第36話 ピノとドレス

 結局ほとんどフィオレンティーナとアンジェラが相談して、私のドレスが決まった。

 謁見用と列福式用、そしていつ使うのかは知らないオーダーメイドドレスの三着。他に手袋とショールと靴も買った。ドレスはサイズ直しとアレンジをしなければならず、まずは謁見用を至急仕上げてくれるとか。

 宝石商までいつの間にか呼んでいた。イヤリングやネックレス、ブローチまで選び、もういくらになるのか。合計金額が怖い。


「このガーネットの髪留めも素敵ですわ! 小鳥のデザインが可愛いですわね」

「イライアさん、似合いますよー」

「そろそろ終わりにしましょう。ピノ様がどのくらいお金を持っていらっしゃるか、分からないですし……」

 もう十分迷惑だろうと思いつつも、何度目かの制止をする。止まらない二人の勢いがすごい。

「ご安心なさって。いくらでもソティリオ様がご助力くださいますわ」

「さっすがザナルディー公爵家! 頼りになりますねえ」

 ソティリオって、フィオレンティーナのお財布の名前かな……!?? アンジェラは褒めているけど、彼の許可を取らずにフィオレンティーナが勝手に言っているだけだよ……!


 お買い物で夕方までかかってしまったわ……。

「疲れましたねー! 夕飯は何でしょうか」

 アンジェラはお肉があるといいな~、と呟いた。ぐうう、と盛大にお腹を鳴らしている。

「宮殿の料理は全て美味しくて、見た目も美しいですものね。楽しみですわ」

「でもオシャレすぎて、量が少しずつなんですよねぇ」

 存分に買い物をした二人は、仲良く出ていった。

 私の衣装とかだったんだよね……? ずっといて途中でお茶を出してくれたり、店員の相手もしてくれたパロマと目が合った。

「……頼もしいお友達ですね!」

「ドレスの仕上がりが楽しみね」

 お互い言いたいことはあっても、一つも口に出せなかった。総額は分からないものの、かなりの金額になってしまった、とピノに伝えなければ……。ひどい浪費家という印象を持たれてしまいそう。


 その日の夕食はステーキで、アンジェラがお代わりまで頼んでいた。

 付け合わせのジャガイモに、ステーキソースを絡めるのが大好き。


「ピノ様」

 夕食を終えて移動するピノの後ろ姿を呼び止めた。

「イライア様、良いドレスを選ばれましたか?」

「ええ、ありがとうございます。それなんですが、実は三着も注文してしまった上、色々と付属品もありまして。かなりの高額になりそうなんです……。私も少しでしたら持ち合わせがありますから、お渡しします」

 口にすると改めて申し訳ないわ……。私の現在の所持金なんて、足しになるか分からない程度のものでしかない。

 金額も考えずに全て払わせるのが当然だと考えられる、フィオレンティーナの胆力がすごい。それが貴族というものなのかしら。


「お気になさらず。先にソティリオ・ザナルディー様から、“フィオレンティーナが関わったら、ちょっとの買いものでは済まない”と、忠告を頂いております」

 さすがにいつも買わされている人の言葉は重い……!

「その……失礼ですが、神殿騎士って裕福なのでしょうか? ドレスって、だたでさえ高いですよね。大変だったら、二着はキャンセルしましょう」

「私は騎士団の団長ですよ。ドレスくらいならば、問題ありません。そもそも、お金の使い道がなくて貯めていましたからね」

 神殿で暮らしていて生活費はかからないし、次男だから特に責任もなく社交もほとんどしていない、と苦笑いしている。


「なるほど……、もしかしてこれから、聖女になったら社交にドレスとかが必要になるんでしょうか。もうお父様を追い出して、伯爵家を継げるよう努力しようかな……」

 実は伯爵家の収益は、どんどん下がっている。近くの裕福な領地に逃げる人もいるくらいだ。何故かといえば当然な話、義母と義妹モニカが浪費したせいで税金が上がったり、公共事業に掛けるべき資金が減らされているからだ。

 道が整備されなければ流通に差し障りが出て、ものの値段が上がるし、売る品だって良い状態では運べない。住みやすくて利便性の良い方へ、人もものも流れてしまうのであった。


