第38話 謁見、終了

 陛下にどんな褒美がいいか尋ねられ、以前夢の中で女神様が言っていた焼きイモが、つい口を突いて出てしまった。

 静かだった室内が、ざわざわとする。

「……宰相、焼きイモはどこで買えるのかね」

「さ、さあ……厨房に頼めば良いかと……」

 王様は目をしばしばさせて、近くに立つ宰相に尋ねた。お偉い方にはむしろ難しかったようだわ。


「イライアさんっ、焼きイモなら一緒に作りましょう! 多分それ、王様にするお願いじゃないですよ!」

 さっきまで緊張で挙動不審だったアンジェラが、私の袖のレースをツンツンと引っ張る。私の失言で、むしろ正気に返ったみたいだわ。部屋にいる他の人たちも、うんうんと頷いている。

 大丈夫、私も言葉を間違えたと理解しています……。

「これは、その、私じゃなくて。火山の女神様がお肉を望んでいると教えてくださった時に、創世の女神様が焼くなら焼きイモが良いとおっしゃって……」

「女神様がっ!??」

 王様が思わず身を乗り出す。謁見室内は新たな神託が下った、と色めき立った。


「……つまり、女神様に焼きイモを捧げる……と……?」

 宰相が疑わしげな眼差しを私に向ける。ですよね、神様にイモを捧げよって、どんなお告げなのだ。

「そういうことになりますね……」

「……整った」

 焦りすぎてまばたきが多くなる私の横で、殿下が真面目な表情をして、謎かけでも解いたような呟きをする。

「ジャンティーレ、どういう意味だ?」

「父上! 僕が思うに、女神様は盛大な焼きイモ祭りを開催して、国中でダンジョン攻略を祝い、飢える人のいないようにされたいのです! もちろんイモとは比喩で、みなが温かいものを食べて、お腹と心を満たせるように、との深い慈愛からくる神託に違いありません!」

 おおお、なんかソレっぽくなった!

 殿下の装飾たっぷりな発言に助けられる日が来るなんて……!


「なるほど……。列福式の後に、続けて焼き芋イモ祭りを開催しますか」

「そうだな、宰相。神殿にも伝え、協力してすぐに準備に取りかかるのだ。宮殿の食料庫のイモを放出しよう!」

「素晴らしいご英断です! 女神様も喜ばれるでしょう!」

 王様の決断に、宰相も殿下も大賛成。王妃様まで賛同している。

 女神様の祭事として、神殿を巻き込んだ大焼きイモ大会の開催が決まった。神殿は炊き出しもおこなうので、会場はあるし準備は手慣れたものなのだ。


「よし! 王命において“聖イライア焼きイモ祭り”の開催を宣言するっ!!!」


 王様が玉座から立ち上がり、片手を上げて高らかにうたう。

 ぎゃああああぁ! まずは名前の見直しを!!!

「陛下、ここは私よりも陛下や法王猊下の御名を頂くべきかと……」

「おおお!」

 盛大な拍手と歓声で、私の懇願こんがんは空しく掻き消された。

 王命はすぐに国中に布告され、この恥ずかしい名前で決定されてしまった。


 はあ……。ため息しか出ない。

 まさか国をあげての焼きイモ祭りが、私の名前付きで開催されるなんて。盛り上がる中で、私たちは謁見室を後にした。

 後ろの控えていた一緒にダンジョンに入った他の人たちは、殿下からねぎらいの言葉をもらって、先に退出していた。騎士はそのまま仕事に戻る。ピノたち神殿騎士は、神殿関係者と相談があるらしい。

「……イライアさんのお願い、焼きイモ祭りになっちゃいましたね」

「アンジェラさんは殿下と同じお願いになっちゃって、なんだかお互い損な気がしますね……」

「ひゃああああぁ、思い出したら恥ずかしい!!!」

 アンジェラが顔を赤くして頭を抱え、殿下はどこか嬉しそうに眺めていた。

「ええ、本当にお恥ずかしくございますねぇ……」

「ぴぎゃあぁ、先生!!!」

 いつの間にかマナー講師の先生が、アンジェラのすぐ真後ろにいた。

「陛下にお声を掛けて頂くまで喋らない! 陛下とお呼びする! 何故、この程度のことが守れないのですかねぇ!!???」


 先生がマナーを忘れるほどの大激怒!

