最終話 聖女イライア、伯爵領へ里帰り

 年が明けると同時に、私とアンジェラが聖女として認定されたという発表がされた。

 列聖式はアンジェラが北部の大神殿、私が南部の大神殿で、アンジェラの三日後に私の番になる。法王様が儀式をするので、場所が違っては同時にできないのだ。

 おめでたいニュースが続いたから、国内の雰囲気は明るい。


 アンジェラは貴族としての礼儀作法などの修行中。学園でも学んでいるハズなんだけど、まだまだ苦手みたいで、たまに脱走している。この前は王城の五階の窓から逃走したとか。

 運動神経が良いので、ダンスは得意で講師からお墨付きをもらっていた。


 列聖式は全国的に祝日とされて、大々的に行われた。またもやお祭り騒ぎになったよ。

 終了してから、ピノとパロマとアベルも連れて、国内一周旅行に出発。ピノの部下も今まで通り、護衛として同行している。

 最初の行き先は、パストール伯爵領。現在は叔母様夫妻が治めている。

 父が領主をしている間に荒れてしまったので、少しでも手伝いができたらなと思う。


「久しぶりに伯爵領に来ましたね。この街道の整備を始めているそうですよ」

 パロマが指す先では、人々が道の端の草刈りをし、案内板を立てていた。道に穴ができている場所に、スコップで土を盛って平らにしている。

 コンクリートはない。石畳も、都市部や主要道路でしかまだ整備されていない。

 特に伯爵領は、ほとんどが土の道のままだった。せいぜい、砂利が敷いてある道がある程度。とはいえ、雨さえ降らなければわりと快適だよ。


「早くも人の行き来が増えた感じがしますね」

 パロマの横に座るアベルが、伯爵領を見渡す。

 私たちの後ろからも馬車が来るし、街道を歩く旅人が私が乗る神殿の馬車に、手を振ったりしている。周囲を馬に騎乗した神殿騎士が固めているので、神官が乗っていると勘違いしているかも。

「叔母様が新しい住民や領地に戻る人に、援助をすると言ってたわ。帰ってきた人もいるのかもね」

 荷車を押している家族連れは、きっと移り住む人だろう。

 領地の境は、目印の長方体の石が地面に打ち込んであるだけで、気づかないうちに越えていたりするよ。


 伯爵領に入って最初の町は宿場町みたいな感じで、大通り沿いにお店が並び、宿や、馬や馬車の預かり所が目に付くところにたくさんある。

 連絡をしておいたので、叔母様が町の入り口で待っていてくれた。馬車を止めて、挨拶に降りた。

「イライアちゃん、いいえもう聖女イライア様だったわね。よく来てくれたわ」

「叔母様、今までどおりにしてください。領地の為に私にできることがあったら、協力させてくださいね」

「ありがとう! じゃあこれ、サインをよろしくね」

 隣に立つ執事が、紙の束を持っている。紙には私の似顔絵が印刷されていた。

「ええと……これは」

「ちょうどいいところに来てくれたわ! 聖女イライア様の姿絵を売ろうと、作ったのよ。サインも入れば値段が上がる~!」

 返事すら聞かず、叔母様は上機嫌ではしゃいでいる。とても断れる雰囲気ではないわ。


 私の肖像画に、サインを入れるの……!??

「領地の発展に協力するって、言ってくれたわよね?」

 ひいいいぃ。まさかこんな頼まれごとをするなんて。

 この世界って著作権を保護する法律は制定されていないし、肖像権に至っては認識すらないのよね……。

 姿絵を勝手に売られても、抗議はできても差し止めはできないのだ。

 元の姿といちじるしく違って弊害があるとか、悪質性があって誤解を生むとか、問題になったら止められるかも知れない、くらい。

 道で受け取るわけにもいかないので、諦めて本日の宿に運んでもらった。


 おっと、ここで会話をしていると人が集まってしまう。私たちは再び馬車に乗り、神殿のある町まで移動した。せっかくなので、地方にある神殿にも積極的に足を運ぶ予定よ。

 町の入り口には“聖女イライア様ご生誕の地”と書かれた大きな看板が立っていた。多くの人や神殿関係者が、町を歩いている。商店街は活気にあふれていて、呼び込みの声が重なる。

「いらっしゃいいらっしゃい、焼きイモ味のイライア様まんじゅうだよ~」

「こちらはイライア様クッキー! もちろん焼きイモ味」

「イライア様の焼きイモプリンはいかが?」

 私の名前で商品展開されている! しかも全部焼きイモ味……!!!

