第48話 焼きイモ祭り、その後

『前代未聞! 福者イライア様のご家族、パストール伯爵一家が異端の罪で捕らえられる。イライア様が自宅を出て姓を捨てたのは、虐待があったからか……!? 神殿から王室へ、一家を野放しにしたことへの猛抗議!』


 二日後の読売の見出しは、焼きイモ祭りでの事件になった。

 ついに単独一面トップだわ。まあ新聞と違って、一枚の紙なんだけど。ちなみに二日後になったわけは、次の日には間に合わなかったから。次の日は、焼きイモ祭りの平和な記事の読売が発売されていた。


 ★★★★★★★★★★★★★★★


 焼きイモ祭り終了後、帰り道で家族に鉢合わせしてしまった。揉めているところに、パロマとアベルが呼びに行ってくれたロジェ司教や騎士や兵士が集まり、大事になったのだ。

 しかも度重たびかさなる家族の失言と、最終的なモニカの暴言で、ロジェ司教が大激怒。

 家族三人と元婚約者のロドリゴが、ロジェ司教に異端として告発され、その場で神殿騎士に捕らえられた。この展開は想像していなかった!

 前世だと異端審問って死者も出る拷問で、最終的に生きられる人は一割にも満たないくらいなんだけど、ここではどうなんだろう。家財の没収とかもあるのかな。


「離してよ! 異端って何!!?」

 モニカはまだ状況が飲み込めておらず、騒いでいる。神殿に祈りにも行かない人には、特に馴染みがないのかも。

 一般国民では、収入が下がるにつれて神殿へ足を運ぶ人は減っていく。日々の暮らしに精一杯なのだ。もちろんその中でも敬虔な信徒もいるよ。

「司教、ご慈悲を! 姉妹の喧嘩がいきすぎただけです」

「そうです、この娘モニカも悪気はないんです」

 父と義母が神殿騎士に両腕を捕まれて連行されながら、必死に訴える。

 司教は微動だにしなかった。


「ピノ様……、これってどうなるんですか……」

 連れ去られる家族を、呆然と見送るしかない。ピノと部下の騎士は、私の回りを警戒してくれていた。

「これから神殿で異端審問を受けます。ロジェ司教が告発されたので、取り調べも司教がされるでしょう。……かなり厳しいものになり、爵位の剥奪は確実です」

 うわああ、怖い怖い。

 異端審問という拷問を受け、その後に宗教裁判が開かれて刑が言い渡される、という流れらしい。現時点で貴族なので、裁判は必ず開廷される。その際には王族が臨席するようだ。

 ちなみに審問で罪を認めれば、死罪は確実。平民だと裁判なしの死刑の可能性もある。


「もう家族に情はないと思っていましたが、さすがにちょっと……」

 後味が悪いというか。

「騒ぎになったので人が集まってきます、とにかく神殿へ参りましょう。イライア様のご意見も求められるはずです、いきなり死罪にはなりませんよ」

「ですよね……、考えをまとめておきます」

 ピノに促されて、初夏の花壇のコーナーの奥へ進む。こちらにも出入り口があり、いつの間にか神殿の馬車が待機していた。来た場所へ戻るよりも早いし人も少ないから、手回ししてくれたのね。

 馬車にはピノと、パロマとアベルも乗った。人が集まっちゃう前に、さっさと出発。


「伯爵様たち……どうなるんでしょうね」

 アベルが呟く。パロマも複雑な表情を浮かべた。

「屋敷に残っている使用人も心配ですね。お祭りに行った主人一行が、そのまま帰らないなんて……」

 伯爵家の護衛とお付きのメイドも、一緒に神殿へ行って事情聴取を受ける。彼らは事情聴取だけ。とはいえ、すぐには帰れないだろう。とんだとばっちりだ。

「本当ですね。給料がちゃんと出るのか、みんな不安でしょう」

 あ、そっちの心配ね。父親たちの安全ではなく、自分の給料ね。そうよねえ、大事だわ。義母のワガママやモニカの自分勝手に付き合わされたんだもんねぇ。

 二人の会話をなんとなく聞きながら、窓の外を眺めた。

 多くの人が楽しそうに歩いている。焼きイモ祭りは、まだ続いているのだ。


 神殿にはもう情報が回っていたようで、やたら立派なお出迎えがあった。

 神殿騎士に、神官や修道士も整列している。お祭りの手伝いで出払っている人も多いことを考えたら、残った人がほとんど出迎えに来てくれたんじゃないだろうか。

 馬車から降りると、大丈夫でしたか、お怪我はありませんかと口々に心配された。

 両側に人が並んできた花道の奥に、初老の男性が立っている。

 北部の司教だわ。焼きイモ祭りの総責任者として働いていたので、忙しいはずなのに。


「イライア様、ご無事で何よりです。司教のロジェより、イヅナキツネで連絡を受けて、お待ちしておりました。ロジェは王宮に報告と、今回の事態への抗議をしに登城とじょうしております」

「抗議ですか? 王宮と関係ないのでは……」

 単なる身内の不始末なのに。司教は軽く首を横に振った。

「事情を把握していながら、しっかりと監視していなかった国に責任がございます。ご不快な思いをされたでしょう。二度とこのようなことは起こりませんので、ご安心ください」

 確信を持った“二度と”が、意味深長。

 さすがに家族が拷問を受けるのは放っておけないなぁ……。


「司教様、聖女様のお身内が異端として処罰されるのは、あまり外聞が良くないのでは……」

 私の葛藤を見抜いて、ピノが代わりに差しさわりのない言い回しで伝えてくれる。

「う……む、確かにそれも一理ある。しかし女神様を冒涜し、しかもロジェの耳に入ってしまったら、いくら聖女様のお身内でも取り返しはつかん」

 渋い表情でうなる司教。こちらの司教としても、罰したいのかな。

 でもこういうのは本人の問題でもあるし……、本人。そうか、女神様に聞いてみよう!


