第13話 生きている二宮金次郎?

「講演の日が決まったわよ!」


 生徒会の仕事で、校長室に行っていたスズが大急ぎでオカルト研究部に駆け込んできた。


「いま、校長先生から伝えられて、なんと、学園祭の日の夜からになったわ! 商店街の会館が会場だそうよ。展示した後でたいへんだと思うけど、がんばりましょう!」


 日にちが決まると、いよいよ、ほんとうに講演をするんだという実感がわいてきて、ドキドキしてしまう。しかし、このみんなとなら、乗り越えられるという確信があった。


 講演で話す順番と、話す内容の役割分担も決めた。


 はじめに、二宮金次郎の像の変遷を、センナが話す。


 次に、二宮金次郎の像にまつわるオカルトの移り変わりを、リンとスズで話す。


 そして最後に、マイが二宮金次郎その人の歴史について話す。


「二宮金次郎がどういう人だったのか、きちんと伝わるように、頑張ります!」


 話す順番が決まると、みんなは顔を見回して、うん、と一つうなずいた。




 いよいよ学園祭の前日になった。


 印刷室で、スズとセンナが印刷してきた用紙を、オカルト研究部に次々と運び込んでくる。マイとリンは、間違った字や抜けている字がないか、最終確認していく。


 何度も見直したはずなのに、実物ができあがると、間違いがないか不安になるものだ。


 印刷した紙は、ステンレスでできた額縁に入れていく。


「なんだか、かっこいいですね」


 額に入っているだけで、博物館や美術館の解説文章のようで、本格的に見える。


「それじゃあ、この額を貼りつける壁をみんなで持ってくるわよ」


 みんなは、一階の用務員室で、額をとりつける壁を借りた。


「お、重い」


 壁は、重量感があり、二人で一つの壁を持っても、重い。


「今日は重労働よ。どんどん運びましょう」


 一階と四階を何度も往復して、壁を運んでいく。


 ようやく、全ての壁を教室に運び入れた時には、汗だくになってしまった。


「休むのは、まだ早いわよ。壁に、額を取りつけていくわよ。あとひと踏ん張り。頑張りましょう!」


 額の右上と左上に、画びょうを差し込む穴がついている。


「手に刺さないように、注意してね」


 リンが額を持って支え、それをマイが画びょうを使って壁に取りつけていく。


 右と左が水平になるように貼りつけるのは、注意力が必要だ。


「終わったー!!」


 全ての額を壁に貼りつけると、みんな床にへたへたと座り込んだ。


 マイは、重いものを持ち、画びょうを刺すのにも力を使ったので、腕がプルプルふるえる。しばらく床に座り込んでいたが、立ち上がって、展示する額でいっぱいになった部室を一回りしてみる。


「よく、ここまで調べましたね」


 みんなも立ち上がって、思い思いに、自分たちの作った展示を見ている。


「調べてきたことをみんなに伝えられると思うと、なんだか楽しみになってきました」


「マイ、言うようになったね。人前で話すのは苦手だって言ってたのに」


 リンが笑いながら言う。


「もう、リンちゃんったら。でも……」


 みんなはマイの方を見る。


「最初は不安ばかりでした。でも、いまは、このことをきちんと伝えたいです!」


 みんなは、ニコリと笑っている。


「よーし、明日に向かって気合を入れて、最後に一回、講演の練習をしましょうか!」


 スズの合図で、みんなで、講演の練習をはじめた。




 学園祭の当日、マイとリンのクラスは、合唱を披露する出し物で、朝一番に終わった。


 午後からはオカルト研究部の受付を、スズとセンナにかわって担当することになっている。それまでに、リンと一緒に、ほかのクラスや部活の出し物を見て回る。


 どこも、本格的で面白い。そして、多くの生徒や地域の人でにぎわっている。


(オカルト研究部も、にぎわっているのかな?)


