第5話 どうやって調べる?

 オカルト研究部の活動は、思ったよりも忙しかった。


 アンケートの結果をパソコンに入力する作業では、スズとセンナは、キーボードは見ずに打ち込む、ブラインドタッチで、みるみるうちに入力していく。マイも家でパソコンは使っているが、とても二人の速さにはついていけない。


 パソコンの計算ソフトには、数値を自動的に足し算や、掛け算する機能があった。


 はじめは、使い方も分からずとまどったが、スズとセンナは、ていねいに教えてくれた。


 マイは、「二宮金次郎」という文字を何度も打ち込んでいると、その人物についても、興味がわいてきた。


 一方、二宮金次郎の像にまつわるオカルトのアンケートは、昨日聞いたとおり「銅像が夜に本を大声で読んでいたのを友達の友達が聞いたそうです」という答えばかりだった。


「あまりいい結果がでないわね」


 スズがため息交じりに言う。


「夜に本を大声で読んでいる、ということが富詩木中学校で語られている二宮金次郎の像の話でした、というだけではいけないんですか?」


「いけないってわけではないのだけれど。もしマイちゃんが学園祭の展示を見に行って、たった一つの結果だけしか書かれていなかったら、どう思う?」


「なるほど、とは思いますけど、それだけかもしれませんね」


「見にきてくれた人が、興味を持って、記憶に残るくらいの情報も出さないと、退屈なものになっちゃうわよね」


 そう言われると、たしかにこの結果だけではまずいと思う。


「いっそ、おもしろい話をアレンジしてみたらどうですか?」


「マイ、それはダメだな」


 すかさず、パソコンにアンケートの結果を入力していたセンナが、するどい口調でたしなめた。そしてまたパソコンにデータを入力し始める。


「もう、センナったら。でも、それはダメなことなのよ。わたしたちで作り話をしたら、ウソになっちゃうでしょ。それに、もしその話が富詩木中学校のオカルトだって思いこんだ人が話を伝えていったら、わたしたちが勝手にオカルトの話を作っちゃったってことになるの。それは、調査する方としては、やっちゃいけないことなの」


 マイは、あらためて、調べて、まとめることの責任の重大さを思い知った。


「まあでも、同じデータばかりで、ちょっと疲れたわね。気分転換に部員勧誘でもしてきましょうか」


 部室はため息につつまれた。




 休みの日、マイは少しでも二宮金次郎について知ろうと思い、町の図書館をおとずれた。


 本棚には、ぎっしりと本が詰め込まれていて、学校の図書館より、圧倒的に本が多い。


 さっそく、検索機で「二宮金次郎」と調べてみる。


(せ、千件の検索結果!)


 思った以上に、たくさんの結果が出てきてしまった。それはそうだ。これだけ大きな図書館なのだ。とても千冊もの本を調べていくことはできそうにない。


「あれ、マイじゃないか」


 後ろから呼びかけられて振り返ってみると、スズとセンナが立っていた。


「こんにちは。お二人も探しものですか?」


「うん、オカルト研究部の資料集めでね」


「今日って部活の日でしたっけ!?」


「ううん、わたしとスズ先輩、好きできているだけだから」


 そう言われると、なんだか仲間外れにされたようで残念だ。


「マイちゃんも誘えばよかった? あとでメアド交換しましょうか」


 マイの気持ちが分かったのか、すかさずスズが提案してくれた。


「ところで、マイは勉強か?」


「いえ、二宮金次郎について知りたくて。でも、二宮金次郎って調べると、検索結果が千件も出ちゃうんです。こんなにたくさんの中から選べないし」


 どれどれ、とセンナが検索機をのぞき込む。


「マイは、二宮金次郎のどういうことを調べたいんだ?」


「えーと、まずどんな人だったかを知りたいです」


「それなら」


 センナは検索機に何か打ち込んでいる。


「うん、10件にしぼることができた。これなら、探しやすいんじゃないか」


 あっという間に検索結果を絞り出してしまった。


「あ、ありがとうございます。でも、どうやったんですか?」


「マイは検索機の書名って書いてあるところに、二宮金次郎って言葉だけを打ち込んで調べたみたいだけど、それじゃあ、この図書館にある二宮金次郎のすべての本が結果に表示されちゃうんだ」


