第7話 はじめて会う人への取材

 週末の休みの日、リンの家のおもちゃ屋さんに、マイ、スズ、センナが集まった。


 マイは、初対面のリンのおじいさんに会う緊張で、朝から心臓がドキドキしている。


 リンがおもちゃ屋さんの前に出て待っていた。


「おはようございます。みなさん、中へどうぞ」


 リンに、おもちゃが並べられている場所を通り抜けた先の、奥の部屋に案内される。


 奥の部屋は、おもちゃ屋さんのはなやかな雰囲気とはうってかわって、壁には一面、金属製の本棚が並んでいて、ぎっしりとファイルが収納されているのは、お店の長い歴史を物語っているようだ。部屋の真ん中には机があり、周りをソファーで囲んでいる。


 すでに一人、ソファーに座っている。白髪まじりだが、背筋はピンと伸びている。すぐにリンのおじいさんだと分かった。


「いらっしゃい。お待ちしていましたよ。さあ、どうぞ座って、楽にしてください」


 リンのおじいさんがみんなをソファーにすわるようにうながした。


 机の上には、みんなの分のお茶と、おせんべいが用意されていた。


 スズが、まずおじいさんに挨拶をする。続いて、センナ、マイの順番であいさつした。リンのおじいさんはニコニコと笑顔を向けてくれている。マイは、おじいさんの優しい笑顔を見て、緊張がやわらいでいくのを感じた。


「ていねいにありがとう。今日は、よろしくお願いしますね」


 センナは、カバンからノートとレコーダーを取り出す。


「記録をとるために、お話ししてくれたことをノートにメモしてもよいでしょうか。そして、声をレコーダーに録音もしたいのですが」


「はい、いいですよ。しっかりと記録してくださいね」


 マイとセンナは、その返事にほっとして、ノートとレコーダーを机の上に置いた。


 みんなの準備ができたのを確認して、スズが最初の質問をする。


「まず、いまの二宮金次郎の像がつくられた理由を教えてください」


 リンのおじいさんは昔を思い出すように、しばらく目を閉じていた。


「うん、富詩木中学校に昔通っていた人たちが、中学校の前を通った時に、昔からずっと生徒を見守ってきた二宮金次郎の像がなくなったのはさみしい、と言っていたんですよ」


 おじいさんの話をノートにメモする。人が話している言葉をメモするのはたいへんだ。


 リンのおじいさんは、ゆっくりと、ていねいに話してくれる。マイとセンナがメモを書き終えるまで、話の続きを言うのを待っていてくれているようだった。


「商店街もまだ人がたくさんいた時代だったから、みんなで少しずつ募金をして、新しい像を建てようということで、学校とも話し合って、進んでいったんです」


 マイは、メモを取りながら、おじいさんの言ったことをかみしめた。


(やっぱり、さみしいって、思うものなんだな)


 一つ目の質問の答えは分かった。スズは次の質問にうつっていく。


「二宮金次郎の像は、切り株に腰かけている姿でしたよね。普通は、立って本を読んでいる姿だと思うんですが、どうしてあのかっこうになったんですか?」


 はは、とリンのおじいさんが笑った。


「はじめは、みんながよく知っているような、歩いている姿の二宮金次郎を建てる予定だったんです」


 マイたちは驚いた。はじめは、歩いている姿の二宮金次郎の像を建てる予定だったとは。


「でも、像を作る計画が進んでいった時、多くの人が携帯電話を使うようになっていてね」


 携帯電話と二宮金次郎の像とがどのような関係があるのか、マイにはよく分からない。


「その時には、残念ながら、携帯電話を使いながら歩いたことが原因の交通事故が、あちこちでおきていたんですよ」


 マイは、ノートの携帯電話と交通事故、と書いて、そこをマル印で囲んだ。


「そんな時に、歩きながら本を読む姿と、歩きながら携帯電話を使っている姿が似ているから、時代にふさわしくない、という意見が出されてね。座って本を読んでいる姿にしてはどうかって意見が出てきたんですよ」


