第8話 新しい疑問

 オカルト研究部では、これまで調べたことをまとめる作業に入る。リンも、自分の家族の話でもあることから、しばらくオカルト研究部の活動に加わってくれることになった。


 みんなは、マイとセンナのノートを何度も見返した。


 レコーダーで録音した音声も、何度も聞き返した。レコーダーに入った自分の声を聞いてみると、いつもの自分の声とは違うので、なんだかはずかしい。


 富詩木中学校の生徒へのアンケートの結果と、リンの家で聞いた話の結果を合わせてみると、二宮金次郎の像にまつわるオカルトの内容が、変わってきていることが分かった。


 まず、リンのおじいさんが中学校に通っていた60年前は、二宮金次郎の像はまだ歩いている姿だった。このころは、二宮金次郎のオカルトは、学校の校舎や校庭を歩いたり走り回ったりするだけだった。それが、リンのお父さんが中学校にかよっていた30年前ころには、本を大声で読み、聞いた人は呪われる、という話ができている。


 それなのに、二宮金次郎の像が老朽化でひとたびなくなってしまうと、プツっとオカルトが語られなくなってしまったのだ。


 そして、いまから15年前のスズが生まれた年に、切り株に腰をおろしている姿の二宮金次郎の像が作られ、現在は大声で本を読んでいる、というオカルトが語られているのだ。


「富詩木中学校の二宮金次郎像のオカルトの移り変わりがよく分かるわ!」


 スズはこの結果をとても喜んだ。


 ただ、マイにはどうも違和感があった。リンのおじいさんも分からないと言っていた、夜に本を読むというオカルトがつけ加わった理由だ。


 オカルト研究部からの帰り道、マイはその疑問をリンに話してみた。


「二宮金次郎のオカルトで、本を大声で読むなんて話、いままで聞いたことある?」


「ううん、聞いたことないけど。でも、場所によって少しずつ話って、変わってくるんじゃないかな」


 リンは首をかしげた。


「リンちゃんのおじいさんは、どうしてそんな話ができたのか、分からないって言ってたよね。やっぱり、調べようがないのかな」


「でも、どこかにヒントがあるかもしれないよね。わたしも、富詩木中学校の二宮金次郎が昔は歩いている姿だったって知らなかったけど、家族が知っていたわけだし」


 そんなヒントが見つかればよいな、とマイは思った。




 学園祭に向けて、マイは備品を街のショッピングセンターまで買いに行くこともまかされた。スズとセンナから、買うものリストと、お金をわたされた。自分のお小遣いではなく、部活のお金を取り扱うのは、責任重大だ。いつもの買い物よりも緊張する。


 リンにつきあってもらい、バスに乗って街のショッピングセンターまで行く。


 学校帰りにバスに友達と乗ったり、部活のお金で商品を買ったりすると、なんだか大人の仲間入りをしたような気持になる。買った商品と一緒に、忘れずにレシートをもらう。このレシートを使って、部費の計算をするのだ。


 帰りのバス停の向かい側には、マイたちの通っているのとは別の中学校があった。


「中央中学校って言うんだね」


 富詩木中学校とは違う制服を着た、同年代の子が歩いているのを見ると、不思議な気持ちになる。


 中央中学校の生徒が歩いていくのを目で追っていくと、校庭の片隅に錆びついた色の像が建っているのが分かった。薪を背負いながら歩いている姿で、両手で本を広げている。


「リンちゃん、あれ、二宮金次郎の像じゃない?」


「ほんとだ。ここは、歩いている姿なんだね」


 マイは近くで見てみたい気持ちになったが、すぐに帰りのバスがやってきてしまった。


「バス、きちゃったね」


 二人はバスに乗りこんで、富詩木中学校へと戻った。




「では、オカルト研究部、学園祭にむけてがんばるぞ会議!」


 部室では、マイ、リン、センナを前にしてスズがはしゃいでいる。


「わがオカルト研究部の細かい調査により、ついに、富詩木中学校の二宮金次郎の像にまつわる、オカルトと歴史に、メスを入れることができたのであります!」


 マイとリンはアハハと笑った。


「われわれは、この貴重な歴史を、ぜひ、世に問わなければならないのであります!」


 センナが、そろそろマジメに話してくださいよ、とヤジをとばす。


 スズは、ふう、と一息入れてから、いつもの口調に戻った。


「リンちゃんのご家族の協力もあって、富詩木中学校の二宮金次郎の像は、昔は歩いている姿だったことが分かったわね。それに、夜に歩き回るというオカルトに、夜に本を大声で読んでいるってオカルトがつけ足されたってこともね」


