第6話 調査の心得

 次の登校日、校門までくると、センナが手を振っている。


「おはよう、マイ」


 どうやら、マイを待っていたようだ。


「おもちゃ屋さんでスズがオカルトの話を聞きたいって言った時、リンのお父さん、あまりいい顔をしてなかったと思わないか?」


 おもちゃ屋さんで、リンのお父さんがくもった表情を浮かべていたことを、センナも気づいたようだ。


「わたしたちの気のせいならよいのだけれど。マイはリンと同じクラスだったよね。ちょっとリンに聞いておいてくれないか?」


 教室に着くと、リンはすでに自分の席についていた。


「リンちゃん、お店ではありがとう。オカルト研究部の調査が進みそうだよ」


「うん、よかった。さっそく、お父さんが旅行先のおじいちゃんに電話してくれたんだ。おじいちゃん、今度の休みの日には旅行から帰ってきているから、みんなでおいでって」


 マイは、リンのおじいさんが、オカルト研究部を受け入れてくれることにほっとした。


「そういえば、スズ先輩がオカルトの話を聞きたいって言った時、リンちゃんのお父さん、ちょっととまどってなかった?」


「分かった? 実はおじいちゃん、オカルトとか、怖い話が苦手なんだ。でも、だいじょうぶ。わたしからもお願いしておいたから」


 リンが舌をペロっと出した。


「あ、それとね、ちょっと面白い情報を手に入れたんだ。今日もオカルト研究の活動があるなら、わたしも行っていいかな?」




 オカルト研究部には、もうスズとセンナがきていた。今日は顧問のサナエ先生もいる。


 リンが、おじいさんに歩いている姿の二宮金次郎の像の話を聞けることになったことを伝えた。スズは大喜びして、センナもニコッと笑った。


「それでリンちゃん、面白い情報って?」


「うん。わたし、二宮金次郎の像のオカルトについて、お母さんにも聞いてみたんです。お母さんが中学校に通っている間は、二宮金次郎の像にまつわるオカルトはなかったそうなんです。像がないと、それにまつわるオカルトはなくなっちゃうんですね」


 みんなは目を丸くした。


「すごいわ、リンちゃん。いいところに気づいたのね。これは重要な情報よ!」


 スズに言われて、リンは、照れている。


「そういえばマイ、スズのお父さんの表情のこと、聞いてくれたか?」


 センナが聞く。


「あ、はい。でも、問題ないそうです。だよね、リンちゃん」


 リンは首をたてにふった。


 しかし、静かに聞いていたサナエ先生が問いかける。


「石狩さん。お父さんの表情って、何かあったの?」


「たいしたことじゃないんですけど。うちのおじいちゃん、オカルトみたいな、怖い話は苦手なんです。でも、わたしからもお願いしてオーケーしてもらいました」


 サナエ先生は険しい顔になった。


「スズちゃん。石狩さんのお父さんへは、調査の目的を、きちんと説明したのかしら」


 スズはサナエ先生に言われて、はっとしたようだ。


「いえ、そういえば、わたし舞い上がっちゃって。オカルト研究部で学園祭のために二宮金次郎の像にまつわるオカルトについて調べているって、言ってなかったと思います」


 サナエ先生は、ふう、と息をはいて、


「みんな、人に話を聞くってことは、その人の大切な時間をもらっているってことなの。だから、きちんと、どういう理由で何を質問するのかを、事前にきちんと伝えなくちゃいけないのよ。それに、初対面の人から突然いろいろたずねられても、話したくないこともあるでしょ。スズちゃんも、あまり好きじゃない話を突然聞かれたら、嫌よね?」


「はい、突然聞かれたら、嫌だと思います」


 スズはうつむいた。


 サナエ先生は「ついてきて」と、みんなを図書室に連れてきた。


 サナエ先生は、本棚から人への聞き取り調査の方法が書かれた本を出してくれた。


「話を聞く時には、相手が嫌な気持ちにならないようにすることが大事なの」


 本には、調査の方法だけではなく、調査する時の注意点も書かれていた。


 相手の予定を考えることや、嫌なことは聞かないこと。メモを取る時や、写真を撮る時、話した声をレコーダーで録音する時には許可をとること。そして、調査をお願いする時には、最初に何のための調査なのかを、きちんと説明することが大切だと書かれていた。


「わたしも、旅行先でいろいろな話を聞くの。その土地の特徴とか、どんな伝説があるか、とかね。でも、初めて会った人には、わたしは誰で、どういう理由で話を聞いているかを、きちんと伝えているわ。それが、調査する人の心得よ」


 全ての都道府県に行ったことのあるサナエ先生が言うと、説得力がある。


「まずは、石狩さんのおじいさんに、調査について理解してもらうことが大切よね」


 本に目を通していたスズが顔をあげた。


「わたしたち、相手を思いやる心が、欠けていたかもしれないわね。反省しなきゃね」


 本によると、好きなことを聞くだけではなく、事前に聞く内容や、聞く順番も整理しておくことが必要のようだ。それに、事前に調べられることは、本などで調べておくこと。分からなかったことに絞って、話を聞くようにすることが書かれていた。


