第11話 講演なんてできない

(講演なんて、ほんとうにできるのかな?)


 家に帰ってから、マイはそのことで頭がいっぱいだった。


 人と話をすることが苦手ではあったが、オカルト研究部に入部して、リンのお父さんやおじいさん、中央中学校の校長先生や生徒と、話をすることができた。


 人と上手に話ができている、とほめられもした。でも……。


(あれ……?)


 よく考えると、リンのお父さんや、おじいさんに話を聞いた時にも、主な聞き役はスズだった。おじいさんにマイが話を聞くようにうながしてくれたのも、スズだ。


(わたし、役に立ってないのかも……)


 マイは、これまでの自分の成果を、必死に思い出した。


 図書館で本を調べたり、ショッピングセンターにお遣いにいったり、アンケートをパソコンに打ち込む作業もした。


(でも、それって、みんなやっていたことだし……)


 マイは、急に自分が取り残されてしまっているように気持ちになった。


 マイは、自分が研究の成果を発表している姿を想像してみた。そこでのマイは、緊張で顔が真っ赤になり、しどろもどろではっきりと言葉が出ない。


 どんどん声が小さくなって、会場の人たちは、どうしたんだろう、とガヤガヤしはじめる……。


(わたしには、講演は、無理だよ……。わたし、いままで、なにを勘違いしていたんだろう)


 ほめられて、浮うかれていた自分がはずかしくなってくる。


 いろんな人たちと話せるようになった、と自信がついたように思っていた。しかし、それは大きな間違いであったのだと思った。




 翌日、オカルト研究部に集まったみんなは、気が重そうな顔をしている。


 重い空気を変えようとしてか、センナは、てきぱきとみんなのお茶を入れてくれる。


(やっぱり、センナ先輩、気が利くなぁ)


 お茶の用意が終わると、スズがコホンと一度咳ばらいをしてから、切り出した。


「昨日の商店街の会長さんのお話のこと、みんな、考えてきたわよね?」


 マイは、うつむいた。人前で話せないからという理由で講演はしたくないなどという、自分の意見は言いたくない。それに、一番年上の部長のスズから意見を言うだろう。スズの意見で、今後の方針が決まるのだろう。自分は、それに従うしかない。いつもそうやって、人にくっついてきた。今度もそうだ……。


「わたしは、正直、反対です」


 マイはその声に驚いて顔を上げた。まっさきに意見を言ったのはセンナだったからだ。


「今回、中央中学校から話も聞くことができて、二宮金次郎の像のオカルトについて、たくさんのことが分かりました。でも、わたしたちがやってきたのは、あくまでオカルトの研究です。リンのおじいさんのように、オカルトが好きではない人もいると思います。商店街の人たちが望んでいるのは、二宮金次郎の像の思い出に関することで、オカルトではないと思うんです」


 センナは、自分の意見を言いきって、ふう、と息をついた。


「わたしは、優柔不断な自分が嫌です。だから、今回は自分の意見を、きちんと言おうと思います。怒らないで聞いてください」


 次に口を開いたのはリンだった。


 マイは、昨日正式に入部したばかりのリンが、こうしてすぐに発言するとは思っていなかったので、センナが最初に口を開いた時と同じくらい驚いた。


「商店街の人は、自分たちが通っていた富詩木中学校の話は懐かしい話だと思ってくれるんじゃないでしょうか。たとえオカルトの話でも、きっと商店街のみなさんに喜んでもらえるんじゃないか、と思います。だから、講演はやるべきだと思います」


 マイは、チラっとセンナとリンの顔を見比べた。


 センナは、反対の意見を言われて怒っているだろうかと思ったが、そんな気配はない。


「マイちゃんは、どうかしら?」


 スズが、意見を求めてきたので、マイはあわてた。


「えーと、あの……、ごめんなさい。わたし、分かりません……」


 分からない、というよりも、自分の意見がきちんと言えなかった。


「そう……」


 と、スズが言った。


「じゃあ、わたしの意見を言うわね。わたしは、せっかくのチャンスだから、やってみたいと思うの」


 生徒会長も務めていて、人前に臆せず出ることのできるスズは、講演をしたいようだ。


「それに、たとえオカルトの話でも、しっかりとした富詩木中学校の歴史だわ。わたしたちは頑張って調査して、いままで誰も知らなかった、オカルトの成立まで分かったのよ。これは、胸を張ってもいいことだと思うの」


 そこまで言って、スズはまたみんなを見回す。


「それじゃあ、どうしましょうか? いまのところ、賛成が二人、反対が一人だけれど?」


 みんなの視線が、まだ意見を言っていないマイに集まる。


 もし、ここで自分が反対といえば、賛成と反対が同じ数になる。しかし、賛成といえば、賛成が多くなる。自分がどちらかにつくかで、講演をするか、しないかが決まってしまうかもしれないのだ。


