第39話 意外な面会人

 さすがに法皇猊下もいらっしゃる神殿は北部大神殿、南部大神殿より建物が豪勢だわ。尖塔が幾つも並んで、鳥が止まりにくそう。門を入ると傾斜があり、ゆるい坂を上ったら庭園が広がる。右側は資料館だって。

 庭園にも私たちを待ち構えた信者が、たくさんいる。大歓迎されているものの、馬車を止めたら集まってきちゃうよね。

 降りた途端に、もみくちゃにされるんじゃ。

 心配していたけど、馬車の列は関係者入り口を通って、集まった人々はそこで足止めされていた。


「どこへ行ってもすごい人ですね……」

 さすがのアンジェラも、熱狂ぶりに押され気味だ。本当に、こんなにすごいとは。

「列福式が終わっても、しばらく普通に街歩きなんてできそうにないですね」

「むっふふ、うちは商売人だから、注目を集めているうちがチャンスなんですよ。イライアさん、友情の証に手袋と匂い袋をどうぞ」

 アンジェラが花の刺繍がある白い手袋と、親指くらいしかない、小さな薄紫の匂い袋をくれた。


「もらっていいんですか?」

「もちろんです。昨日届いた、うちの新商品です。ぜひ皆さんの目に入るように、持っていてくださいね」

 友情と言いつつ、私を宣伝塔にするつもりだわ! しっかりしてるなあ。本人も色違いを持っていた。

「ソティリオ様にはハンカチーフと万年筆、殿下には万年筆とカフスボタンです」

 ささっと二人にも手渡す。同席しているフィオレンティーナは、婚約者への女性からの贈りものに、特に何も言わなかった。


「フィオレンティーナ様には、同じく匂い袋と本のカバーです」

「本の……カバーですの? 本にカバーを付けるなんて、珍しい商品ですわね」

「以前、読んでいる本を汚したくないと言ってましたよね。それで、思い付いたんです! ぜひ使い心地を試してください」

「嬉しいわ、使ったら感想を知らせるわね」

 本の大きさに合わせて三種類ある布のブックカバーは、草花の刺繍や図柄などが描かれていた。

 そういえば、この世界に本はあるのに、ブックカバーはなかったわ。こういうのって、普通は転生した人がその世界での発明者になるのよねえ。


 私も何か、売れそうな商品が作れないかな。うーん。簡単に量産できそうな、いいものはないかしら。思い付いたら、アンジェラに相談しよう。商品開発をしてくれそう。日本の便利グッズとか、売れるんじゃない?

 そういえば、短いスリッパを買った気がする……。

 ……そう、ダイエットスリッパだ。あれなら既存のスリッパの加工でいいよね。

 ただ、この世界って痩せてれば美しい、みたいな価値観はないのよね。医療がそこまで進歩していないので、健康の方が尊いのだ。

 前世をあまり思い出せないし、たまにふっと浮かんでも、あんまり役に立たないことばかりだわ……。


 奥の方で馬車を止めて、まずは寝泊まりする部屋に案内してくれた。神殿には数日滞在する予定。列福式は三日後なのだ。

 一般人の参拝時間が終わってから、大礼拝堂で祈りを捧げましょう、とお声が掛かった。

 とても広い大礼拝堂の正面は金ピカで、柱時計がカチカチと振り子を鳴らす。正面には大理石の女神像。豪華絢爛な、ご自慢の礼拝堂なのだ。

「では祈りを捧げましょう」

 神官が祈りの言葉を告げて、私たちは一番前の長椅子で聞いていた。パロマとアベル、馬車の護衛やピノ達も後ろに並んでいるよ。

 これで後は自由行動かな。そろそろ夕飯の時間か、でもおやつが食べたいなあ。そんなことを考えていたら、柔らかいものが肩を撫でた気がした。周囲を見回すと、天井から薄ピンクの花びらが舞い降りている。

 この演出は……。


「キレイですねえ。もしかして、女神様が……!?」

「あ! 正面っっ!」

 アンジェラの言葉に顔を上げたソティリオが、神官を指で示した。ダメだなあ、人を指で差しちゃ。

 そう思いつつ顔を向ける。

「え、あああ~!!??」

 私達の反応に、神官が自分の体をつま先から軽く確認し、不思議そうな表情で体ごと後ろを振り返った。

「こ、これは……女神様の啓示では……!??」


『ジャンティーレ殿下、アンジェラちゃん、婚約おめでとう♪』


 でっかいくす玉から下がっている垂れ幕に、女神様からのメッセージが!

 まだ正式には決まってません、フライングですよ女神様ー!!!

