第37話 王様に謁見です

「イライア様でいらっしゃいますね」

 部屋のすぐ手前で、男性に呼び止められた。振り向けば、茶色い髪の男性が人なつっこい笑顔でたたずんでいる。

 ロジェ司教の義弟、ロジェ侯爵だ。王宮警備隊の隊長だから、ここにいても当然だったわ。女神様に会議風景を見せられて顔は知っているけど、直接お会いするのは初めて。知らないフリをしないといけない。


「はい、イライアです。どちら様でしょうか」

「王宮警備隊の任にいております、ロジェと申します」

「ではロジェ司教の義弟様ですね!」

 パンッと両手を合わせて、驚きを表現した。むしろわざとらしかったかも知れない。

「ご不便などがございましたら、気軽に相談してくださいね」

「ありがとうございます、快適に過ごさせて頂いております」

 さすが兄弟、優しそうな笑顔が似ている。会議の内容を聞いていなければ、真面目で優しい人と印象付いただろう。

 スタラーバ伯爵から“君が動くということは、よほど得になるとの計算があるのですな”と、言われていたり、ロジェ侯爵本人も危険な発言をしていたから、かなり裏がある人物なのは間違いないわ。


「お出かけで護衛が必要な際は、いつでもお申し付けください」

「特に予定はありません。記者が張り込んでいるそうですし」

「久々の大きいニュースですからね。国民の関心も、もっぱらモヘンジョ・ダロウのダンジョンを攻略したことですよ」

 ですよねえ。この世界だと火山の噴火は女神様から事前に伝えられるから、予知の精度は百パーセントだもの。防げたらお祭り騒ぎになるのも仕方ない。

 ……そうだ、ロジェ侯爵はうちの内情も探っていたはずだわ。

 探りを入れてみよう! この腹黒侯爵から、逆に情報を取るのだ!


「実家のパストール伯爵家にも、伝わっていますよね。家族がどんな反応をするか、ちょっと怖い気もします」

「読売で知ったようですよ。イライア様に直接会って、話をすると意気込んでいたとか」

「あ〜……、やっぱりそのうち乗り込んできそうですか……」

 私に文句を言っても、何も変わらないんだけどね。どこの誰が会話の内容までもらしたのか、とは聞かない。


「宮殿に害虫は入れませんし、列福式までは神殿騎士と共に我々も護衛します。お一人にならないようにしてくださいね」

「はい」

 害虫。相手は一応伯爵家なのに、結構な言いようだわ。侯爵はずっと同じ笑顔をしている。本当に、何を考えているか読めない人だ。

「その後は北部大神殿でしたら義兄がお守りくださいますし、ご希望ならば安全が確保されるまで宮殿にご滞在頂けるよう、取りはからいましょう」

「あはは……、お気遣いありがとうございます」


 我が家の手の届く範囲にいてね、発言です。

 やっぱり何か、企んでいそうに聞こえる!

「隊長、警備の打ち合わせのお時間です」

 王宮警備隊の隊服を着用した女性が、侯爵を呼びに来た。良かった、これで開放される。

「分かった、今行く。では失礼します」

「お疲れ様です」

 部屋の前で話していたので、扉までのあと二歩を詰めた。遠い二歩だった。


「あ、ところでイライア・パストール嬢」

 廊下を進み始めた侯爵が、振り返った。

「どうされました?」

「伯爵位はお継ぎになるんですよね?」

「いいえ、叔母様に譲りたいので、意思を確認したいかなと」

 私の返答に、侯爵は笑みを深めた。隊員も立ち止まって、静かに会話が終わるのを待っている。

「それでしたらお任せください、僕が意思を確認しておきます。確か男爵家に嫁がれていらっしゃるとか」

「ご存知なのですね。おっしゃるとおりです」

 調査済みだわ、さすが。せっかくだし、お任せしておこう。この状況で私が訪問したら、むしろ迷惑を掛けそうだもの。


「っふふ……パストール伯爵が、爵位が妻の妹に譲られて、自分達には家も残らないと知ったら……考えるだけで愉快だな。さっさと伯爵位を取り上げて、委譲させるようにしないとね~」

 腹黒計画が始まっていた。

 確かに義妹に残さないだけじゃなく、父が存命のうちに爵位を失えば、全員が家からも追い出されるわ……! 土地は爵位についているのだ。家はパストール家の家だけど、あくまで伯爵家の持ちもの。伯爵が交代すれば、自動的に領地だけでなく、家の持ち主も変わる。

 ロジェ侯爵がウキウキで歩く後ろを、隊員がため息をこぼして付き従った。

 これで本当に、侯爵は仕事に戻った。


 アンジェラと一緒にマナー講座を受けたり、せっかくなので宮殿の中を散策してみたりして過ごし、ついに謁見の日になった。

 ピノに支払いを任せてしまった、謁見用の薄い落ち着いたピンク色のドレスを着る。袖は肘までで、二重のレースが揺れていて、胸元は露出がなく、小さなルビーのネックレスが揺れる。

