第12話 二宮金次郎って何者?

「みんなが調べた内容を、センナがパソコンでまとめてくれたわ」


 センナは、20枚くらいにまとめたプリントのたばを、みんなに配った。


「す、すごい!」


 そこには、目を引く図や写真入りで、これまでに調べたことがまとめられていた。




1.二宮金次郎の像の移り変わり


〇富詩木中学校


 ①戦争中は貴重な金属として軍隊にもっていかれた


 (戦時中に使われた金属の量のグラフ)


 ②戦争が終わってから、歩いている姿の像が建てられた


 (当時の写真)


 ③30年前、老朽化で取り壊された


 (リンのお父さんも写っている、お別れ会の写真)


 ④15年前、学校と商店街の人たちの話しあいで、座っている姿の像がつくられた


 (座っている像ができた時の記念の写真)


 ⑤今年の地震で像が壊れた


 (壊れた像の写真)


〇中央中学校


 ①35年前に歩いている姿の二宮金次郎の像が建てられた。本を読む機能つき


 (中央中学校で撮影してきた写真)


 ②すぐに、本を読む機能が壊れて、勝手に音が出るようになった


 (中央中学校で撮影してきた写真)




2.二宮金次郎の像のオカルト


〇富詩木中学校


 ①60年前は、夜に二宮金次郎の像が歩いたり走ったりしている


 ②30年前には、夜に本を読んでいることを聞くと呪われる話がつけたされている


 ③老朽化で取り壊されて、存在しない期間は、オカルトは語られていない


 ④現在は、夜に本を読んでいる声を聴くと呪われる話だけが残っている


〇中央中学校


 ①二宮金次郎の像ができる前は、オカルトの話はなかった


 ②35年前に歩いている姿の像ができてから、歩いたり走ったりするオカルトが語られるようになった


 ③35年前に本を読む機能が壊れたのがきっかけで、大声で本を読むオカルトができた


 (年表にまとめた図)




3.分かったこと


 ①二宮金次郎の像の形が変わると、オカルトの内容が変わる


 (富詩木中学校と中央中学校の二宮金次郎の写真が並べてある)


 ②富詩木中学校の、夜に本を読むオカルトは、35年前に中央中学校から伝わった


 (地図上で、中央中学校から、富詩木中学校へ矢印が引いてある)


 ③話が伝わったのは、石狩さんのおもちゃ屋さんでの生徒同士の交流からだった


 (リンの家のおもちゃ屋さんの写真)




 いよいよ、全体像が見えてきた。完成が近いことで、ほっとした気がした。


(でも、やっぱりこれだけじゃ、伝えきれていない気がする……)


 きちんと二宮金次郎がどういう人だったのかを、伝えないといけないと思う。


「あの、ちょっと提案があるんですけど、いいでしょうか」


 マイは、思い切ってみんなに提案を言ってみることにした。


「二宮金次郎の像のオカルトだけではなくって、二宮金次郎が、どういう人だったのかを、きちんと伝えないといけないんじゃないかなって、思うんです。どうでしょう?」


 みんなは、マイの顔をじっと見た。


「わたし、町の図書館で調べるまで、二宮金次郎のこと、何をした人なのか、あまり知らなかったんです。二宮金次郎のこと、知らない人は多いと思うんです。だから、展示には、二宮金次郎本人の歴史も入れたらいいんじゃないかって思うんです」


「うん、すごくいいアイディア! そうね。よく考えたら、二宮金次郎のことって、あまり知らないものね。とても重要なことだわ。二宮金次郎の歴史についても、調べてみましょう! じゃあ、このことは、マイちゃんにリーダーをお願いしようかしら」


 マイは、突然スズからリーダーに指名されて、とまどった。


「あの、リーダーだなんて……」


「そんな、大したものじゃないわよ」


 スズが、手を振りながら言った。


「マイちゃん、よく図書館に行って、二宮金次郎についてよく調べているわよね。これまで調べて分かったことと、まだ分からないことをまとめてくれるかしら。そうしたら、まだ分からないところをみんなで手分けして調べられるから、時間を有効に活用できるわ。リーダーの役割は、それよ」


