第6話 誰かの恋。

「ねえねえ…! 尚くん…! 前のお姉さんと本当に付き合ってんの…?」


 やっぱり…、まだ気にしているんだ…。

 朝から、土曜日にあったことを聞く清水。一応…週末にそう言っておいたから、そのまま答えた方がいいかもしれない。


「あっ…、うん。そうだけど? なんでそれを聞く?」

「……本当…? あのお姉さん、どう見ても成人でしょう…? 本当にそんな人と付き合ってもいいの? 変なことを要求するかもしれないよ!」

「えっ…、それは心配しなくてもいいと思う…。普通に付き合ってるだけで、変なことはしていない」

「全く…」


 そのまま拗ねた顔で俺を睨む清水に、後ろから声をかける楓。


「よっ、朝から何してるんだ。二人とも」

「楓くん…! 知ってたの? 尚くんに彼女ができたって!」

「えっ…! マジか…! 俺が買ってあげた漫画を読んで、ようやくやる気が出たのか!」

「女子の前でいやらしいことを言うのはやめてほしいけど…? 楓」

「アハハハッ、そっかそっか…おめでとう!」

「バカ、楓…」


 なぜか、清水に蹴られる楓だった…。


「それより、今日も新しい本を買ったからな〜。早く読みたい!」

「俺も家に帰って小説書きたい…」

「ちょっと…、二人とも…! たまにはみんなと遊んでよ…」

「へえ…。じゃあ、今日は尚の家に行かない…?」

「行きたい! 私も尚くんの家に行ってみたい!」

「お、お前…! 勝手に決めるな…!」

「別にいいだろう? 3人で遊ぼう!」

「行こう!」


 もう俺の話など通じない二人だった。


 ……


 たまにはこんなこともいいと思うけど、やはり念の為…花田さんにL○NEを送った方がいいよな…。楓は気にしないけど、土曜日のことで清水の方が気になるから…会わせない方がいいと思う。


 尚「今日は友達が家に来るので…、気をつけてください!」午後 5:12

 花田さん「うん! 分かったよ。ありがとう———」午後 5:12


 即答…? めっちゃはやっ…。

 まぁ…、これでいいんだろう。一応、報告完了。


 さて、久しぶりにみんなと遊んでみようか…。


「尚、久しぶりにゲームしよう。イロハちゃんも混ぜて3人で走るのはどーだ!」

「ほお…、あのゲームだけは俺も負けんぞ…! 準備するから、待ってろ…!」

「私も家で弟とやってる! 二人は負けないよ!」


 お菓子を食べながら席に着く3人。

 学校であったことを話しながら、レースの準備をしていた。


「このお菓子美味しい…!」

「確かに…、試しに買ってみたけど、うまっ…!」


 それから始まる3人のレース。しかし…、俺が3位で走っているこの状況はなんだろう…。なんで二人ともそんなに上手いんだ…? これなら俺が最下位になるかもしれない。なら仕方がなく…、みんなに悪いけど…。それを使うしかないよな…。


「あっ…! 尚!」

「尚くん…!」

「一位は俺が取る!」

「あ———! 悔しい…! 先まで一位だったのに———!」


 とにかくアイテムを使って一位を取った…。


「よっし…!」


 すると、そばから悔しがる清水が俺の肩を叩いた。


「痛っ…」

「そこから甲羅が出るなんて…、ヤベェ…」

「とりあえず…、一位は俺だからな!」

「アイテムの運が良かっただけじゃん…! もう一回!」

「あっ、俺ちょっと電話に出るから」


 お母さんからかけられた電話に出るため、しばらく家を出る楓。


「あ…、楓くん出ちゃった」

「うん。清水はどんなマップにする?」


 静まり返る部屋の中、いきなりじっとする清水が俺の肩に頭を乗せた。

 あれ…、ちょっとまずい雰囲気になってる…。


「ねえ…、尚くん…」

「うん…? 何?」

「あの人のこと…、本気で好きなの?」

「あ…、またそれか…?」


 清水って…どうして俺にそんなことを聞くんだろう…。

 楓と仲がいい人で、俺とはあんまり話したこともないはずだけど…。土曜日のことをすごく気にしている。花田さんのことがそんなに気になるのか…? 普通の人だと思うけどな…。俺みたいな人に興味があるわけでもないし、イケてるグループに入ってるから…清水は。じゃあ、なんで…?