「すみません、分かりません!」


 さけび声のような大声になってしまったので、みんなが、ビクっと肩を震わせた。


 マイははずかしくなった。そして、意見を言いたくないばかりに「分からない」と言って、その場を逃れようとしてしまっている自分が、くやしかった。


「決める前に、休憩しましょうか。せっかくセンナがお茶を入れてくれたことだし。冷めちゃうわ」


 そういえば、まだ誰も、お茶に口をつけていない。


 みんなは、無言でお茶をすする。マイは、なんだかお茶を飲むことも、申し訳ないような気がしてしまう。でも、のどが渇いてしまっているのも事実だ。お茶を一口すすると、すでにぬるくなったお茶の苦味が口全体に広がっていく。


「みんな、自分の意見があって、すごいですね……」


 ボソッとつぶやくと、みんな一斉にマイを見る。


 マイは、しまった、と思った。こんな時に、みんなの注目を集めてしまった……。


「マイちゃんだって、きちんと自分の意見を持っていると思うわよ」


 スズが、マイのまったく想像していないことを言うので、当惑する。


「このオカルト研究部を見学するって言った時も、マイちゃんの意志だったわよね。わたしがあんなにグイグイいっちゃったのに。入部してくれたマイちゃんは、勇気があるし、自分のやりたいことをきちんと言える子なんだなって思ったのよ」


 マイは、自分の性格が勘違いされているのではないかと思った。


 しかし、今度はリンが、笑顔を向けてくれながら言う。


「そうだよ。わたし、マイはきちんと部活を決められて、すごいなって思っていたんだよ。マイがとても楽しそうにオカルト研究部の活動をして、成長しているから、わたしも入ろうって、決断したんだよ」


 違う、自分は、たまたまオカルト研究部を見学して、単純に面白そうだと思って、入部しただけなのだ。


 みんなは、自分のことをよく言ってくれる。でも、自分は、そんなにすごくない。それはほんとうの自分を見てくれているのではないと思う。それに第一、人前で話すのが嫌だからという、自分勝手な理由で、講演には乗り気でないし、意見も言えないのだ。


 マイは、うつむいた。何が何だか分からなくなってきてしまった……。


「よーし、じゃあ、ほんとうのことを言う!」


 突然センナが大声で言ったので、マイは顔を上げた。


「わたし、講演に反対なのは、さっき言ったように、商店街の人はオカルトの話を望んでないんじゃないかって思うのもあるけど、ほんとうはわたし、人前で話したり、初対面の人と話したりするの、すごく苦手なんだ。だから、反対したんだ!」


「ええっ!」


 マイは、思わず驚きの声をあげてしまった。


 リンも驚いた顔でセンナを見ているが、スズはクスクスと笑いをもらしている。


「あの、わたし、センナ先輩は人と話すのが苦手とは聞いていましたけど、いまではそういうの、へっちゃらだと思ってました」


「そう思うでしょ。昔ほどではないけど、いまも初対面の人と話したり、人前で話したりするのは、とっても苦手なんだ」


 センナは、ポリポリと爪で顔をかいた。


「だから、リンのお父さんやおじいさんと話した時も緊張したし、中央中学校での調査で生徒と話す時なんて、心臓が口から飛び出てしまいそうになっていたんだ」


「でもでも、センナ先輩、あまりそんな表情見せないですよね!」


「うーん。なぜだか人からは、緊張も何もしていないように見られちゃうんだ」


 センナが照れながら言うと、スズが言葉を引き継いだ。


「センナは、頑張り屋さんだからね、表情隠しちゃうのよ。自分では、意識してやっているんじゃないみたいだけど。損な性格よね」


 センナは、はずかしそうに目をそらしている。


「実ははじめのうちは、マイちゃんやリンちゃんと話す時も、相当緊張してたのよ。もちろん、よし! と決めたら、きちんとやってくれるのが、センナのとってもいいところなんだけど、ちょっと危なっかしいわよね」


「ううっ、スズ先輩!」


 センナは、めずらしく顔を赤くしている。


 マイは、センナがとてもクールな、たよれる先輩だと思っていた。でも、実はとても緊張するタイプの頑張り屋さんな先輩なんだと、あらためて思った。


(人から見られている自分と、自分で思っている自分って、違うのかもしれないな)


 それに、センナの講演に反対の理由は、自分と同じものだった。


(でも、みんな、ぜんぜんセンナ先輩を責めていない)


