第47話 断罪イベント勃発?

 父と義母、義妹モニカと元婚約者のロドリゴ。

 お祭りの帰りに人気ひとけのない庭園へ寄り道したら、まさかの家族と鉢合わせをしてしまった。私を連れ戻しにお祭りに紛れ込むかもとは考えていたけど、なんでこんな寂しい場所を歩いているの。


 私の周囲はピノ率いる神殿騎士が数人で守ってくれていて、あちらには護衛が三人と侍女が一人。無理やり連れ戻すなんて不可能よね。ただし伯爵だから、強硬手段にでてきても怪我を負わせると、あとで厄介な問題になるかも……。

「とにかく家へ帰るぞ!」

 父親は私を連れ帰ろうとするが、神殿騎士が守っているので迂闊うかつに手出しはできない。

「帰りません。家に帰っても私の食事は用意してもらえないし、アクセサリーや服だってモニカに取られてしまいますしね」

「アンタに似合わない宝石だから、私がもらってあげたんじゃない!」

 ふてぶてしい態度に、騎士も呆れている。そんな理屈が通るのは、我が家くらいですよ……。微妙な空気になっているところに、ロドリゴがゴホンと咳払いをして、モニカの前へ進んだ。


「……まあ、俺に振られて家にいられない気持ちも分かる。仕方ないな、なんなら愛人くらいにはしてやるから、安心しろ」

「ロドリンってば優しいんだから! でもダメよ、浮気は!」

 優しい……? あのカップル、どっちも頭がわいてるからピッタリなのね。愛人とか意味不明。モニカは甘えるように、ロドリゴの腕にしがみつく。

 そもそも、どうしてロドリゴは私に好かれていると勘違いしたのか。

 デートに誘ったりプレゼントをくれたり、優しくしたりなど、好感度を上げる行為はなかったはずですが。

「イ、イライア様。あの男性が元婚約者ですか? もしかして、まだ未練がおありで……!?」

 ピノが驚愕の表情で尋ねてくる。本気にしないで欲しいわ。

「ありえません。未練どころか、最初から好意がありません」


「なんだとっ!? あんなに俺に尽くしただろ! もっと会いたいと言っていたではないか!」

 尽くしたというのは、課題をやらされたことかな。会いたいと言ったのは、婚約者なのに話もできないからよ……。

「家同士の約束とはいえ一応婚約者だったので、それなりに付き合いをしようと考えていただけです。結婚が回避できないと諦めていたので。義務感でしかありません」

「諦め……っ!??」

 ロドリゴの口元が引きつっている。

 え、なに、本気で私が結婚を望んでいると思ってたの? バカすぎて怖い。

 ピノはホッとしていて、騎士からは失笑がこぼれていた。


「諦めているなら、いいじゃない。次の婚約者候補もいるのよ」

 義母は衝撃を受けるロドリゴをそのままに、話を続けようとしている。

 どこまでいっても平行線だし、無視して帰っていいかな。強硬手段に出ても、騎士が止めてくれるんだし。折を見て移動しようと考えていると、遠くから何か聞こえてきた。

 木々の間に響くのは、馬のひづめの音だ。パロマ達が誰か呼んでくれたのね。


 翼を生やした白馬が、林を抜けて走ってくる。ペガサスだ、本物だあ!

 その後ろに何騎も従えて。

「……そこまでです!!!」

 ペガサスに乗っているのは、ロジェ司教だった。妙に似合うわね、そのまま天に召されそう。

「神殿の……神官様が、どうして」

 林を抜けたところで、茶色い髪を揺らして、ロジェ司教がペガサスから降りた。父親は不思議そうな顔をしている。

「私は南部の司教、カルヴィン・ロジェと申します。イライア様の御身は神殿が責任を持ってお預かり致します、お引き取りを」

 司教はいったん立ち止まり、軽く礼をした。後ろには神殿騎士が控えていて、さらにこっちだと呼び掛けながら応援もくるよ。あれは国の兵士ね。

「私はこの娘の父親、パストール伯爵だぞ! 娘を連れて帰る権利がある!!!」

「ありません」

 激高する父にロジェ司教はきっぱりと否定し、ツカツカと花壇を越えて私たちの間に入った。

 

 神殿の騎士の他、国の兵士達もこちらに集まりつつある。通り抜けの通行人も、立ち止まって様子を眺めていた。人が増えてきたわね。

「司教様ってば、誤解をなさっていません? 私たちは別に、イライアさんに危害を加えるわけではないんですよぅ。新しい婚約者を決めないと~ですし、イライアさんの為にも、家に帰るのがいいんです。ね?」

 義母が猫なで声でロジェ司教に訴える。アレが彼女の精一杯の、甘え口調敬語です。

「それならばご夫人が誤解なさっておいでですね。新しい婚約者ならば、イライア様が望む方とこちらで段取りを整えます。全く問題ありません」

 テメーの出る幕じゃねえよ、と司教が柔らかく伝えております。ロジェ司教に任せておけば、全て論破してくれそうだわ……!