 まったく知らない話が出てくることに、驚きをかくせない。


「昔からあった、歩いている姿にするか、座っている姿にするか、商店街の人たちや、中学校の先生方の間でも意見が割れてね、多数決をとることになったんです」


「おじいちゃん、それで座っている方になったの?」


 リンがたずねる。


「そう。子どもがマネをして、もし事故がおこったら危ないっていう意見が多くてね。多数決の結果はほぼ半分に分かれてね、接戦でしたよ。もし多数決で歩いている姿が多かったら、そっちになっていたかもしれないよね」


 マイは、息をのんだ。あの座った姿の二宮金次郎の像が作られた背景に、そんな裏話があったとは思わなかった。みんなも、驚いた顔で、おじいさんの話を聞いている。


 続いてスズが、三番目の質問にうつる。


「戦争中に二宮金次郎の像がなくなっていた、と本に書いていましたが、どうしてなくなったのか知っていますか?」


 おじいさんが思い出しているようだったので、センナが口をはさんだ。


「戦争が終わったのは1945年ですから、おじいさんはご存じないでしょうか?」


「いや、もうこの世にはいないけど、わたしのお父さん、つまりリンのひいおじいさんにあたる人から聞いたことがあるよ。それを思い出していたんですよ」


 おじいさんは、記憶を思い出したようだ。


「戦争がはじまると、食べ物が不足したことは、みんな知っていますよね」


 みんなは、うなずいた。


「そして、金属。二宮金次郎の像は銅で作られていたんですけど、それも不足していたんですよ」


 みんなは顔を見合わせた。金属が不足するとはどういうことだろうか。


「金属は、戦争の道具に使われたんです。軍艦、戦闘機、鉄砲。兵隊さんのヘルメットもそうですね。銅像は、戦争がはじまると、軍隊に提供されてしまってね。溶かされて、戦争の道具になってしまったんです」


 二宮金次郎の像と戦争の意外な関係に、みんなは驚いた。


「農民たちが生きられるように飢饉から救った人の銅像が、戦争の道具になってしまうなんて、悲しい話です。ほんとうに、戦争は、悪いことですね」


 マイは、二宮金次郎の像が兵隊にとられていく様子や、溶かされる様子、兵器になる様子。そんなことを想像すると、心が痛んだ。


 みんなも同じ気持ちのようで、口を開けなくなってしまった。


 みんなが静かになってしまったことを感じたのか、おじいさんが元気に声をかける。


「さあ、次の質問はなんですかな?」


 スズがマイに目配せする。次の質問は、マイの考えた、二宮金次郎の像が倒れたことについてどう思うか、というものだ。


(これって、もしかして、わたしが聞かなきゃいけないの?)


 ようやく緊張がやわらいできていたのに、マイの心臓は急にドキドキした。


 マイがもう一度、スズの方を見ると、スズは、無言でうん、とうなずいた。


 マイは意を決した。


「あ、あの」


 小さな声しか出なかった。チラっとおじいさんの顔を見ると、笑顔でマイのことを見てくれている。だんだん心臓のドキドキが少なくなった。マイは深呼吸をして、


「この前の地震で二宮金次郎の像が倒れてしまいましたけど、せっかく商店街のみなさんで募金をしたんですよね。倒れてしまったことを、おじいさんはどう思っていますか?」


 できるだけ大きな声で言ったが、きちんと伝わったかな、と心配になった。


「たしかに、像がなくなってしまったことは残念ですね」


 マイは、自分の質問におじいさんが答えてくれたことに、喜びがこみ上げてきた。


「でも、逆によかったとも思っているんですよ」


「えっ? よかったんですか?」


「うん、この前商店街の温泉旅行に行った時にも、二宮金次郎の像が地震で倒れたことが話題になってね。倒れてしまったのは残念だけど、誰もケガをしなくて、ほんとうによかったって話をしていたんですよ」


 そこまで聞いて、マイはおじいさんに質問することに緊張して、すっかりメモをとることを忘れていたことに気づいた。となりをみると、センナがきちんとメモをとってくれていたようで、安心した。


