第5話 縮まる距離。−2

「尚くん…! 待たせてごめんね…」

「いいえ。今戸締りをしていたところです」

「行こう…!」


 今から現役女子大生と二人で買い物か…、俺が誰かと一緒に出かけるのも久しぶりだよな…。中学生の頃にはけっこう外で遊んでいたけど、ここに来てからずっと一人でやってきたかもしれない。だから、花田さんと二人で出かけるのがすごく嬉しい。


「尚くん…?」

「あっ、はい? ぼーっとしてました…」

「寒いよね…? 今年の冬は…」

「ですね…。でも、それより花田さんの方がもっと寒そうに見えますけど…」

「うん?」


 雪が降る、真冬…。

 寒そうな格好をしている花田さんが心配になって、さりげなく俺のマフラーを巻いてあげた。てか…花田さんはスカートにタイツをはいただけなのに、下半身がこの寒さに耐えられるのか…? 俺にはめっちゃ寒そうに見える…。


「……い、いいよ。私に巻いてくれたら、尚くんが寒くなるんでしょう…?」

「いいえ…。そんな格好じゃ…、風邪を引きますから…」

「じゃあ…。もし私が風邪に引いたら…、尚くんはどうする? 私のそばにいてくれるの?」

「……えっ?」


 こんな冗談は…、楓が見せてくれたラブコメでしか見たことがない…。

 でも、花田さん…俺に気遣ってくれるから俺もちゃんと気遣ってあげないといけないよな。それより…、どうしてこんなことを考えるようになったんだ…、俺は…!


「はい…」

「フフッ、嬉しい。早く風邪引きたいな———」

「えっ…、それはダメです!」

「冗談だよ〜」


 ……


 それからゆっくり話していた俺たちは、近所のスーパーマーケットで買い物を始めた。


「うう…掃除道具…、重い…」

「持ちます…」

「ありがとう…! ごめんね。いっぱい買っちゃって…」

「いいえ。そのマンション、一人で住むにはちょっと広いから…ちゃんと買っておかないといけません」

「うん…!」


 やっぱり…、これはデートっぽい状況だ…。

 いや…、待って。恋愛経験ゼロの俺にはただの買い物がそんな風に見えるのか…、これはちょっと悲しくなるかもしれない。


「尚くん…! 尚くん…! こっち来て」

「はいはい」


 菜月のところに走っていく尚。

 その姿を、友達と買い物をしていたイロハに気づかれてしまう。


「あれ…? 尚くんじゃない?」

「尚って? 柏木くんのこと? あ…! 本当だ…! 買い物しに来たのかな…?」

「そうかもね…。後で、声かけてみようか?」

「そうしよう!」


 何かをじっと見つめている花田さん…。

 何を見てるんだろう…。


「うん…。さつまいも…、食べたら温かくなりそう…!」

「掃除道具はこれくらいでいいと思います。それ以外に買いたいのがなかったら、お会計する時に買いましょう!」

「うん…。でも、私こんなに大きいのは食べられないし…。ねえ…! 半分ずつ分けようかな!」

「はい」


 ……


「あ…! 食材!」

「あっ、そうですね! うっかりしました…!」

「二人とも、さつまいもに気を取られちゃったよね…」

「それは花田さんだけです〜」

「え〜」


 それからうっかりしていた夕食の食材を買う時、後ろから俺を呼ぶ女子の声が聞こえた。


「尚くん…! 尚くん…!」

「うん…? 誰か、尚くんのことを呼んでる…」

「あ、同じクラスの清水ですね」

「へえ…」


 尚に向かって走ってくるイロハを、冷たい目で見つめる菜月だった。


「あれ…? 尚くんにお姉さんもいたの?」

「えっ…? いや…、そんなことじゃないけど…」

「初めまして、尚くんの友達だよね?」


 微笑む顔で挨拶をする菜月に、警戒してるような目で見つめるイロハだった。


「はい。同じクラスの清水しみずイロハです!」

「へえ…! 尚くんにこんな可愛い女友達がいるとは思わなかったよ…! もしかして、彼女かな…?」

「あっ…、いいえ…! ただの友達です!」

「やっぱり…、そうなわけないよね? ごめん、変なことを聞いちゃって」

「……」


 そばからこっそり手を握る菜月が、見せつけるように尚の横腹をつつく。


「はい…?」

「ねえ…。尚くん、私ジャガイモ買うの忘れちゃった…」

「あっ…、それは大事ですよ! カレーに肉より大事なのが…ジャガイモですから」

「尚くん、あの…二人は…、どんな関係…?」

「どんな関係…? えっと…」


 普通にお隣さんって言ってもいいと思うけど、この状況にそういうのはダメって本能が勝手に判断を下す。花田さんが隣部屋に住んでいるのが知られたら、それもそれなりに面倒臭いからな…。これをどうしたらいいんだ…。


「尚くんはまだ恥ずかしいの…?」

「はい…?」

「私たちの関係…」

「あっ…、いいえ。そんなことじゃなくて…」

「この照れ屋さん…。私たち、こんな関係だからね?」


 清水にそう答えた花田さんは、さりげなく俺の腕を抱きしめてくれた。


「えっ…! ウッソ…! 尚くん、彼女いたの?」

「……」


 あ…、どうしたらいいんだろう。

 この状況を…、上手く…誤魔化すのはもう無理かもしれない…。だったら、ちゃんと認めるしかないよな…。後…家に帰ったら、花田さんに謝ろう。


「うん…。同じ学校じゃないからな…」

「嘘…、こんなに綺麗なお姉さんと…?」

「うん…。俺は自分のことをあんまり言わないから…、知らないのが当然だ…。後、食材を買いに行かないと…、またね」

「あっ…、うん」


 二人を見ていた菜月は、微笑む顔で野菜コーナーに向かう。


「なんだよ…。あの二人…」

「尚くんに彼女がいるのは初耳だよ…」

「……」


 ……


 なんとなく買い物を終わらせたけど、まさかあんなところでクラスメイトに会えるとは思わなかった…。


「尚くん…?」

「あ、あの…すみません。勝手に、花田さんのことを恋人のように話して…」

「うん? 気にしないから…いいよ。あの子たちにお隣さんってこと、バレたくなかったんでしょう? 面倒臭いことになるから」

「は、はい…。花田さんみたいな人が私の彼女なんて、やはり変です…」

「私は気にしないからね? 尚くんがこのまま私の彼氏になっても構わないよ…?」

「また…、そんな冗談をするんですか…」

「うん? 冗談に聞こえたの…?」

「……」


 一瞬…。こっちを見つめる花田さんの怖い雰囲気に、俺の体が縛られるような気がした。

 き、気のせいか…。ちょっと緊張してしまう。


「いいえ…。す、すみません」

「……だよ。怖がらないで…? 何もしないから…」

「は、はい…」

「今はね…」


 玄関から小さい声で話す菜月。


「はい? 何か言いました?」

「ううん…! なんでもない! 今日はカレーを作るから手伝ってくれない?」

「はーい!」

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