「しかし、学園を卒業してもいないんだろう!? 家に帰って、俺と補習に参加すべきじゃないか?」

 私を家に連れて帰るように、ロドリゴも言い含められているのかしら。残念な誘いをしてくるわね。いや、もしかして補習も私に手伝わせるつもり……?

「まあ、ロドリゴ様は学園の卒業資格を頂けておりませんの? 私はもう、卒業証書を受け取っていますわよ~!!?」

 軽く口を手で押さえて、大げさに言ってやったわ。私の卒業のために奔走してくれて、ありがとうサムソン!

 ロドリゴが顔を真っ赤にしている。どうしてここで、自ら留年だと明かしてしまったのかしらね……。


「うるさい! とにかく帰るんだ!!!」

 カッとなって私に向けて伸ばされたロドリゴの腕を、ピノが掴んだ。

「イライア様へ乱暴を働けば、即座に連行します。牢屋でも神殿の懲罰房ちょうばつぼうでも、好きな方を選ばせてあげましょう」

「うっ……!」

 ロドリゴは慌てて手を引っ込めて、数歩ほど後ろへ逃げた。

 神殿、懲罰房なんてあったんだ……!

「大丈夫、ロドリン?」

「ああ、ありがとうモニカ……」

 モニカがロドリゴの腕をさする。そして何故か、こちらをキッと睨んだ。


「みなさん、イライアに騙されています! ダンジョンなんて行かれるはず、ありません! 目立つために嘘をついたんだと思います!!!」

 唐突にモニカが叫びだした。ダンジョンに同行した人もいる中で、誤魔化しようもないのに。気づいていないみたい。

「イライア様がダンジョンを攻略されたのは確かです」

 ピノが証言する。他の人たちも頷いていた。

「でもでも、ダンジョンに入ったとして、神殿の偉い人みたいに祭り上げられるのは、おかしいです。私のパパとママは愛し合っていたのに、イライア達のせいで日陰の身みたいになって、辛い目に遭ったわ! 苦労した私の方が、ふさわしいです!!!」


「苦労の度合いで福者を選ぶのでしたら、まずは孤児から選定しなければなりませんね」

 ロジェ司教が笑顔のままで言い放つ。

 二人は父のお金で楽をしたし、そもそも不倫関係なんだから、日陰の身は仕方がない。最初からフリーの男性を狙って欲しいわ。

 モニカは自分の言い分が全く取り合われないので、悔しそうに顔を歪めた。

「……しかし、神殿といえど家族を引き離したりはできないだろう。これからモニカとパーティーに参加して、姉妹で仲良くしよう」

 父が司教や騎士を刺激しないよう、言葉を選んでいる。警備兵も数多くいて、道の両側を止めて関係の無い人を誘導していた。

 仲良し家族アピールをしたいのかな。列福式の後の会食会で囲まれたし、今や私は人気だから、それにあやかりたいのね。


「伯爵、イライア様は来年には、正式に聖女の認定を受ける身です。しかも女神様よりのご神託が降りたのです。世俗との関わりを断つことなど自由ですし、伯爵家から苦情を受ける筋合いもございません」

 ロジェ司教の表情や口調が優しいのが、もはや怖い。さっさと諦めて帰れとと思ってそう。

 聖女という言葉を聞いて、キイイとモニカが奇声を上げた。


「聖女!?? イライアが聖女ですって? そんなわけないわ!!! 女神様のご神託? 女神様が言ったってこと? なんでイライアなの!? 相応しくないわよ! 特別なトコなんて全然ない、地味な女じゃない!」

 周囲に訴えるように騒ぎ続けるけど、ここにいるのは神殿関係者ばかり。しかも信仰心が異常に篤い、ロジェ司教もいる。早く誰か、止めて!

 司教は低い声で、呟いていた。

「女神様のお言葉を……軽んじるとは……。先程からも信仰の欠片も感じられぬ態度で……」

「女神様が間違ってるわ!!!」

 空気の読めないモニカが叫ぶと、司教はそれを上回るほど声を張り上げた。


「間違い……ですと? なんという不敬……! 女神様のお言葉を疑うなど言語道断! 南部の司教カルヴィン・ロジェが、パストール伯爵夫妻並びに娘モニカ、バンプロナ侯爵の子息ロドリゴ・バンプロナを、異端の罪で告発する!!! 早急に捕らえよ!!!」

 司教がキレた~!!! 鬼を通り越して悪魔……、魔王の顔をしているわ! 聖職者がしちゃいけない表情!!!

 神殿騎士が速やかに四人を捕縛し、兵は展開に困惑しつつ、逃げられないよう周囲を囲んだ。

 これが本当の断罪イベント……!

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