 廊下ですよ、大声で騒いじゃいけませんよ。もちろん、そんな注意ができる雰囲気ではない。所々に兵が立っているが、全員わざとらしいほど前だけを見ていた。

「興奮と感動のあまり、思わず叫んじゃったんです~! もう終わったんですし、忘れましょう!」

「いいえ。忘れないよう叩き込みます。たあぁっぷりと反省会をしましょうねえ」

「いやああ、忘れさせてええぇ!」

 アンジェラが連れて行かれ、殿下は父親である王様の元へ行き、ソティリオは婚約者のフィオレンティーナが迎えに来た。


 残ったのは私と、先に謁見室を出て、私を待っていてくれたアベル。メイドのパロマは部屋で待機しているよ。

「……俺はただ、いただけですけど、めっちゃ緊張しましたね」

「本当ね。うっかりイモなんて言ってしまったわ……」

「女神様のご希望じゃないですか、これはお伝えしないと。あ、イライア様のご希望を告げる余裕がなかったですね」

「思いつかなかったし、どうでもいいのよ」

 私が答えると、欲がないですねとアベルが笑った。

「家とか土地でも、もらえたんじゃないですか?」

 あっ。そうだった、家か!

 家があったら、これからどこに住めばいいのか、悩まないで済んだのに! 失敗したわ。


「ゴホン……、ええと、あの、イライア様」

 立ち話をしていたら名前を呼ばれたので、振り返った。もう移動したはずの、ピノの姿があった。

 ピノが戻ってきて、仲間になりたそうにこちらを見ている。

 違った、なんだかソワソワと声を掛けてきた。

「はい、ピノ様」

「その、ええアレです。ドレス、よくお似合いです。ネックレスを大切だと言ってくださって、……感動しました」

「ありがとうございます。キレイなドレスとネックレスですし、大切にしますね」

 褒められた。選んだのはフィオレンティーナとアンジェラなんだよね。

 フィオレンティーナは無茶を言うけど、センスがある。ただし値段を考えずに購入してしまう。


「他のドレスをお召しになるのも、楽しみにしています。……ではっ!」

 全部言い終えたとばかりに、逃げるようにピノは風になった。

「なんかこう……甘酸っぱいものを感じますね」

 アベルが照れくさそうに頬を掻いた。一緒にいたら、ちょっと気まずいわね。

「ピノ様は照れ屋だったのねえ」

 寝泊まりしている賓客用の宮殿に移ろうと入り口付近まで来ると、外が騒がしいことに気付いた。入り口付近には兵だけじゃなく記者もいて、先に出たソティリオとフィオレンティーナがインタビューを受けている。アンジェラはいない。どこかでお叱りを受けているのだ。

 私は記者に見つからないように、こっそりと向かった。途中で気付かれたけど、兵士が無理な取材はご遠慮ください、と止めてくれた。


 謁見が無事に……でもないけど終わり、次は列福式ね。

 次の日の午前中に殿下が記者会見を開き、午後には早くも移動になった。宮殿から北部大神殿までは遠くないので、馬車で三時間あればゆっくりでも着く。

 移動する道には、これまで以上に人があふれていた。どこもかしこも、箱根マラソンのゴール付近のような人と熱狂だ。もしくはオリンピック選手の凱旋パレードとか。テレビのニュースで見た映像の中に入った気分。

「すっごいですねえ……、熱狂しすぎて事件になりそう」

 アンジェラが窓から顔を覗かせながら、小さく呟いた。外からの歓声で声が飲まれてしまいそう。

「この群衆を抑える警備の方も、大変ですよねぇ……」

「怪我人が出ないと良いんだが」

 ソティリオが小さい子供に手を振り返した。他の人まで、わああっと興奮が高まる。

 殿下は自分が姿を見せると感激のあまり民が暴徒化するかも知れない、と言って、姿を見せないように静かに座ったまま。

 昔、とある代の国王陛下の時代に、戴冠式とその後のお目見えに集まった民衆の間でケンカが起き、大乱闘に発展した事件があったらしいので、自意識過剰でもないだろう。

 そのくらい王室は人気なのだ。


「何なのよ! 本当にあのイライアまで王室の馬車の中にいて、こんなパレードをやってもらってるの? 私は侯爵邸にも入れてもらえず、メイドも生意気で苦労してるのにっ!!!」

 ……え、今の声って義妹のモニカ……???

 群衆の中にモニカもいるの? 思わず窓から外を覗いたら、歓声が大きくなって誰の言葉も聞き取れないほどになった。

「どうしました、イライアさん。お知り合いでも?」

「……そんな気がしたんですけど、この様子じゃ分からないですねえ……」

 王都だし、いてもおかしくはないんだけど。聞きたくないものほど耳に入ってくるのねえ。


 神殿では、家族は絶対に通さないように伝えておかなきゃ。宮殿と違って、入るのに審査や検問があるわけでもないし、少し警戒してもらおう。

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