 センナが検索機の画面を指さす。


「検索機に、ANDって書いてあるところがあるだろ」


 検索機に表示された文字をみると、確かにANDと書かれたボタンがある。


「あ、これですね。ANDって、たしか、もう一つとかって意味ですよね」


「そうそう。まず、二宮金次郎って入力して、ANDをつけて、人物って入れてみたんだ」


 たしかに、センナが入力したものは、二宮金次郎の後にANDが入って、その後ろに人物と入っている。


「ANDをつけると、入力した言葉だけが入った本が見つかるんだ。ほかにも、ORとかNOTっていうのがあるんだけど、意味は分かる?」


「はい、英語の授業で習いました。たしか、ORは、あるいは、っていう意味。NOTは、なになにではない、って意味ですよね」


「うん。ORを使うと、検索した言葉が含まれるもの全部が出てくる。NOTをつけると、NOTの後に入れた言葉は検索されなくなるんだ。図書館によっても違うけど、ここの図書館は、英単語を組み合わせて調べることができるから、便利なんだ」


 マイはセンナが調べてくれた本や、センナが教えてくれた検索機の使い方を利用して調べた本の中から、自分でも読めそうな、簡単そうな本を探しあてた。


 その本を読んでみると、二宮金次郎はいまの神奈川県の人で、江戸時代の終わりごろに生きていたことが分かった。大人になってからは二宮尊徳と呼ばれ、農民たちに、どうすれば農業がうまくいくかを伝えた人物らしい。さらに、農民たちが頑張って働くと、表彰して、仕事のやる気を高める取り組みもした人のようだ。


(すごい人……)


 二宮尊徳で検索すると、もっとたくさんのことが分かるのではないかと思った。


(たしか両方を検索したい時はORだったよね)


 検索機に「二宮金次郎」と入力した後に、ORをつけて「尊徳」と入力する。


(今度は歴史についても調べたいな。一緒に調べるからANDだよね)


 検索機には、「二宮金次郎」OR「尊徳」AND「歴史」と表示された。


 検索開始のボタンを押してみると、砂時計のマークが表示されたあと、検索結果1件、と出てきた。


(やった! 1件見つけられた!)


 検索でヒットした本を探し出し、ページをめくってみる。


 さすがに、難しい本ともなると、書いてある情報も多い。知らない言葉や漢字も多い。そんな中でも、「天保の飢饉」という言葉に目がとまった。


(これ、小学校で習った!)


「天保」の後ろの漢字は難しいが、「ききん」と読むことは分かる。


(飢饉って、農作物が育たなくて、食べ物がなくなっちゃったって意味だったよね)


 読んでみると、二宮金次郎は、天保の飢饉を予想して、農民たちに飢饉にどうそなえるかを伝えたらしい。


 読めば読むほど、二宮金次郎が勉強家であり、農民のことをよく考えた人だと分かった。薪を背負って歩きながら、本を読んで勉強していたのもうなずける。


 本を調べていると、あっという間に夕方になった。そろそろ帰ろうと図書館を出ると、スズとセンナが前を歩いているのが見えた。


「あ、マイ。うまく調べられた?」


「はい。おかげで、二宮金次郎が何をした人なのか知ることができました。農民に農業を教えたり、天保の飢饉を予測したりして、すごい人だったんですね」


 マイは、自分が調べたことをスズとセンナに話しながら、商店街まで一緒に歩いた。




 商店街のおもちゃ屋の前にくると、店の前をほうきで掃いているリンがいた。


「あ、リンちゃん」


 リンが顔を上げる。


「マイ、オカルト研究部の活動?」


「今日は図書館で調べものしていたら、偶然先輩たちと会ったんだ」


 リンはスズとセンナにあいさつした。マイがオカルト研究部に入ったので、もうスズのことは警戒していないようだ。


 スズは、店に興味があるようで、中をチラチラとのぞいている。


「よろしければ、中を見ていってください」


 輪投げやミニカー、プラモデルや鉄道のおもちゃ。カードゲームや、ヒーローのフィギュアといった、たくさんのおもちゃが、ところせましと並んでいる。


 マイはこのおもちゃ屋さんへは、昔おもちゃを買ってもらう時に何度か来たことがあった。でも、リンと知り合うまで、ここに同学年の子が住んでいたことは知らなかった。


 前にきたのは何年前だっただろうか。昔きた時には、たしか駄菓子がそろっているコーナーがあったと思うが、そこにはゲーム機やゲームソフトが陳列されている。


「駄菓子を買う子が少なくなったから、ゲーム機を置くようにしたんだよ。おもちゃも、最近は街のショッピングセンターにお客さんをとられちゃってるんだ」


「あ、二宮金次郎のおもちゃもあるのね」


 スズは、プラスチックでできた小さな二宮金次郎の像のおもちゃを指さしている。


「これ、下に車輪がついていて、地面につけながら後ろに引くと、進んでいくんですよ」


 リンが二宮金次郎の像のおもちゃを棚の上の空いたスペースを使って後ろに引いた。車輪のあたりからギシギシと音がする。手を離すと前方へ勢いよく進んでいく。棚から落ちそうになるところで、リンが二宮金次郎像のおもちゃをつかんだ。