 焼きイモ祭りを開催したからに違いない。私のイメージが焼きイモに……! イチゴとか桃とか、せめて可愛い感じが良かった。


「イライア様、何か味見をされますか」

「ピノ様……。どれも焼きイモ味ですねえ」

 むしろ私の名前が付いていないものを買えばプレーンなお味が楽しめるのだけれど、周囲はどれを選ぶのか興味津々に注目している。焼きイモ味以外は許されそうにない雰囲気だわ。

 決めかねて、歩きながらお店を眺めた。みんなが焼きイモ味を楽しんでいる。

「イライアちゃんのお陰で、売り上げがどんどん伸びているのよ。長持ちするイライアちゃんの焼きイモチップスはお土産にも人気で、新しくピノ・アクイナス様との婚約を祝う、“ナスの恋人”のお菓子も開発中なの!」

 北海道銘菓“白い恋人”をダサくしたパクリは、やめましょう。

 パストール伯爵領が、おかしな方向で発展している……。しかし叔母様はやり手と言わざるを得ないわ、数ヶ月でこんなに成果を上げているなんて。


「美味しいですねえ、殿下。イライアさんの焼きイモアイス」

 アイスまでぇ! ていうか、聞き覚えのある声だわ。

 アンジェラが道にあるベンチに座り、ジャンティーレ殿下と焼きイモ味のアイスを食べていた。周囲は護衛が囲んでいて、狭い路地にも一人ずつ立っている。

「アンジェラ、イモのスイートな甘さよりも君の優しい笑顔が、僕には何倍も甘いよ」

「一緒に食べるから、美味しいんですよ~。あ、イライアさーん! すごいですね、イライアさんタウンですね!」

 私に気づいたアンジェラが手を振る。ヒロインと王子は、女神様の最推しカップルだ。デートを覗き見して楽しんでいるんだろうな。


「アンジェラさん、来ていたんですね」

「そうなんですよー、イライアさんに会いたくて。殿下に頼んで軍の諜報員にイライアさんの予定を調べてもらって、待ち伏せしちゃいました。貴族ばかりだと息が詰まるんですよ~」

 偶然ではなく、計画的再会だった……!

 権力を持っちゃいけない人って、いるよね。

「わざわざありがとうございます。聖女様が二人揃って、王子様まで……! 記念碑を建てようかしら」

 叔母様が手を合わせて喜んでいる。何の記念碑なのかしら。これも客寄せの計画なのかな。


 ジャンティーレ殿下とアンジェラは、食べ終わったアイスのカップを侍従に渡して、立ち上がった。今日は二人ともいつもよりラフで、町に溶け込むような格好をしている。

 それでも殿下の所作は、さすがに優雅だわ。アンジェラは青い髪に水色のワンピースで、爽やかな見た目をしている。

「イライアさんのお勧めって、ありますか?」

「いえ、こんな風になっていることも知らなくて。まずは神殿へ行こうかと」

「イライア様、アンジェラ様! 聖女様がお揃いですわね」

 移動しようとしたところで、声をかけられた。


 黄緑色の髪に深いグリーンのドレス、ハキハキとした明るい声。攻略対象ソティリオの婚約者、フィオレンティーナ・スタラーバ伯爵令嬢まで登場したよ。

「こんにちは、お元気そうですね」

 私は挨拶をしてから、思わずアンジェラを振り返った。アンジェラが親指を立てる。

「タイミング、バッチリです」

 得意気にウィンクをする。

 すごいな、諜報員! 会えたのは嬉しいけれども!


