第7話 花田さんは積極的。

「あっ…、すみません」

「うん…? どうしたの?」

「ちょっと、甘えすぎて…」


 10分くらい…花田さんの体を抱きしめた俺は、少しずつその温もりに平穏を取り戻していた。本当に、不思議だ…。どうして、初めて出会った人とこんなことができるんだ…? 花田さんも、俺にこんなことまでやってくれる理由はなんだろう…。


 そして…、彼女の胸が触れている。


「私にはたくさん甘えても構わないよ…? 隣部屋だし、尚くんが呼んでくれるならいつでもくるから…」

「そ、それでもこの歳で…。花田さんに甘えるのは良くないと思います!」


 すると、俺の顎を持ち上げた花田さんがどんどん近づいてくる。

 何か悪いことでもしたのかと思ったら、「クンクン…」と体の匂いを嗅ぐ花田さんだった。もしかして俺から変な匂いでもするのか…? ちょっと恥ずかしいけど…。


「あ…、ちょっと嫌だ…」

「はい…?」


 何かに気づいた菜月が、尚と目を合わせる。


「ねえ…」


 近い…。


「ねえ…。今日尚くんの家に来た友達って…、もしかして女の子なの…?」

「は、はい…! 男の友達と女の友達、3人で遊んでましたけど…? 何か?」

「フン…、そう? 尚くん、その制服脱いで」

「は、はい…? いきなりですか?」

「うん。嫌なの? ちょっと変な匂いがするから…、脱いだ方がいいよ?」

「えっ…! そ、そうですか? す、すみません…。多分、今日体育授業があって…。今脱ぎます」

「うん!」


 うわぁ…、恥ずかしい。やっぱり変な匂いがしたのか…。

 花田さんの前で醜態を晒すなんて、もっとしっかりしないとな…。でも、俺の匂いだからか…? 脱いだ制服の匂いを嗅いでみたけど、花田さんを抱きしめた時の香りしかしない…。よく分からないな…。でも、臭いって言われたから…。


 洗面所で服を着替える尚、そして彼を待っていた菜月がベッドで独り言を言う。


「あのクソ女…、私の尚くんに自分の匂いを…」


 ……


 家着に着替えて洗面所から出てくると、俺を待っていたように飛びつく花田さん。

 いきなり抱きしめられて、頭が真っ白になってしまう。


「わぁ…! 尚くんの匂いがする…」

「えっ…! は、恥ずかしいからは、離れてください…。花田さん…」

「私はただ嬉しくて…、嫌だったの…?」


 すぐ落ち込む花田さんがすごく可愛くて、思わず「いいえ!」と言ってしまった。

 花田さんは、本当に二十歳なんですか…? こんなに綺麗な人が可愛いことまでするなんて…、ちょっと心臓に無理がかかるかもしれない…。


 服を着替えただけで、嬉しいって…。

 どんどん俺の中に入ってくる花田さんに気づいてしまう。

 

「やっぱり…、私に抱きしめられるとドキドキするんでしょう? 尚くん…」


 しかも、鋭い…。


「え…、よ、よく分かりません! え…」

「ドキドキする心臓の鼓動が伝わったからね…。嘘ついても無駄だよ!」

「……っ、そこまで…?」

「うん! ねえ…。やっぱり…、今日も尚くんの家で一緒にいたい…」

「……はい?」

「ダメかな…? 今日は勉強で疲れたし、友達も呼べないからね…。尚くんと一緒にいたいけど…」

「……私は構いません!」

「わぁ…! 本当に? 嬉しい!」


 そう言ってから、また俺を抱きしめる花田さんに顔を赤めていた。

 これはもしかして花田さんの癖みたいなことか…、学校でも女子同士でこんな風に抱きついたりするからな…。でも、それは女子同士だろ…。男にそんなことを何気なくできる女子がこの世にいるのかよ…! しかも、恋人でもない人に…。