「女神様が僕とアンジェラを祝福してくださっている……」

「嬉しいですね、殿下っ!」

 ゲームでの婚約者とは、円満に婚約を白紙に戻せたんだろうか。まだ話し合いの途中だったら、ちょっと可哀想。

 呆然と眺めていると、騒ぐ声を聞きつけた神官がいぶかしげに顔を出した。

「何かありましたか? ……これは!」

「女神様からのご神託が、このような形で下りました」

 他の神官や修道女も、どんどん集まってくる。ちょっとした騒ぎになってしまったわ。

「丁寧にご神託を下ろせ」

「脚立を持ってきて」

 垂れ幕に手を合わせて祈ったり、拍手している修道女もいる。楽しそうだわ。

 ちなみに脚立では届かなかったので、長いハシゴを準備していた。

 二人の婚約は、列福式が終了してから焼き芋祭りが始まる前に、正式に公表される手はずになったよ。


 次の日は全員集まって、列福式の流れと作法を教わった。会場は祈りを捧げた、あの大礼拝堂。王様まで参加される。

 私はその後、焼きイモ祭りの進捗しんちょくを報告された。会場の場所や規模、焼きイモ以外の料理について。今回は騎士団まで調理に駆り出されるそうだ。

 焼きイモ祭りは国中の主要都市で開催され、私は王都の公園で挨拶をしなければならない。焼きイモからこんな事態になるなんて……。

 部屋に戻ってから、ピノと一緒に挨拶の文章を考える。彼は神官の長ったらしい挨拶なんかをいつも聞かされているので、得意なのだ。

「始まりは……お越しくださりありがとうございます、晴天に恵まれ……とかでいいですよね。雨だったら延期、と。何か入れておいた方が良い言葉はありますか」

「女神様への感謝や、民へのいたわりの言葉でしょう」

「なるほど」

 女神様からは信仰が足りないと苦情を言われたので、ここで示しておくのもいいわ。きっと聞いていらっしゃるもの。


 相談しながら進めていると、扉がノックされる。

「お客様がいらっしゃってますよ」

「お客様……ですか? ……どちら様でしょう」

 一瞬悪い予感がよぎった。まさか家族が!? でも、通さないよう伝えてあるし……。扉越しに伝えられた名前は、予想外の人物だった。

「パンプロナ侯爵様です。お忙しいですよね、お帰り願いましょうか?」

 元婚約者、ロドリゴの父親バンプロナ侯爵!?

 女神様のお力で三者会議をのぞき見した感じだと、私よりも息子のロドリゴに対して怒っているみたいだったわ。急用かしら、会っても平気かな……?


「……お嬢様、気乗りされないようでしたら、お断りしましょう。侯爵様を相手に失礼かも知れませんが、きっとこちらの事情もご理解頂けます」

 パロマが心配そうに私の手を握った。修道女の言葉からも、断わっても問題はなさそう。ただ、話を聞くくらいはするべきかも。神殿で妙な手段に出ないよね。

「……ありがとう、会ってみるわ。婚約破棄のお話かも知れないし」

「宜しければ私が同席しましょう。イライア様に手出しはさせません!」

 ピノがダンジョン攻略以上に、やる気に満ちあふれている。なんだかメラメラ燃えてませんか。

「お願いします、心強いです」

「行きましょう!!!」

「はい!!?」

 やたら大きな声なんですが。唐突にどうしたの、ピノは。

 勢いよく立ち上がり、扉を睨んだ。扉の向こうにいるのは、お知らせに来てくれた修道女ですよ。パロマとアベルが、彼の様子に小さくクスクス笑っている。


 先に進むピノから少し離れて、そっと小声でパロマに問いかけた。

「ねえパロマ、なんだかピノ様、妙に気合いが入っていない?」

「お嬢様って本当に鈍いですね。パンプロナ侯爵がお嬢様を責めるか、もしくはロドリゴ様クズヤロウとの婚約を結び直したいと言い出さないか、心配されているんですよ」

 そっちの心配! なるほど。考えてもいなかったわ。

「ん~。婚約をし直すなんて、ありえないわ。そもそもロドリゴ様、義妹のモニカとラブラブじゃないの?」

「ピノ様は、その辺の事情はご存じないんでしょうね。ふふ、ちょうどピノ様がいらっしゃって良かったですね」

 パロマが楽しんでいる。シュラバを望んでいるのかしら。バンプロナ侯爵は大人しい方だから、きっと揉めないよ。


 知らせに来てくれた修道女に案内されて貴賓室へ行くと、バンプロナ侯爵がいつにない深刻な面持おももちで、ソファーに浅く腰掛けていた。背筋も腕もまっすぐだ。

「お待たせしました、イライア様がお会いくださります」

 この言い方だと立場が逆ですよ、侯爵の方が上ですよ。

 侯爵の近くには、ロジェ司教も笑顔で座っている。

「ええと……お久しぶりです」

 雰囲気に呑まれて、むしろ軽い挨拶になってしまった。どう喋ったらいいか悩んでいると、無言だった侯爵が突然、深々とお辞儀した。

「イライア君……いや、イライア様! 遅くなりましたが、この度は息子が大変なご迷惑をお掛けしてしまい、謝罪の言葉もございません!!!」

 両膝に手を乗せて、膝に付きそうなほど頭を下げている。土下座しそうな勢いだわ。


「いえ、そのことは特に……」

 これはどうしたらいいの!? 私は周囲を見渡した。相変わらず笑顔のロジェ司教、ポカンとしているピノ、当然という表情のパロマとアベル。修道女は微動だにしていない。

 どう反応するのが正しいのか。

 アワアワしている私の代わりに、ロジェ司教が侯爵に語り掛ける。

「……侯爵、イライア様が困惑しております。頭をお上げください。まずは事情の説明をされなければ」

「……そうでしたな……、お恥ずかしいお話ですが、少々お時間を頂きます」

 

 侯爵に何があったのかしら。

 私は向かいのソファーの座り、発言を待った。

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