「実はスタラーバ伯爵から、スタラバックスをパストール伯爵領にも出店したいと、ご要望を頂いたのよ。それで、神殿近くはどうかしらと提案させてもらったの」

 叔母様が説明してくれた。

 スタラバチェーンの立地条件を確認しに、フィオレンティーナが来ていたのね。フィオレンティーナはソティリオと結婚するまで、スタラバックスの経営に協力しているとか。

「これから発展する兆しのある、とても良い場所ですわ。ここでしか食べられない聖女メニューを提供する予定ですわ!」


「聖女メニューって、どんなのですか??」

 アンジェラが食いついた。絶対に殿下と食べに来そう。そしてそれがまた、宣伝効果になるのね。

 フィオレンティーナは他に聞こえないよう、声をひそめた。

「今考えているのは、聖女イライア焼きイモタルトと、聖女アンジェラのシュリケンクッキー、それから殿下の甘い言葉をイメージした、スイートパンケーキですわね。ピノ様のものも欲しいですわ!」

「私まで……! あ、ピノ様は騎士っぽい食事メニューがいいと思います」

 アンジェラも聖女なので、聖女メニューに加わるようだ。

 ちなみに彼女の家であるロヴェーレ商会では、聖女認定セールを行い大盛況だったとか。


 さらにピノまで巻き込む計画があるのね……、騎士っぽい食事メニューって何かしら。

 ピノを見上げると、苦笑いしていた。私も思わず笑う。笑うしかない。

「……アクイナスのナスパスタ、良いかも知れませんわね」

 フィオレンティーナが呟くと、叔母様がいいと思います、と大きく頷いた。

「一緒に開発して、この町に新たな名物を作りましょう!」

「ええ、一番を目指しますわよ!」

 盛り上がって手を握り合う、叔母様とフィオレンティーナ。商売で気が合いそうな二人だわ。


「神殿に寄ったら、次はスタラーバ伯爵領へみんなで行きませんか? スタラバックス本店の、限定メニューが気になります!」

「限定メニューがあるんですか? それは行きたいですね!」

 限定メニュー、私も気になる。

 アンジェラが行きたいと口にした直後から、殿下は侍従に指示を出している。もう行くのは決定だわね。

「お嬢様、スタラバックス本店には“チョコレートのふらぺちーの”なるドリンクがあるそうですよ。なんでもふらぺちーのは、とても冷たくて甘い、新食感の飲みものだとか!」

 この世界でもフラペチーノが飲める……!

 パロマが興奮気味に教えてくれた。いつの間にかチェックしていたのね。


 そういえばスタラバは、福袋というお得な商品を発売して、新年の営業開始一日目は行列ができたとか。福袋に入っていた専用マグカップが、スタラバファンのマストアイテムになっている。

 福袋、私が教えてたかも知れない。本人は買い忘れましたよ……。


「次の目的地はスタラーバ伯爵領に決まりですね」

「そうですね、ピノ様。またみんなで移動できるなんて、楽しみですね」

 パロマとアベルと四人で旅をするのも気兼ねなくて楽しいけど、久々の女子会もいいわね。

 さて神殿の様子を確認したら、聖女を求めてきた人に回復魔法を使わなきゃ。叔母様に相談して、治療院や療養施設でどうしても私の治療が必要そうな患者をピックアップしてもらっている。

 みんなも治療の見学に来るので、適当なことはできないわね。


観自在菩薩かんじざいぼさつ行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃはらみったじ照見五蘊皆空しょうけんごうんかいくう度一切苦厄どいっさいくやく…………」

 聖女になった今も、お経を唱えます! 国内一周、お経と神殿旅行だわ。


 パストール伯爵領ではおイモ作りが奨励され、補助金も出されるようになって、イモの一大産地として栄えたそうな。

 ちなみに私が通った道は、後に「お遍路」と呼ばれ、敬虔な信者が一生に一度は歩くべしとされるようになった。

 やめておいた方がいいよ、ご利益はないわよ。



  ★ 完 ★


ちょうど50話です。ここで終了です。

約18万文字でございます。

ネタ込めまくりのふざけたお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

最後にイライアとピノが手を繋いで歩いて……と思ってたんですが、女子旅になったんで、照れて繋がずに終わってしまいました(笑)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄されて、過去を思い出しました。僧侶になります! 神泉せい @niyaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