 お弁当はオカルト研究部で食べることにした。


 オカルト研究部へ行くと、部室の入り口に作った受付に、スズとセンナが座っている。


 部室の中をのぞくと、誰もいない。


「もしかして、あまり人がきてないんですか?」


 マイは、せっかく頑張って作りあげた展示を、誰も見に来てくれていないのではないかと心配になった。


「ううん、その逆よ! なんと、大盛況。たくさんの人が見に来てくれたわ!」


「うん。お昼休みになって人がいないけど。いまが嘘のように静かなくらいだ」


 スズとセンナはうれしそうに、ニコリと笑った。


 四人は机を並べて、お弁当を食べた。


 マイとリンは、合唱がうまくいったこと。歌っている間はとても緊張したことを話した。


 スズとセンナは、二人の合唱が見られなかったことを残念がった。


「それじゃあ、わたしたちもクラスの出し物があるから、行くわね」


「二人とも、頑張れ」


 スズとセンナが去り、マイとリンがぽつんと残されると、なんだかさみしい。


「ほんとうに、たくさん人がきたのかな?」


 しかし、そんな不安は、階段の下から、ぞろぞろと人の足音が聞こえてくると、どこかへ吹き飛んだ。


「うわっ! すごい!」


 階段を、大勢の生徒が列を作ってやってくる。


「展示は、どこからでも楽しめるようになっていますので、すいているところから見てください!」


 大盛況で、マイとリンは大忙しだ。


 陽の色がオレンジ色になる頃まで、見学する人の足はたえなかった。


 夕方になって、見学者の足もまばらになってきたころ、


「おじいちゃん!」


「やあ、うまくいっているかい」


 リンのおじいさんだ。さっそく、部室の中に案内する。


「うんうん、よく調べたんだね。そうか、夜に本を読むオカルトは中央中学校から伝わったんだね。へえ、うちの店で両方の中学校の生徒が話したのがきっかけになったんだね。それは、富詩木中学校には悪いことをしてしまったかもね」


 リンのおじいさんは、楽しそうに展示を見て回っている。


「歩きながら本を読んでいる姿の時代の写真か。リンのお父さんも写っているんだね」


 目を細めながら、懐かしそうに、じっくりと展示を見ているおじいさんの顔に、窓からの夕陽が差し込む。


(ただのオカルトの話なら、ここまで懐かしそうには、展示を見てくれなかっただろうな)


 マイは、オカルトだけではなく、きちんと二宮金次郎の像のオカルトが、どこから伝わったのか。どうして広まったのか。そして、どのように変化してきたのかを調べたかいがあったと思った。


「こんにちは。見学させてもらえるかな」


 今度は、部室に校長先生と、中央中学校の校長先生がやってきた。


 二人の校長先生を部室の中へ案内すると、うんうん、なるほど、と言いながら、熱心に展示を見てくれている。


「ちょっと、質問をいいかな?」


 中央中学校の校長先生が、マイに問いかけた。


 中央中学校の校長先生とは、二度目の対面だが、質問されると緊張する。


「二宮金次郎は、役人から嫌われていたんだね。農民からはどう思われていたんだろう?」


 今回の展示では、二宮金次郎が農民からどう思われていたのかについては、どこにも書いていなかった。


 でも、マイは、二宮金次郎のことを調べる中で、その答えにもたどり着いていた。


「二宮金次郎は、天保の飢饉を予想して、農民たちに飢饉にどうそなえるかを伝えたんです。だから、農民から、とてもたよりにされていたんです」


「ありがとう。オカルトだけじゃなくて、歴史もちゃんと調べているなんてすごいね!」


 マイは、安心と一緒に、ほめられたことがとてもうれしくなった。


「それじゃあ、もう一つだけいいかな? 二宮金次郎は、そもそもどうして、オカルトとして語られるようになっちゃったのかな?」


「えーと、どういうことですか?」


 質問の意図がよく分からない。


「ごめんごめん。分かりづらかったかな。二宮金次郎のオカルトは、昔から語られているようだけど、どうして現在までの長い間、人をひきつけているのかな、と思ってね」


 マイは、二宮金次郎のオカルトは、当然のように語られているので、それがどうして現在まで伝わってきたのかなど、考えたことがなかった。


「ごめんなさい。そこまでは、調べていませんでした」


「いや、こちらこそ、すまなかったね。これは、答えがあるような質問じゃないかもしれないね。どうしてオカルトが長い間語り伝えられるかなんて、分からないからね」


 マイの頭に、どうして古い時代から、現代まで語り伝えられてきたんだろう? という疑問がわいた。


「大切な人のことは、覚えていたい。だからこそ、オカルトの中で、二宮金次郎は生きているんではないでしょうかね」


 横から答えたのは、リンのおじいさんだった。


「ああ、これは、石狩さん、でしたかな」


 二人の校長先生は、リンのおじいさんにあいさつする。


「わたしは、大切な人のことは、ずっと記憶していたいと思います。それが、仮にオカルトであっても。わたしも子どものころ、二宮金次郎の像のオカルトを怖がった思い出があります。でも、それは同時に、身近に感じていたいと思うからこそ、ずっと語り継がれてきたことだったのではないですかね」


 マイは、リンのおじいさんが言っていた、二宮金次郎は大切に思われているからこそ、オカルトの中で生きているのではないかと言っていたことが、胸の中に残った。

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