 何人かで話を聞く場合は、聞く人と、メモを取る人の、役割分担をするとよい、ということも書かれていた。


 そして、相手が疲れてきた時には、聞きたいことが全部聞けなくても、無理をせずにまた日をあらためることなど、相手を気遣うことが何よりも大切だと書かれていた。


「まず、何を聞きたいのかをはっきりさせましょう。それがまとまったら、部長のわたしが、リンちゃんのおじいさまへお電話して、調査の説明とお願いをするわ」


 まず、図書室の本で富詩木中学校の二宮金次郎の像が建てられた時期を調べる。


「リンちゃんのお父さま、卒業した年に二宮金次郎の像が取り壊されたから、お別れ会をしたって話していたわよね。そこから調べましょうか」


 図書室には『富詩木中学校の活動記録』とタイトルの書かれた、学校の一年のできごとを一冊にまとめた本が、一年ごとに並んでいるコーナーがある。


「えーと、わたしのお父さんの卒業した年は……」


 リンが、お父さんの卒業した30年前の本を探し出し、分厚い本をめくっていく。


「これ、お父さん!」


 「二宮金次郎の像お別れ会」と書かれたページがあり、当時の写真が載っていた。二宮金次郎の像の前で卒業生が並んでいて、その中に、いまの面影がある中学生時代のリンのお父さんが写っている。


 説明文には、二宮金次郎の像は老朽化が進んで、このままでは危険なので、撤去されること。像は学校が作られた時に作られたが、戦争中に一度なくなったことがあること。戦争が終わってからまた作られ、ずっと学校を見守ってきたことが書かれていた。


「戦争中になくなった?」


 みんなは顔を見合わせる。


「戦争が終わったのは、たしか1945年だよな」


 センナが首をかしげながら、当時の『富詩木中学校の活動記録』を探す。


 でも、第1号は、1945年よりも後の年に発行されていて、1945年には『富詩木中学校の活動記録』はまだ作られていなかったようだ。


 どうして戦争中に二宮金次郎の像がなくなってしまったのかは分からない。


「このことは、リンちゃんのおじいさまへ聞くことにしましょう」


 次に、リンのお母さんが言っていた、リンが生まれたころに、現在まで残っていた、切り株に腰かけた姿の像が建てられたことについて、調べてみることにした。


 リンの生まれた年に近い『富詩木中学校の活動記録』を、みんなで手分けして調べる。


「あっ、これって!」


 それは、マイの産まれる2年前の『富詩木中学校の活動記録』だった。見覚えのある、切り株に座って本を読んでいる二宮金次郎の写真がはっきりと載せられている。


 みんながいっせいに本をのぞき込む。


「わたしとリンちゃんが生まれる2年前の年。スズ先輩が生まれた年ですね」


 本の内容を読んでみると、3月に像が完成し、4月の入学式にあわせて、記念の式典が開かれていたことが分かった。しかし、どうして新しい像ができたのか。そして、切り株に腰を掛けている姿になったのかは、書かれていなかった。


「これも、リンちゃんのおじいさんに、聞いてみないといけないですね」


 図書室でひととおり、二宮金次郎の像の建てられた時期について知ることができた。


 調べたことから、戦争中に像がなくなったのはなぜか。どうして老朽化した後に新しい像を作ることになったのか。そして、座った姿になっているのはなぜか。ということを、リンのおじいさんに聞かなければいけないことが分かった。


「ほかに、何か聞いておくことはあるかしら」


 スズが、みんなに意見をもとめる。


(そういえば、わたし、入学式の日に二宮金次郎の像がなくなって、さみしいって思ったけど、おじいさんは、像がなくなっちゃったいまの状況をどう思っているのかな? でも、おじいさんの考えは、いまの調査とは関係ないし……)


 みんなの前で提案するのは、はずかしいし、そもそもオカルト研究部として調べることではないことかもしれない。


 だけど、ここでおじいさんに聞いておかないと、昔から二宮金次郎の像に親しんできた人の想いは、分からなくなってしまう。


「あの、二宮金次郎の像は商店街の募金で作ったそうですけれど、お金を出し合って作った像がなくなったことをどう思っているのかも聞いてみるのはどうでしょう?」


「いい考えじゃない!」


 スズがニコリと笑ってくれた。


「それじゃあ、それも聞くことにしましょう! ありがとう、マイちゃん」


 リンもセンナも、うなずいてくれた。マイは自分の意見が採用されて、うれしくなった。


「それから、オカルトの話も聞かないといけないわね。もちろん、リンちゃんのおじいさまが、嫌がらなければね」


 みんなで意見を出し合い、リンのおじいさんへの質問の順番も決めた。


①どうして二宮金次郎の像を再び作ることになったのか?


②歩いている姿にせず、座った姿にしたのはなぜか?


③戦時中に二宮金次郎の像がなくなったのはなぜか?


④二宮金次郎の像が壊れてしまったことについてどう思っているのか?


 そして、リンのおじいさんが答えてくれるなら、


⑤おじいさんの知っている二宮金次郎のオカルト


 について話を聞く。


 調査の方法が書かれた本を参考にして、役割分担も決めた。スズが質問し、マイとセンナは記録をとることにした。リンも、一緒に話を聞いてくれるという。


 マイは、人と話をする時には緊張してしまう。記録をとるのがぴったりだと思った。


 サナエ先生は、声を録音できるレコーダーを貸してくれた。


「さあ、準備はできたし、リンちゃんのおじいさまへ電話をかけるわね」


 スズがさっそく、サナエ先生から携帯電話を借りて、電話をかける。


「もしもし、はじめまして。富詩木中学校オカルト研究部部長の天塩スズです。わたしたちは、今年の学園祭で、二宮金次郎の像にまつわるオカルトの話をまとめて、展示しようと考えています。富詩木中学校の二宮金次郎の像が建てられた時のことについて、お聞きしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」


 スラスラと話を進めるスズの人当たりのよいことは、あこがれるし、うらやましい。


「週末の調査を楽しみにしている、ですって」


 スズがニコニコしながら通話を終えると、みんなは、安堵したようだった。マイも、まずは調査できることを喜んだが、同時に、初対面の人に会いにいくと思うと、緊張した。

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