「そんなことで、いいんですか?」


「そう。やってくれるかしら?」


 スズの言ったことであれば、できる気がする。


「はい!」


 マイは、リーダーを引き受けることにした。




 マイは家に帰ってから、図書館で調べた二宮金次郎のことと、疑問に思っていることを紙に書き出してみた。


「1787年、いまの神奈川県の小田原おだわらで生まれた人。貧乏だったけど、頑張って勉強して、農民を飢饉から守った……」


 二宮金次郎がいつごろ活躍したのかは、だいたい把握はあくしている。


「二宮金次郎は、二宮尊徳っていう名前に変わって、活躍したってことも、もう調べているから、二宮金次郎の人生のことは分かっているみたい」


 マイはノートに、


〇分かっていること


・二宮金次郎の人生について


・二宮金次郎は農民を飢饉から救った人


・二宮金次郎は、後になると二宮尊徳と名乗っていた


 と、書き出した。


 それから、図書館で借りた本から、いままで調べてきたことを再確認する。


「農民を苦しみから救うために、役人やくにん不正ふせいただした……あれ? 役人の不正を正したっていうけど、いったいどういうことなんだろう?」


 いま、マイの手元にある本には、詳しく書かれていない。


「それに、今回のテーマの二宮金次郎の像だけど、そもそもどうして、二宮金次郎が学校の像になったんだろう?」


 マイは、二宮金次郎の像が建てられるようになった理由も、分からなかった。


「二宮金次郎がどういうふうに人とかかわっていたのか。そして、どうして学校の像に選ばれる人物になったのかは、分からないなぁ」


 マイは、「分からない」ことが「分かった」ことに気づいた。


 マイは、さらにノートに、いま調べるべき、分からないことを書きだした。


〇分からないこと


・農民を苦しみから救うために役人の不正を正した内容


・どうして学校の像になったのか




 翌日、マイはオカルト研究部で、いま分かっていることと、分からないことを伝えた。


「うん、よくまとめてくれたわね、すごいわ、マイちゃん。役人の不正を正した内容と、どうして学校に像が建てられる人物になったのかが、分からないのね。センナ、このことは図書館で分かるかしら?」


「四人で手分けして探せば、答えが見つかると思います」


 しかし、マイは不安になる。


「でも、どうやって探せばいいんでしょうか? わたし、二宮金次郎の歴史が書かれている本を調べても、この理由の書いてある本が見つけられなくて」


「マイは、二宮金次郎の歴史を調べたんだよな。そこから分かったことをもとにして、さらに調べてみた?」


「そこから分かったことをもとにして、ですか? 調べて分かったことは、えーと、飢饉を救ったってことは分かりましたけど」


「飢饉を救う仕事って、なんて言う?」


 マイは、はっとした。


「農業! わたし、調べて分かったことから、そのさらに先を調べるなんてこと、してきませんでした。農業と結びつけて調べたら、分かるかもしれません!」


 みんなは、顔を見合わせて、一つうなずいた。


「調べ方が分かったわね。それじゃあ、今日はみんなで図書館に行きましょう!」




 図書館でさっそく、検索をはじめる。


「えーと、調べる方法は……」


 マイは、図書の検索機に「二宮金次郎」OR「尊徳」AND「農業」と入力した。


「出た!」


 10件の検索結果が表示された。


「10冊です! これなら、手分けして探せば、役人の不正を正した内容や、学校の像になった理由が分かるかもしれません」


 みんなは、検索結果を印刷した紙を持ち、その本がある場所を手分けして探した。


 図書館の、会話をしてもよい学習室に本を運び込む。話し合いをしながら、調べていくには絶好の場所だ。四人がけの机に、10冊の本が積み上げられた。


「ちょっと、難しそうな本ですね」


 本のページをパラパラめくると、文字がびっしり書いてある。まだ習っていない、難しい漢字も多い。


 センナが、そのうちの一冊の本をとって、先頭の方のページをめくる。


「調べる時には、本の全部を読まなくてもいいんだ。最初に目次があるから、そこで関係ありそうなページを見つけていけば、情報に早くたどりつけるんだ」


 さっそくマイは、『二宮尊徳による農業改革かいかく』というタイトルの本を手に取った。


 最初のページを開くと、本を書いた人の情報が載っていた。


「大学の、教授きょうじゅ……」


 目次の書かれてあるページを見てみたが、目次だけでも難しい漢字や、難しい言い回しで書かれている。


 きちんと本を理解できるだろうか、と不安になる。目次を、ゆっくりと追っていく。


 ふと、目次の中に「二宮尊徳と役人の不正」というページがあるのを見つけた。


 そのページを開いてみる。


(ううっ、文字がびっしり……。分からない漢字もあるし、言葉も難しい。でも……)


 意外にも、書かれている内容がスラスラと頭に入ってくる。


(もしかして、二宮金次郎の歴史をいっぱい調べたから、だいたい何が書かれているのか、分かるのかな? 事前に少し調べていれば、難しい本でも、なんとなく分かるんだ!)


 それは、面白い発見だった。


(えーと、役人の不正は……)


 どんどん本を読み進めていく。


(二宮尊徳は……『なんとか』の大きさを藩で統一して、不平等な『なんとか』を使うことで多くの米を着服して利益を得ていた役人の不正を正した……)


 マイは、この一文が、自分の求めている答えだと分かった。


 でも、『なんとか』と言う部分の漢字が読めない。


 読めない漢字は「桝」と書かれている。


(学校で習ってない漢字だけど、これが読めないと、意味が分からないよ……)


 マイは、図書館の辞典コーナーに行き、漢字辞典を開いた。


(木へんから調べよう。えーと……あった!)


 そこには「桝・枡 ます」と書かれていた。


(そうか、古い漢字を使っていたから、よけいに分からなかったんだ。えーと、「枡」って、なんだっけ?)