「私…、あの…尚くんに興味あるから…」

「えっ…?」

「でも、尚くん…いつもバイトとかで忙しいし、カラオケに誘ってもみんながいるところには来ないし…。だから、楓くんについてきたのよ…」

「あ…、そっか…。へえ…」


 次の言葉が思いつかない…、こんなことを言われるとは思わなかった。

 しかも、清水イロハって言ったら学校でけっこうモテる女子じゃないのか…? なんで俺なんかに興味を持つんだろう…。誰が見ても清水の方が惜しいと思うけど…?


「私…ずっと、尚くんのこと見ていたよ…。みんなは暗い人って言ってるけど、私は尚くんをそんな風に思ったことないからね! 少しずつ、仲良くなりたかったのに…いきなり彼女なんて…」

「あ、ありがとう…。でも、俺にはあの人がいるから…」

「やっぱり、私じゃダメなんだ…」


 そう言いながら俺の方にくっつく清水が、悔しそうな声を漏らしていた。

 俺は…清水のことをそんな風に考えたことないから、彼女には何もしてあげられなかった。先まで楽しかったのに、どうしてこんな雰囲気になってしまうんだろう…。


「ああ…、みんなごめん。俺、お母さんに頼まれたことをうっかりしちゃってさ。えっ? イロハちゃん、どこ行く?」

「いきなり用事ができて! わ、私は先に帰るから…ごめんね!」

「……そ、そっか? 俺も帰るけど…。尚、今日は楽しかった。また遊ぼう」

「あ…、うん…」

 

 みんなが帰った後、俺は清水のことで頭が複雑になってしまう。

 断られた人もそうだけど、断った人も…つらいからな…。


 そのまま床に横たわって、ゲームの画面をじっと見つめていた。


「……はあ」


 すると、そばに置いていたスマホからL○NEの通知音が鳴る。


 花田さん「友達はもう帰ったのかな? 今日ね。尚くんが好きそうなおかず作ったけど…持って行ってもいい?」

 尚「はい」


 開いているドアから入ってくる花田さんは、明るい声で挨拶をしてくれた。


「尚くん…! 唐揚げ好き? 私、たくさん作っちゃってね…」

「……はい。好きです」


 力のない声に気づいた菜月が、こっそり尚のそばに座る。


「みんなで遊ぶのは楽しくなかったのかな…? なんでそんな顔をしてるの?」

「いいえ…。別に…」

「そう…? 話したくないことなら、話さなくてもいいよ…」

「すみません…。今日はちょっと一人でいたい気分です…」

「うん…。じゃあ、戻る前に…私が元気を出してあげようかな?」

「えっ…?」

「とりあえず、私とハグしない?」


 俺は確かに彼女なんかいらないって…、ずっとそう思っていた。

 みんなに可愛いって言われる清水さえ断ったのに…、なんで花田さんの話にはどんな反論もできず、すぐ頷いてしまうんだろう…。


「はい…」


 分からない…。


「尚くんはまだ高校生だからね…? 何かあったら私に話して、全部聞いてあげるから…」

「はい…」


 生まれてから初めて、女性を抱きしめてみた…。

 それは花田さんから抱きしめることではなく…。俺が彼女を抱きしめるような、そんな気分だった。この気持ちはとても不思議で…、文章では上手く描写できないような気がする。


「……」


 ぎゅっ———。

 ちょっとだけ、ドキドキしていたかもしれない…。


「んっ…」

「……」


 あの時、俺が抱きしめた花田さんの体はすごく細くて…すごくいい香りがした。

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