 スズは、きちんとポイントをおさえている。


「学園祭は、二宮金次郎の像が立て替えられていたこと。そして、オカルトの内容が変化していること。この二本立てでやっていこうと思うわ。きっと、みんな知らないでしょうから、興味を持ってくれると思うの。どういう展示にするか、まとめてみるわね」


 スズは黒板いっぱいを使って、チョークで勢いよく、これまでの調査で分かったことを書きだした。時おり、チョークから飛んでくる粉のにおいも悪くない。




1.二宮金次郎の像の移り変わり


 ①戦争中に貴重な金属として軍隊にもっていかれた


 ②戦争が終わってから、歩いている姿の像が建てられた


 ③30年前、老朽化で取り壊された


 ④15年前、学校と商店街の人たちの話しあいで、座っている姿の像が作られた


 ⑤今年の地震で像が壊れた




2.二宮金次郎の像のオカルト


 ①60年前は、二宮金次郎の像は夜に歩いたり走ったりしている


 ②30年前は、夜に大声で本を読んでいて、それを聞くと呪われる話がつけ足されている


 ③老朽化で取り壊されて、像がない期間は、オカルトは語られなくなった


 ④現在は、夜に大声で本を読んでいる声を聞くと呪われる話だけが残っている




 書き終えるまで時間がかかったが、みんなは何も言わずに黒板に書き出されていく文字を見つめながら、これまでに調べたことの記憶を呼びおこしていた。


 書き終わったころ、サナエ先生がやってきた。


 サナエ先生は黒板に書かれたものを見て、何か考えているようだ。


「すごいわ。よく調べたわね。これはとても重要な情報だと思うわ。でも、みんなが知りたいことは、ほんとうにこれだけなのかしら。何か足りないところはないかしら?」


 マイは、サナエ先生が言いたいことが分かった気がした。


「あ、あの……、わたし、この二宮金次郎のオカルトが、どんどん新しくなっている理由が気になっていました。もしかして、そこが足りないところなんでしょうか?」


「そうね、マイちゃん。よく気づいたわね」


 サナエ先生がニコリとしたので、マイはうれしくなった。


「みんなが調べたのは重要な情報よ。だから、オカルトがどうしてこんなに変化したのか、その理由をもう少し調べてみない? きっと驚くようなことが、まだあると思うの」


 みんなは、うん、と一つうなずいたが、どう調べたらよいのか分からない。


「こういう時は、足でかせぐのよ」


 サナエ先生が妙なことを言うので、みんなは、きょとんとした。


「答えが何でも近くにあるなんてことはないの。みんなは、富詩木中学校の二宮金次郎の像ばかり調べているわよね」


 たしかに、調べているのは、富詩木中学校の二宮金次郎の像だけだ。


 そこで、マイは「あっ!」と思い出した。


「リンちゃん、もしかして!」


「うん、もしかして!」


 スズとセンナは、なにごとかと、二人を見ている。


「リンちゃんとショッピングセンターに備品を買いに行った時、中央中学校に二宮金次郎の像があったんです! それも、歩きながら本を読んでいる姿の像が!」


 スズとセンナは、同時に驚きの声をあげた。


「よし! じゃあ今度の休みに行ってみましょう!」


 さっそくスズが、はりきって提案した。マイとリンも、「はい!」と大きな返事をした。


 しかし、センナだけは腕組みをして、怪訝けげんな顔をしている。


「忘れたんですか? 相手の都合を考えて、きちんと何を調べるかを伝えないといけないってこと」


 みんなは、はっとして、はずかしくなった。


「まず、校長先生から、中央中学校の校長先生にたのんでもらいましょう。みんなはまず、石狩さんのおじいさんにお願いした時みたいに、校長先生に、何が目的で、どんな話を聞くのか、きちんと説明する必要があるわね」


 サナエ先生が言うと、スズは大きくうなずいた。


「それじゃあ、これからは、中央中学校の調査に向けた計画作りですね。それまでに、きちんと説明できるように、みんなでまとめましょう!」


 スズの号令に、みんなが笑顔でうなずいた。

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