶ月前の2月の中旬。


 その日の前日は暴力的にただひたすらに視界を遮り、この街の風景を全く違うものにしてしまうかのように真っ白な雪が降っていた。もう降り止まないのかとも思った。結果的に僕らの街では雪が30センチ以上積もったことをニュースで知った。日本海側の人とか北海道の人ならこんな雪はほんの少しに過ぎなくて、逆に冬に天から贈られる物とか思う人もいるのかもしれない。


 でも、僕らの街にとっては強い台風が来たかのように混乱する出来事だった。電車は続々とドミノ倒しのように止まり、駅は花火大会があるときのように大混雑し、道路では車が何台もスリップしたみたいだ。自分の部屋から聞こえる救急車やパトカーの出す音がそのことの大きさを伝えているようだった。


 翌日になると雪はピタリと時が止まったかのようにやんだ。だから僕は買いたい物もあったし少し外に出ることにした。だけど、白い世界は街を包み込むように広がっていた。街はまだ混乱していたけれど、銀世界とか別の世界のように幻想的で、美しくもあった。


「あれ、大希だいきくん?」


「あ、桜菜さなさん」


 帰り道に僕の高校の同級生の桜菜さん――今の僕が好きな人に会った。この頃まだ僕は桜菜さんに好意というか特別な感情は抱いていなかった。でも、優しい人だなとかそういうことは今と同じで思っていた。


「昨日の雪はすごかったねー」


「うん、この世の終わりかとも思ったよ……」


「なんか、嫌なこと言わないでよ」


「ごめんごめん」

 

 桜菜さんとは途中まで同じ道だったのでそこまで雪の降り積もる街を一緒に帰ることにした。でも、雪が積もっていて歩ける場所が限られていたので、桜菜さんとの距離が近く少し緊張した。桜菜さんと別に仲が良かったとかではないけど、桜菜さんが僕に話しかけてくれるから気まずい空気とかにはならなかった。というか僕にとってあまり話すことのない人との会話は楽しかった。


「そういえばもうすぐ学年末テストだよね、大希くんは勉強始めた?」


 僕の高校では3月の初めにテストがあるのでこの時、テストが2週間後くらいに迫っていた。


「まあ、少しずつ、かな……。でも、内容が難しいよね」


「うん、今回のはあんまり自信ないかな……。でも、チョコパイ食べるとなんか頭に入るんだよね。大希くんは何かそういうのない?」


「んー、今クラスで流行ってる星たべよっていうせんべい食べるとやる気出てくるかもー」


「うん、分かるー」


 いかにも高校生らしい話をしていたなと今振り返れば思う。高校生になるとお菓子の話で盛り上がるなんて言うことも結構ある。


「あ、っ!」


「あー!」


 そう思ったときにはもう体を自分でコントロールすることは出来なかった。雪の凍結で僕と桜菜さんの足があっという間に奪わる――夢を見ているようなそんな感じだった。僕らはジェットコースターのようなスピードで土手に転げ落ちてしまう。


「あっ、て」


「うー」


 その衝撃で体になにか刺さったかのように痛む。体がとれてしまいそうだ。僕は少しの間痛さで動くことが出来なかった。なんか体にある電池が切れてしまいそうな、この世界に自分はいないんじゃないかと思って目をつぶった。その時、僕の耳のオレンジ色とかピンク色とかで表現されるそんな温かいものが聞こえてくるような――音楽のような音がした。


「大希くん、大丈夫?」


 心配そうな声――誰と思って僕が閉じた目を開けると真っ白な世界に1つの明かりがあった。その光の正体は桜菜さん。


「あ、いや桜菜さんも――」


 僕が桜菜さんも怪我してるじゃんと言おうとするのを遮るかのように桜菜さんが言った。


「大希くん、少し待ってて、今、手当てするから」


 桜菜さんは少し早口だった。桜菜さんだって怪我をして、痛めているようで、時々右腕とかを触っていた。でも、それでも僕の手当を優先した。


 彼女が僕にどうやって手当をしてくれたのかはよく覚えていない。僕の力は殆どなかったから。でも、僕にもっていたタオルとかで僕の左腕を固定してくれたことを鮮明に、今でも情景が浮かぶかのように覚えている。


 彼女が手当てをしている時、少し手が触れてしまった。その手は冬に飲むココアとかそんなものに到底比べ物にならないくらい、この世界にあるどんなものを使っても表現できないくらいに温かかった。


 ――この日から、僕は君という人間を好きになってしまった。

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