「できれば女神様のお心をお聞かせ願いたく……、神託の間に入らせて頂けませんか」

「もちろんです。焼きイモ祭りの最後を汚してしまいました。お怒りを鎮めるために、捧げものをしないとなりません。神託の聖女様のお言葉なら、耳を傾けてくださるでしょう」

 ゴーイングマイウェイな女神様、美味しい食べもので機嫌が良くなるよね。

 泊まっていた部屋に戻って、神託の間の準備ができるまでここで待つ。

 司教とは部屋の前で別れ、パロマとアベルと三人になった。ピノは部下の騎士と、今回の警備の反省会をするそうだ。


 しばらくお茶を飲んで待っていた。

 修道女が迎えに来たのは、空が暗くなってからだった。捧げるお菓子を作ったりしてたのかな。先に食事をしますか、と尋ねられたけど、買い食いしすぎてほとんどお腹が減らなかったわ。

 神託の間へ移動すると、北部の司教が先にいて待っていた。

「イライア様、こちらを女神様にお渡しください。先日届いて、検分が終わりました」

「ええと……嘆願書か何かですか?」

 B五サイズの紙の束を手に、修道士が斜め後ろに控えている。厚みはジャ〇プか辞典か、というほどある。紙一枚が元の世界より厚いとはいえ、かなりの枚数だわ。

「これは殿下から託されました、女神様への感謝状だそうで……」

 あ。以前感謝を手紙で伝える、と言ってたアレ! 本当にこんなに書いたの……!

 良く見たら持っている修道士が、ゲッソリしていた。全部読まされたのかな……。殿下の口調に耐性がないと、精神に負担が大きいよ。

 推しからのファンレター、喜ぶかさすがに引くか微妙だなあ。


 とにかく預かって、神託の間で一人になった。

 神託の間は南部の神殿の三倍くらい広く、カラフルな花を挿したお高そうな花瓶が、いくつも並ぶ。

 正面の真っ白い女神像の左右には、ギリシャの神殿のような太い柱が立っている。柱の上は棚のように出っ張っていて、ライオンと鷹の彫刻が飾られていた。女神像の前のテーブルには、丁寧に飾られたスイーツ。

 テーブルは他にも幾つかあり、フルーツやせんべいもところ狭しと置いてある。なんでせんべい?


 さあ、気持ちを静めて祈りを……。

 座って手を組むより早く、淡い光が室内を覆った。早い、もう来たの!?

『女神様、激おこぷんぷんまる!』

 うわー、異世界でそんな単語を聞かされる身にもなって欲しいわ。怒ってるんだか冗談なんだか、イマイチよく分からない。

「ええと、モニカの発言でしょうか……」

『聖女はイライアとアンジェラちゃん! あんな子知らない!』

 単純にゲームの登場人物以外は、あんまり覚えていないのでは。拗ねたような表情をしている。光で目元は見えないけど、多分。

「とはいえ、異端審問はやりすぎかなと……」

『アレ凄まじいよね……、この神殿の敷地でやるから、声とか届いて怖い……』

 女神様の声が小さくなり、先ほどまでの勢いが一気にしぼんだ。


「女神様が止めてくだされば、やらないでしょう」

『もうどぎついお説教が始まってるよ。あの人たち口答えもできなくなって、静か~になった』

「モニカが黙るんですか……」

 短時間でそんな効果が……。数日あれば人格が変わっていそう。この上ロジェ司教が帰ってきたら、交代するんだろうし。

 私と女神様が、思わず震えた。女神様、ホラーやスプラッタは苦手らしい。

『ところで、今日は花や食べものがいつもよりいっぱいあるね』

「焼きイモ祭りで問題が起きたので、女神様が怒られたと司教様が心配していました。それで捧げものをたくさん用意されたんです。モニカの発言も酷かったですし」

 せめてモニカを止めてくれてたらなあ。よく神殿関係者の前で、女神様が間違ってる、なんて言ったわ。


『またペレ呼んで食べよーっと』

 やっぱり機嫌が良くなった。テーブルの上の食べものがふよふよと浮き、白い光に包まれてスッと消える。

「こちらは殿下から、女神様へのお手紙です」

『ジャンティーレ殿下から!!? めっちゃ嬉しい! うわあ、何が書いてあるんだろう』

 紙の束も重そうに揺れながら浮かび上がり、消えてしまう。そして女神様の手の中に現れた。

『重っ、嬉しい重さ!!! 今日はこれ読むから、もう戻るね~、バーイ』

 嬉々とした声で、手紙の束を両手で抱いて早くも帰ろうとする。いや、長引くより助かるんだけれども!


「女神様、では異端審問はなしでいいですね!??」

『いいよ。そうだなあ、あの人たちはロジェ君に任せるよ』

 それだけ残して、女神様と部屋を満たしていた光が完全に去った。

 本当に嵐のようだったわ。

 まあいっか、異端審問がなくなって、ロジェ司教に再教育してもらうということで……。ロジェ司教?

 あれ、異端審問官をロジェ司教がやるんだったよね。

 ……実質あまり変わってないのでは……???

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