「ああ、いらっしゃい。リンの友達かい」


 店の奥から、マイのお父さんと同じくらいの年齢の男の人が出てきた。


「うん、この子はマイ。わたしのクラスメート。後ろの二人はオカルト研究部の先輩」


「天塩スズです。オカルト研究部の部長をしています。生徒会長もしています。帰り道に立ち寄らせていただきました」


 ていねいにスズがあいさつした。さすが生徒会長だ。こうした場には慣れているようだ。


 続いてセンナも、


「二年生の北見センナです」


 とだけあいさつして、頭を下げた。


 マイも同じくあいさつする。


「これはていねいに。ボクはリンの父です。ゆっくりしていってね」


 リンのお父さんはニコニコしながら、みんなを見回した。


「ねえ、お父さん。この二宮金次郎像のおもちゃ、昔からあるよね」


「ああ、ひとつだけ、ずっと売れ残っているんだ。むかし二宮金次郎の像が夜に歩き出す、なんて話がはやった時には、よく売れたんだけどね」


 その話を聞いたスズが目を輝かせたのが分かった。


「二宮金次郎の像が夜に歩き出すって話をご存知なんですか!」


「うん、ボクが富詩木中学校に通っていた時にも、二宮金次郎の像が夜に歩いたり走ったりした、なんて怖がったものだよ。おまけに持っている本を大声で読んでいて、聞いた人は呪われる、なんて言ったもんだ。実は、友達と夜に学校に忍び込んで、確かめに行ったこともあったんだよ。もちろん、動きもしなければ、本も読んでいなかったけどね」


「え、でもお父さん、富詩木中学校の二宮金次郎は、すわっているよ?」


 不思議そうにリンがたずねる。


「ああ、あれは、像を建て替えたんだよ」


 聞いていたみんなは顔を見合わせた。


「あの二宮金次郎の像は、ボクが中学生だった30年前は薪を背負って歩いている姿だったんだ。でも、老朽化、つまり古くなってしまってね。像が倒れそうになってしまったんだよ。ちょうど、ボクが卒業した年に、一度取り壊されてしまったんだ。卒業式にあわせて、二宮金次郎とのお別れ会っていうのもやったから、よく覚えているよ」


 そのような話は聞いたことがなかった。リンのお父さんが中学校を卒業する年の話だ。知りようもない。


「しばらく、二宮金次郎の像がない時代が続いたんだ。ボクより三歳年下のお母さんの中学校時代は、入学から卒業まで、二宮金次郎の像は学校にはなかったはずだよ」


 意外なことだった。二宮金次郎の像が学校になかった時代があるとは。


「いまの像が立ったのは、いつごろだったかな?」


 リンのお父さんは首をかしげた時、空のカバンを持った女の人が店に入ってきた。


「ただいま。商品の発送してきたわよ」


 リンとそっくりなので、すぐに、リンのお母さんだと分かった。


 みんなは、リンのお母さんにあいさつした。


「富詩木中学校の二宮金次郎の像の話をしていたんだよ。いまの座っている姿の像ができたのは、いつだったか、覚えているかい?」


「えーと、はっきりとは覚えていないけれど、リンが生まれるちょっと前に新しい像ができたのよ。商店街でも、像を建てるための募金活動をやっていたわ。でも、どうして新しい像を作ることになったのかしらね?」


 リンのお母さんも細かいことは覚えていないようだ。


スズは、興味津々の顔でさらにたずねる。


「どうして座った姿になったんですか。何か理由があると思うんですが」


 リンのお父さんもお母さんも、そのことは知らないといったように首をかしげた。


「そうだ、ボクたちは分からないけれど、おじいちゃんなら分かるかもしれないね」


「おじいさま、よく知っているんですか? ぜひお会いしたいです!」


いつものグイグイいくスズになりそうだった。センナがスズのそでを引っ張る。


「いま、商店街の温泉旅行で出かけているから、今夜にでも電話して、みんなが会えるかどうか聞いてみるね」


「それと、二宮金次郎にまつわるオカルトのことも聞きたいです!」


「オカルト?」


 リンのお父さんは、スズがオカルトと言った時、一瞬くもった顔をしたように見えた。


「ああ、そうか、オカルト研究部だったね。それも含めて、聞いておくね」


 オカルト研究部のみんなは、ていねいに挨拶して店を出た。店の前までリンが見送ってくれた。


 スズは、二宮金次郎の像のオカルトの新情報が得られそうだとウキウキしている。


 マイも新情報への期待がふくらんだが、モヤモヤした気持ちも残った。


(リンちゃんのお父さんの顔、気のせい、だよね?)


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