第49話 青いバラ

 あれから一ヶ月ほど経った。

 家族が異端の罪で告発されたと読売にすっぱ抜かれ、その後も続報が踊り、神殿には心配してくれた人からの寄付がたくさん集まって、ウッハウハ。

 信仰心が高まったので、地上を覗く時の画質も音質も最高になったと、女神様もウッキウキ。


 爵位を剥奪されたパストール一家はロドリゴも道連れに、南部大神殿でロジェ司教による矯正教育がほどこされている。司教が忙しい時は異端審問官が指導するので、独特の張り詰めた雰囲気が満ちて、精神的な疲労が激しいらしい。

 ちなみに内容は、この世界の聖書の暗記や分析、聖歌を歌う、女神様の偉業を学び、讃えるなど。普通に神学。環境が尋常ではないだけ。

 一度だけ遠目に見たら、三人とも表情を失っていたわ……。

 ロドリゴだけは元気で、女神様は素晴らしいと目を輝かせて学んでいた。今までとは別人になったくらい、真面目に。父であるバンプロナ侯爵は敬虔な信者だったから、その影響があったのか、洗脳完了なのか、単純に感化されやすい性格なのか。

 ……微妙なところだわね。


 父たちの監視をおこたり大問題に発展した事態への神殿からの抗議を受けて、ロジェ司教の義弟であるロジェ侯爵が、代表して謝罪に訪ねてきた。

 義兄を怒らせなければ、ちゃんと手順を踏んで爵位を剥奪したのに、と楽しそうにしていた。伯爵領で法律の規定を越える税金を課していたり、援助すべき孤児院や地方の神殿に補助金を出していなかったり、不正があったのだ。

 パストール伯爵の名と領地は、叔母様が継いでいる。家も、罰金を払って残った家財も、叔母様のものになった。

 私はいつでも遊びに来てと誘われたよ。義母とモニカのドレスや宝飾品がドレスルームに収納しきれないほどあり、叔母様が呆れていた。


 私はというと、現在はメイドのパロマの実家である男爵家に泊まっていて、ダンジョンに行く前にやっていた治療を続けている。不在中にたまった依頼を、ようやくこなし終えたところ。

 中には「もう治っちゃった」という患者もいた。それでも私に会いたいからと、キャンセルせずにやってきたわ。なんかサインまで求められるので、目下練習中です。

 パロマとアベルは、男爵夫妻公認の恋人同士になったよ。

 アベルは私の専属護衛として真摯しんしに務めたことが評価され、私が列聖されて聖女になると同時に、神殿騎士に叙任されることが決定。平民であるアベルの両親は大出世だと感激し、男爵夫妻も大喜びしていた。

 現在アベルは週に二度は神殿に通い、騎士の作法や心得を学び、騎士団の訓練にも積極的に参加している。


 治療を終えて神殿の馬車に乗り、男爵家を目指す。同乗しているのはピノだけ。アベルは今日は神殿へ行く日で、パロマも差し入れを持ってそちらへ向かった。

 神殿からの護衛として、男爵邸にピノも滞在している。ちなみに私や護衛の騎士が滞在している間は、神殿から滞在費が支払われているので、男爵家はとても潤っている。

 料理のグレードが上がって、使用人も増えた。

「お疲れ様でした、イライア様」

「ピノ様、すっかり平和になりましたね」

「はい。それで、その……」

 ピノが両手を後ろにして、背中に何かを隠している。何だろう?

「どうされました?」

「これを受け取ってください」

 サッと前に出したのは、一輪の青いバラだった。

 これは、この世界の元になったゲーム、青バラのクレッシェンドの告白のバラでは……!?