「イライア様は、伯爵家を継ぎたいのですか?」

「いいえ、全然。領地の運営とかよく分かりませんし。継承権は放棄して、叔母様に譲りたいです。ただ、いつまでも父が伯爵をしていたら領民が可哀想だし、ボロボロになってから叔母に引き渡すのも悪いですよね。私もお金がないと聖女の対面が保てなくなりそうで……」

 あああ、言葉にすると情けない家の事情。盛大なため息が零れる。ちなみに叔母様は男爵夫人で、領地はない。旦那様は王宮にお勤めだったはず。


「お金でしたら、神殿から支度金などがもらえますよ。ご心配入りません。爵位は、叔母様と相談された方が良さそうですね」

「でしたね。勝手に決めても、困られてしまいますね。……そうです、それなら今回の支払いも、神殿に頼めますかね!??」

 そうだ。神殿には全国各地から、お金に足が生えたように勝手に集まるのだ。北部神殿にも米だの貢ぎものだのを運んで、信者が参拝に来ていたわ。頼り放題ね! お布施からなら罪悪感もないし。

 これなら安心。胸を撫で下ろしていると、ピノがいやぁその、と煮え切らない呟きをもらした。


「いえ、あの……私がイライア様にお贈りしたいのです」

「え!?」

「ご迷惑でしょうか」

「そのようなことはっ。むしろピノ様が大変では……」

 うわあ、何だこの空気は。恥ずかしいわ。あわあわしていると、廊下の奥から女性の怒鳴り声が響いた。


「アンジェラ様っ、日中は謁見の際のマナーを確認する、とお伝えしましたよね!? イライア様のドレス選びに参加されて、戻らないなんて……! 今から始めます、逃げないでくださいね!」

「ひえええ、明日にしましょう。もう夜ですし! このあと殿下と、双六すごろくを作るんですよ」

 逃げて来てたの!??

 そしてどうして殿下と、双六を作るの……? 相変わらずよく分からないカップルだわ。でもとても仲が良い。

「まあ、殿下もご一緒なんて都合が良いですわ。殿下にもしっっっかりと、指導して頂きましょうねえぇ」

 女性は眼鏡を直して、細い腕でアンジェラの首根っこを捕まえて引っ張っていった。


「お助けけええぇぇ」

 アンジェラはマナーが苦手なのよね。アンジェラが引き摺られる先で、フィオレンティーナとソティリオが立ち話をしている。

「……アンジェラ様。どうされたんですの? 犯罪でも犯しました?」

「これからマナー講座でございます。昼間、遁走とんそうなさったので」

「フィオレンティーナ様ぁ、助けてください!」

 アンジェラが助けを求めるが、女性は構わず部屋まで連行していく。

 通りすがりのメイドが一瞬目を丸くして、頭を下げて何事もなかったように去って行った。

「マナーですのね。わたくしもご一緒しますわ」

「本当ですか、フィオレンティーナ様! 聞きました? フィオレンティーナ様が教えてくださるから大丈夫です、お引き取りください」

 助かったとばかりに、女性の手を振り払って逃げようとするアンジェラ。だが続くフィオレンティーナの言葉は、無情なものだった。


「あら、ご一緒するんですわ。わたくしも、ビシビシしごきますわよ!!!」

「じゃあ俺はこれで……」

 やる気に満ちあふれた婚約者に何かを察し、ソティリオはそそくさと部屋へ戻った。

「ぴぎゃああぁ、鬼が増えたあ~!!!」

 これはもう逃げられないわ。フィオレンティーナまで教官になったら、きっと大変ね。広い廊下を、アンジェラの悲痛な叫びがこだました。

 廊下で騒いだのも、怒られるんだろうな。


 私はピノと顔を見合わせて、微妙な感じのままで別れた。

 謁見のマナーは、後で私も説明してもらわなきゃ。

 それにしても、あんなにアンジェラが恐れるなんて、どれだけ怖い先生なのかしら。三角眼鏡でやり手っぽくて、厳しそうだったなあ。

 教わるなら、私は他の人からにしたいな。

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