 次にマイは、国語辞典で、「枡」を調べる。


(枡、あった。お米などを計量する道具! そうか。二宮金次郎は、それまでバラバラだった枡の大きさを統一したんだ。だから、わざと大きな枡を使ってお米を多く集めていた役人の不正を正すことになって、農民を救うことにもつながったんだ!)


 マイは漢字辞典と国語辞典をかかえたまま学習室に戻り、このことをみんなに伝えた。


 みんな、とても喜んでくれた。これで、一つ目の疑問の、二宮金次郎が、枡の大きさを統一することで、役人の不正を正して、困った農民を救おうとしていたことが分かった。


 一つ目の疑問の答えが分かってすぐに、


「えーと、二宮金次郎が像になった理由って、これかもしれません」


 リンが、開いている本のページを指さしながら言った。


「でも、内容がさっぱり理解できなくて……」


 ページをのぞき込んだマイは驚いた。


「うわっ! 何これ、漢字と、カタカナ!?」


 本は、漢字とカタカナで書かれている。ただ、漢字やカタカナも、普段使っているようなものとはだいぶん違う。そこに書かれている文章はこうだ。


「尊徳ガ鬼籍ニ入リテ後、其ノ勤勉ナルヲ以テ農業ニカゝハル功績大ナルコトヲ讃ヘ、児童ニ對シ手本トスル為、昭和ニナリテ學校ニ薪ヲ背負ヒテ畫ヲ讀ムル形ノ像ヲ建立スル事トナリタル」


 スズとセンナが、顔を突き合わせてその文章と格闘する。


「えーと、勤勉だから、昭和になってから、学校に、薪を背負った像を建てたって意味でしょうか」


「たぶん、そういう意味ね。だけど、漢字と文章が難しくて、全部は分からないわね」


 スズとセンナが、頭を悩ませる。


「最初の鬼に籍で、なんて読んで、どんな意味なのかしらね?」


 マイは、持ってきていた漢字辞典と国語辞典を指さす。


「調べてみましょう!」


 まず漢字辞典で「鬼」を調べてみる。


 「鬼」と書かれた項目には、いくつか「鬼」の漢字の使い方の例が書いてある。


「あった! キセキって読むんだ」


 机の上にあった国語辞典を、リンがすぐに調べる。


「鬼籍、人が亡くなることを、鬼籍に入るっていうんだ!」


 マイは、まだまだ知らない、難しい日本語があることが分かった。


「それじゃあ、これは、二宮金次郎が亡くなった後、っていう意味ね」


 スズは、いつの間にか、さきほどの文章をノートに書き写していて、その下に、マイとリンが調べたことを書いていく。


 センナは、本をあらためて読んでいく。


「それじゃあ、尊徳が鬼籍にいりてのち、その勤勉なるを、えーと、もって、農業にか……これは、繰り返しか。農業にかか……ハは、わ、のことだな。農業にかかわる功績大なることを讃へ……ヘは、えなんだな。児童に……」


 センナが、苦労しながらも、読み進めていく様子には、あこがれる。


 まだ見たことのないような「ゝ」の文字が、前の文字の繰り返しをあらわしていることや、「ハ」を「わ」と読むこと、「ヘ」を「え」と読むことにすぐに気づくことができることには、尊敬してしまう。


「えーと、次の漢字が分からないな」


 センナは、「對」と書かれた漢字を指さす。


 すぐにマイは、漢字辞典で調べる。


「分かりました! これは、「対」の漢字の古い形です」


「そうなんだ。児童に対し手本とするため、昭和になりて……これは「学」っていう漢字の古い形だよな。学校に薪を背負ひて……『なんとか』を、『なんとか』むる形の像を建立することとなりたる! えーと、最後の二つの漢字、マイたのむ!」


 センナが『なんとか』と言った部分の「畫」と「讀」の漢字が難しい。マイは、こんな漢字、見たことがなかった。


「えーと、「畫」は「書」の旧字体。「讀」は「読」の旧字体です! 書を読むるって書いてあるんですね!」


 スズが、みんなが解読した内容を一つ一つノートにメモしながら、いまの言葉に訳していく。


「尊徳が亡くなったあと、その勤勉であることから農業にかかわった功績が大きいことをたたえて、児童に対してお手本とするため、昭和になって学校に薪を背負って本を読んでいる形の像を建てることとなった。そういう意味ね!」


「すごい! 全部分かった!!」


 マイは、興奮して大声を出してしまった。


 学習室にいた、他のお客さんたちが、こっちを見る。


 マイは、はずかしくなってしまった。みんなは、苦笑いしている。


 何にせよ、二つ目の疑問が解決した。


「分からなかった二宮金次郎の情報は全部解決したわね。これで、展示と講演の最終準備に入りましょう!」


 図書館を出ると、きれいな夕焼けが出ていた。


 マイは、こんな夕焼けを、二宮金次郎も見たのかな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る