 名場面の再現だ! 花壇の真ん中ではなく、馬車の中だけど。

 女神様。パクリ世界とかいい加減にしてよ、回復魔法の威力を強くするチートじゃなくて無詠唱にさせてくれ、毎回なんでお経なんじゃい、ていうか寿司作れとか夢の中での上映会とか儀式の最中にいたずらしたりとか、迷惑をかけることしかできないのか駄女神! なんて思ってごめんなさい。

 一輪の青いバラ、オシャレでいいなあ。きっと天から覗いて楽しまれているんだろうな。 


「青いバラを渡して告白すると、女神様の恩恵が受けられるという言い伝えがありまして……、あ、いえもちろんご存じだと思いますが」

「ありがとうございます」

 私は青いバラを受け取った。自分が体験できるとは。

 ピノが照れ隠しで横を向いてしまう。馬車は街中を進んでいて、窓の外の建物がスクロール画面のように通り過ぎる。

「それで、爵位ですが」

「騎士ですよね」

「伯爵位ならいつでも私に叙爵されるそうです。イライア様がお望みなら、受けようかと」

 ……伯爵位? これまたどうして。


「別に望んでいませんが、伯爵位がいつでももらえるですか?」

「実は私の祖母は前王の妹でして」

 ……おばあ様が、王様の妹? どうなってるの???

「ピノ様は王族だったんですか!??」 

「いいえ、違います。祖母は家族の反対を押しきって、平民出身の神殿騎士だった祖父と結婚されました。その時に父である当時の国王から、その男と結婚するなら王族の系譜から抹消し、支援は一切しないと申し渡されまして」

「それでも結婚されたんですね。意思の強い女性ですね」

 そうだ、ピノは隠しキャラじゃない……! ハイスペックで血筋がいいに決まってるわ。うっかりしてた……!


「ええ、一度決めたら絶対にくつがえさない方でした。祖母の態度に父王も諦めて、支援をすると申し出たそうです。しかし爵位も金品も、断固として受け取らなかったとか。ただ、元王族なので護衛と、使用人の派遣だけは受けました。当然ながら、当初は家事どころか自分の身支度すらできなかったでしょうからね」

 確かに。王族なんて服だって自分で着ないらしいものね。平民出身の騎士の妻じゃ、メイドを雇えるかすら微妙だわ。

 ピノの話では、現在の王様もピノのアクイナス家を支援する意思があるそうだ。家族の誰も受け取らないだけで。なので、伯爵位とおばあ様のものになるはずだった領地も、ピノに与えてくれるとか。

 うーん、爵位と領地かあ……。


「爵位はいらないですね。ところで、ピノ様のお家の話は有名なんですか? 全然知らなくて、申し訳ないです」

「いえいえ、社交界に出入りもしていませんでしたからね。力のない家門の噂など、祖母が亡くなって薄れていったんでしょう」

「なるほど、そういうものなんですねえ」

 時代を感じるわね。それにしても、親の世代の人たちは知っていそう。誰か教えてくれても良かったのにな~。

「この話はともかく、男爵家にはいつまでいらっしゃるご予定でしょうか? 新居を用意すべきか、考えておりまして……」


 新居。わあ、なんか本格的になってきたわ。ピノの実家はお兄さんが継ぐし、ピノは神殿の宿舎で暮らしているので、神殿の外で暮らすのならば家を用意しないといけない。

 神殿なら二つ返事で受け入れてくれるだろうけど、規則とか奉仕の義務もあるよね。もっと自由に生活したい。

「家を建てるにしても、どこにするのかは難しい問題ですよね。いい場所を知っているわけでもないし……そうだ、一緒に全国を回りませんか! 国内一周旅行です」

「全国を……それも楽しそうですね」


 せっかくだから、この世界をもっと見て回りたい。ただし、来年の列聖式が終わったらになるんだろうな。フィオレンティーナの家の、スタラーバ伯爵領に行きたい。

 考えたら楽しくなってきた!

「パロマとアベルも行くかしら」

「アベルはイライア様の護衛騎士ですからね、同行するでしょう」

「そうですね、でも自分の都合を優先するように先に言わないと」

 長旅になりそうだから、無理に付き合わせたら悪いわね。こっちで気を付けなきゃ。


 馬車が男爵家に着いても、どこへ一番に行くか、観光したいところはないかなど、話は尽きない。旅行って、準備段階から楽しいよね。この世界にるるぶがないのが残念だわ。

 そうだ。今度、読売の記者が来たら、旅ならどこがいいかとか、お勧めの食べものとか、景色のキレイな名所についてとか、逆インタビューしちゃおうかな。


 女神様が夢に乱入してくるかと身構えていたのに、その晩は現れなかった。

 数日してから出てきて、ジャンティーレ殿下とアンジェラの話を早口で語る。私が青バラをもらったシーンは見逃していて、ずるい、またやってと大騒ぎだったわ。

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