「あ、あの! こうやって抱きしめるのは禁止です…!」

「えっ…? どうして? 尚くん、好きじゃなかったの?」

「恥ずかしいです…。わ、私も高校生ですから…、こんなエロい行為は良くないです!」


 その話ににやつく花田さんだった。


「え…、抱きしめられるのがエロい…? 尚くん…、童貞なの…?」

「……と、当然です! まだ高校生だから、そんなことは大人になってからやっても問題ないです!」

「フン…、本当に童貞かな…?」

「恥ずかしいから…、二度言わせないでください…!」

「ひひっ。ねえ…! 私、尚くんと二人でゲームしたい! 久しぶりにゲームしたいよ!」

「はい!」


 そのまま二人でゲームを始めた。

 でも、やっぱり頭のいい人はテト○スも上手いのか…? 全部負けるなんて…どれだけ上手いんだ花田さんは…。反撃する暇などない…、パパパッとやっちゃうんだ。


「あら———。また勝っちゃったよね!」

「敵わないんです…。上手すぎ…」

「あ———あ———。尚くん、下手でつまんない…」

「す、すみません…」

「冗談よ〜」


 持っていたコントローラーを床に下ろして、俺に抱きつく花田さん。

 どうして…、今日はこんなに甘えるんだろう…。いつもの花田さんらしくない。


「尚くん…」

「はい。花田さん…」

「疲れた…。眠い…」

「じゃあ…、家に帰りましょう…。すぐ隣だから」

「尚くん…」

「はい?」

「今日は一緒に寝ようかな…?」

「そんなことができるわけないでしょう…?」

「ケチ…」


 なんか、言うこともどんどん大胆になる…。


「花田さん…」

「うん?」

「他の人にもそんな風にやってるんですか…? 軽々しく抱きしめたり、一緒に寝ようとか言ったり…」

「……うん? 私は好きな人にしか言わないよ…? それなら問題ないと思うけど…?」

「えっ…? ……っ!」


 そう言ってから俺を床に倒す花田さん。

 先とは違って、少し怖い目で俺を見下していた。


「私ね。尚くんのこと…、好きだけど…問題ある? 尚くんは…、私のこと好きじゃないのかな…? うん? 答えてみて…」

「いいえ、言い方が悪かったんです…。すみません…。ただ…」


 まさかの展開…? 俺はただ花田さんのことが心配になって、しかも出会ってから一週間も経ってないからな…。最近の若者はこんなに早いのか…? 一応俺も若いけど、この早さはなんだろう…。普通なら一ヶ月から二ヶ月くらいかかるんじゃない?


「ただ…?」

「もうちょっと花田さんのことが知りたくて…。そして、嫌じゃないから…」

「嫌じゃないんだ…。嬉しい…! 尚くんは私のことよく知らないんでしょう? だから一緒にいる時間が増えれば増えるほど! どんどん親しくなるのよ! 違う?」

「そうだと思います…」

「じゃあ、私パジャマ持ってくるね! 今夜よろしく!」

「は、はい…!」


 何を「はい」って答えたんだ…! 俺は…。


「……」


 それからぼーっとして、自分の寝床を作った。


「一体…、なんだろう」


 こんなことをしてもいいのか…? 俺の家で花田さんと一緒に…、もしかして一線を越えたりするんじゃないのか…? 少し心配になる…。こんなこと初めてだけど、なぜか花田さんの言うことを断るのが難しい…。


 どうしてこうなったんだ…。


 ガチャ…。


「来たよ———」

「はい…」

「あれ? 床のこれは何?」

「自分の寝床なんですけど?」

「えっ? 隣に広いベッドあるじゃん? なんで床で寝るの? 気にしないから、一緒に寝ようよ…!」

「……そ、それはちょっと…!」

「ねえ…、尚くん…聞こえなかったの? 私は一緒に寝てもいいって言ったよ?」


 真顔で言う菜月。


「は、はい…! お、お邪魔します」

「プッ! 何それ…! お邪魔しますって、尚くんの家だよ?」


 まぁ…、俺が何もしないと…何も起こらないんだろう…?

 緊張しすぎ…。


「電気を消したら…こっちに来て! 尚くん!」

「は、はい…」


 その明るい顔にはすぐ惚れてしまう…。

 本当に綺麗な人だ…。


「私の抱き枕尚くん…。フフフフッ」

「……」


 やっぱりこの状況じゃ寝られない…。

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