「さあ、ほかにはどうですかな」


 おじいさんがみんなを見回す。次は、おじいさんの苦手なオカルトの話だ。


 スズが、遠慮しながら口を開く。


「あの、二宮金次郎の像にまつわるオカルトの話なんですが……。おじいさんが富詩木中学校に通っていた時には、どんな二宮金次郎のオカルトが語られていましたか?」


 さすがのスズも、どんどん声が小さくなってしまった。


「あの、無理にお話していただかなくても、だいじょうぶです」


「はっはっは。わたしがオカルトを嫌いだということを、リンから聞いたそうだね」


 おじいさんが突然大笑いしたので、みんなはきょとんとして、おじいさんを見た。


「じつは、スズさんから電話をもらった後、宗谷先生からも電話があったんです。宗谷先生が、オカルトは苦手でしょうけれど、生徒たちも頑張って調べているので、ぜひ協力してあげてくださいって言ってきてね」


 リンは、サナエ先生からの電話を知っているようで、照れている。


「気をつかわせてしまったようだね。オカルトは苦手だけど、富詩木中学校の大切な歴史の一つだよ。お答えしましょう」


 みんなはほっとした。


「わたしが中学生だったころ、いまから60年くらい前にも、二宮金次郎の像が校舎の中や、校庭を歩き回ったり走り回ったりするってことは、みんなで話していたね」


 マイは一生懸命メモをとる。ただ、メモを取りながら、一つ疑問に思った。


(おじいさんの話の中には、二宮金次郎の像が夜に本を読んでいるっていうオカルトの話が出てこないな)


 マイは、二宮金次郎が本をどう読んでいるのかを聞いてみることにした。


「あの、二宮金次郎が本を読んでいるのを聞くと呪われるって言われていますけど、60年前にはみなさん、どのように話していましたか?」


「あ、そうだ!」


 おじいさんが思い出したように言った。


「わたしが中学校に通っていた時には、二宮金次郎のオカルトは、ただ歩いたり走り回ったりするっていう話だけだったんですよ。でも、わたしの息子。リンの父親が中学校に通い出した時には、それと一緒に、像が夜に本を大声で読んでいるという話もしていましたね。リンの父親が、確かめるために夜に学校に忍び込んだことがありましたよ」


 この前、リンのお父さんが教えてくれた話を、おじいさんも知っていた。


「あの時は、先生に見つかって、中学校まで迎えにいったんですよ。家に帰ってきてから、一晩中叱りましたよ」


 リンがはずかしそうにして聞いている。


「そうそう、いまから30年前。リンの父親が中学校に通っているころには、中学生たちは、二宮金次郎が歩いたり走ったりしただけではなくて、大声で本を読むと呪われる、なんていうオカルトの話をしていましたね。わたしも、自分の知っているオカルトとは、少し変わってきているんだ、と思ったものです。当時はわたしもおもちゃ屋の店先で、よく子どもたちから学校の話を聞いていたけど、中には夜に中学校の近くを通る時に、耳を手でふさいで逃げるようにして通りすぎるって言っている子もいましたね」


 マイは、これはすごい情報だと思った。おじいさんが中学校に通っていた時代には、二宮金次郎の像が歩いたり走り回ったりするだけだったのに、リンのお父さんが通っていた時代には、本を大声で読む、という話がつけ足されているのだ。


 スズも興味津々で、熱を込めて聞く。


「いったいどうして、本を大声で読んで、聞くと呪われる、なんてオカルトがつけ足されたんでしょう!」


 しかし、おじいさんは、首をひねった。


「わたしも気にはなったんだけど、詳しくは聞かなかったから、分かりませんね」


 結局、その理由は分からなかった。


「もう、お疲れじゃないですか?」


 ふとセンナが、おじいさんの表情を見てたずねた。


「うん、ちょっと疲れたね。でも、わたしももう仕事も引退したから、あまり若い子たちと話す機会がなくてね。今日はとても楽しかったです。学園祭の展示、わたしも見に行くから、がんばってまとめてくださいね」


 おじいさんは、ていねいに頭を下げた。


「どうも、ありがとうございました」


 オカルト研究部の全員が、ていねいにお辞儀をした。


「おっと、せっかくのおせんべい、まだ食べてなかったね。みんな緊張していたのかな。いまの中学校の話も教えてください」


 おせんべいを食べながら、いまの富詩木中学校での生活を、おじいさんにお話しした。


 おじいさんは、うれしそうに、ずっとみんなの話を聞いてくれていた。

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