 正面の大きな宮殿では、私達を迎えて侍女や警備兵が玄関で並んでいた。

 両側からお辞儀されている中を通る。私だけがソワソワしている。アンジェラもこんな経験は初めてだろうに、むしろ楽しんで足取りが軽い。

「殿下、お帰りなさいませ。皆様、よく試練を乗り越えられました」

 陛下の侍従に案内され、謁見の間へ移動する。廊下には兵士も多く、王宮警備隊の姿もあった。


「ジャンティーレ殿下、並びにモヘンジョ・ダロウ、ダンジョン制覇のメンバーがお着きです」

 両開きの大きな扉がギイィと開かれる。

 扉の先はクリーム色の壁と大きな窓、空と天使が描かれた天井がある、華やかな謁見室だ。両側に推定偉い人たちが並んでいて、正面の椅子に座っているのが王様、隣の席が王妃様。宰相が近くに控え、王宮警備隊の隊長であるロジェ侯爵は、壁際に立って部屋中を警戒している。

 赤い絨毯を歩いて、陛下の椅子の前にある五段の階段の下に、四人並んで膝を突いた。

 神殿騎士やお供をした人は、離れた背後に立っている。アベルもそこに混じっているよ。

 

「よくぞ女神様の試練に打ち勝った。そなたたちの働きを讃えよう! おもてを上げなさい」

 言われてから、顔を上げる。横目で他の人を盗み見て、タイミングを合わせた。

 殿下もソティリオも、慣れていて様になってるわ。さすがのアンジェラも、ここに来たらガチガチに緊張していた。

「父上、全員で力を合わせてダンジョンを制覇することができました。絶え間ない努力と友情が僕らに大きな力を与え、まるで黄金の翼が生えたかのように力強く軽やかに……」

「うんうん、頑張ったな。では四人に褒美を取らせよう。願うが良い」

 王様が殿下の言葉を遮った。親でも面倒らしい。殿下は気にした風でもなく、では、と一歩前に進み出た。そしてアンジェラを振り返った。


「アンジェラとの婚約を認めて頂きたい! 僕は彼女を愛しています!」

 ここで!? このイベントは何!??

 思わず周囲を見渡す。重臣たちが小声で、どうされるんだと会話していた。

「……実はアンセルミ侯爵家からも、婚約の取り消しの打診があったのだ。このような大事は、もっと慎重に運ばんか」

 円満な解消になりそう。公表のタイミングとかが問題ね。

「うおお、お父さん!!! ジャンティーレ殿下を私にください!」

 何故かアンジェラが叫んだ。

 公式な場だよ、陛下って呼ばなきゃ! タイミングもおかしいってば!

「……ほほ、愉快なお嬢さんだこと。ジャンティーレ、後でこの母に紹介してくださいね」

 扇で口元を隠した王妃様スマイルは、怒っているのか呆れているのか、歓迎しているのかも読み取れない。


 ちなみに家臣の列に並んで見守っているマナー講師の先生は、笑顔を崩さず頬を引きつらせていた。終わったらお説教だろうなあ。

 フィオレンティーナは笑いを噛み殺している。

「……お前たちの話は後にしよう。ではザナルディーはどうだ」

 いったん二人のことは置いておいて、ソティリオに水を向けられた。

「はっ、臣はこの偉業のメンバーに選らばれただけで、光栄にございます」

 これが模範解答ね! 私も思い付かなかったし、こう答えよう。周囲の重臣にも好印象だ。

「そうでなく、欲しいものでも官職でも、何でも申してみよ」

「ええ……と。……それでは、叶うならば、王宮の宝物庫を覗きたいと思います。…………婚約者と一緒に」

 チラリ、とソティリオがフィオレンティーナに視線を送った。フィオレンティーナはとても満足そうに頷く。彼女の希望なんだね。

 本当に上手く婚約者を操縦してるなあ、フィオレンティーナは。


「見るだけならば問題ないだろう。ロジェ、手配は任せた」

「はい、陛下」

 宝物庫なので、王宮警備隊のロジェ侯爵に任された。万が一にも、国宝が盗まれたら大事件だもの。

 次は私。えええ、えええええ。

 ソティリオはお金のかからない、でも陛下にしか叶えられない、いい願いを申し出たなあ。王様に願うには、あんまり安物でも悪いし……。私もフィオレンティーナに相談しておけば良かった!

「そちは何が良いかな?」

「えええ、ええと……特に思い付くものがなく」

「宝石か? もっと立派な首飾りが良いかな?」

「いえ、こちらはピノ様に頂いた大切なネックレスでして」

 一生懸命に考えていたのですぐには気付かなかったが、王様は楽しそうに見下ろしていた。王妃様も隣で微笑んでいる。


「ほうほう、ならばどんなものにしようか?」

 畳みかけられて、余計に焦ってしまう。むしろ頭が真っ白になっちゃうわ!

「もの……、ものですと……焼きイモ……」

「「「焼きイモ!??」」」

 大勢の声が重なった。女神様が焼きイモなんて言ったから、つい口をついて出ちゃったわ!!!

 王様に褒美を取らせると言われて、焼きイモを欲しがる女。

 恥ずかしすぎる……!!!

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