 やっぱり、きちんと自分の意見を伝えるのは勇気がいる。でも、このみんななら、受け入れてくれると思った。


「あの、わたし、講演するかしないか、分かりませんって言いました。だけど、ほんとうは、違うんです」


 みんなは、マイに注目する。


「わたしも、人と話をするのが苦手で。だから、わたしのわがままですけど、講演は、ほんとうは緊張して嫌だから、反対なんです!」


 言い終えてから、おそるおそる、みんなの顔を見回す。どんな印象を持っただろうか。


「あっははは!」


 みんなが一斉に笑い出した。


「だからマイちゃん、言い出せなくて、あんなに深刻そうな顔をしていたのね!」


「そうか、マイはわたしと同じ理由なんだな!」


「マイ、ちゃんと自分の意見あったんだね。いいじゃん!」


 マイは、照れくさかったが、受け入れてもらえたことが、とてもうれしかった。


 それと同時に、どんな意見でも、正直に伝えればよかったんだと、あんなに悩んでいたことがばかばかしくなってきた。


「そ、それで、どうするんですか! 意見が真っ二つですよ!」


 緊張がなくなってか、自然と話すことができる。


「ちゃんと決めないといけないですよ! もうあまり時間がないんですよ!」


 どんどん、自分の口から言葉があふれてくる。


「わたし、緊張して、倒れちゃうかもしれないんですからね!」


 マイが言った言葉に一つ一つに反応して、部室を、笑い声がつつんでいった。




 みんなの意見が出そろった。


 講演することに、スズとリンは賛成。マイとセンナは反対だ。


「でも、どうかしら。センナもマイちゃんも、人前で話すのが苦手なのは分かったわ。だけど、それだけで講演をやめてしまうのは、もったいないと思うの」


 マイとセンナは、スズの意見に真剣に耳を傾ける。


「これは一案なんだけど、センナとマイちゃんは、裏方として、資料作り。そして、わたしとリンちゃんが、人前に立ってお話をするっていうのはどうかしら?」


 マイは、講演には反対の意見だった。しかし、このみんなとなら、だんだん、なんとかなるような気がしてきた。それに、裏方の仕事なら、気は楽だ。


「あの、ほんとうにそれでいいんでしょうか?」


 突然、リンが話に割り込んだ。


「わたし、このオカルト研究部は、マイも、センナ先輩も頑張って、ここまでの成果が導き出せたと思うんです」


 リンが、真剣な表情で言う。


「もちろん、わたしとスズ先輩で講演をしていくことはできます。でも、わたしは、みんなできちんと発表できたらいいなって思うんです。あの、マイ、センナ先輩。わたしのわがままな意見で、ごめんなさい」


 言い終わってから、リンはしゅんとうつむいた。


 マイは、リンの言いたいことはよく分かった。きっと、マイとセンナも、きちんと向き合わなくてはいけない、ということを言いたいのだ。


「よし、わたしは決めたぞ!」


 センナが、ポンとひざをたたいた。


「リン、ありがとう。ここは、ちゃんと向き合わないといけないよな。わたしも、講演でしゃべるよ。せっかく調べたことは、自分の言葉で伝えないとな!」


 スズは、ふふっ、と笑顔を見せた。


「ありがとうございます、センナ先輩。マイは、どうかな?」


 正直、大勢の人前での講演は未知の経験で、想像しただけで怖い。でも、マイと同じように、人と話すのが苦手だというセンナも、こんなに頑張っているのだ。


「わたしは、正直、とても怖いです。緊張で、うまく言葉が出ないかもしれません。顔が真っ赤になるかもしれません。だけど、講演で話してみようと思います!」


 みんなは、笑顔を向けてくれている。リンも、ほっとした顔をした。


 スズが、パン! と両手を合わせた。


「決まりね! それじゃあみんなで、商店街の講演に挑むわよ! みんないいかしら?」


 マイは、うん、とうなずいた。みんなも、同時にうなずいた。


 緊張する。でも、みんなの気持ちが一つになるのを感じた。


「それじゃあ、まずは、昨日中央中学校でとったデータをきちんとまとめないといけないわね。そして、展示と講演の両方で使える、分かりやすい図も作りましょう。講演で話すメモも作らないといけないわ」


 スズが、これからやらなければいけない作業を黒板に書き出していく。


「マイとリンは中央中学校で聞いたオカルトをまとめてくれるか? わたしは、パソコンで図を作るよ。スズ先輩は、講演で話すためのメモ作りをお願いします」


 センナは、スズが書いた作業の下に、誰が何をするのか、名前を書き込んでいく。


 マイは、あらためて、この二人の先輩はすごい、と思った。やると決めたら、全力で取り組んでいくのだ。


(わたしも、できることをしなくちゃ!)


 マイは、まだ整理できていない、アンケートの情報を、パソコンに入力する。


 作業が不慣れなリンには、アンケートの入力方法を教えてあげた。教えてあげながら、自分も人に教えられるくらい、成長していたことに気がついた。


 マイとリンが作った資料をもとに、センナが、分かりやすい図をパソコンで作っていく。中央中学校で撮った、二宮金次郎の像の写真も、分かりやすく入れていく。


 それを見ながらスズが、講演で話す内容を考えて、メモを作っていく。


 作業は毎日続く。忙しいが、みんなで話し合いながら進めていくことはとても楽しい。


 途中で分からないことがあると、図書室で本を調べた。図書室でも分からない時は、図書館にも出かけた。図書館での本の検索も、いまのマイにとってお手のものになった。


 リンと一緒に出かけた時には、ANDやORを使った検索の方法を教えてあげた。リンはとても感動していたので、マイは鼻が高かった。


 二宮金次郎が、農民たちを救った話は、マイのお気に入りだった。ついつい、調べないといけないことのほかにも、二宮金次郎の歴史について、読み込んでしまう。


 そんな中、マイは一つ気がかりなことがあった。


(二宮金次郎って何をした人だか、みんなあまり知らないんじゃないかな? みんなにも、オカルトだけじゃなくて、すごい人だったってこと、知ってほしいな)

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