第5話 疑惑

「まさかとは思うけど。男じゃ、ないよね?」


 久し振りに学生時代の友達に会いに出かける、と言った私に、貴弥さんはそんな事を聞いてきた。

 大真面目な顔をして。

 疑っている、というよりは、心配しているような顔。


「男の人は、いないよ。知ってるでしょう?私の通っていた大学、女子大だって」

「そう言えば、そうだったね」


 ようやく安心したような顔で笑い、貴弥さんは言った。


「それで、今日はどこで友達に会うの?」

「大学の近くのイタリアン。大学時代によくみんなで行ったお店なの。友達が予約してくれて」

「なんていうお店?」

「えっ?」

「僕も行ってみたいなって思って。美織の大学時代の思い出のお店、なんでしょ?」

「うん。じゃあ、今度2人で行きましょう。お店の名前は・・・・」


 お店の名前まで聞かれた時には少し戸惑ってしまったけれども、子供のような興味津々の貴弥さんの目に思わずほっこりしてしまった私は、お店の名前を告げて家を出た。



「羨ましい~!じゃあ美織、何にもしなくていいのーっ?!」

「うん・・・・でも、ちょっと寂しいよ?私、貴弥さんに何にもしてあげられないんだもの」

「はいはい、ごちそうさま」

「ちょっとっ!揶揄わないでよぉ・・・・」


 久し振りの女子会は予想以上に盛り上がり、予約の2時間なんてあっという間に経ってしまった。

 だいたい、女子会というものは、そういうものだ。

 いつだって、一度咲き始めたお喋りという花はあっという間に咲き乱れて満開になり、散ることを知らない。


「ねぇ、もうちょっといいでしょ?場所、変えよう!ほら、よく二次会に使ってたあのお店」

「いいね、行こう行こう!」


 この流れでは、「私、帰るね」なんてとても言い出せるものじゃない。

 それになにより、私だってまだまだみんなとお話していたかったから。


【少し、帰りが遅くなります。みんなも一緒なので、心配しないでください】


 そう、貴弥さんにメッセージを送り、みんなと一緒に二次会に向かった。



「でもちょっと、怖くない?美織の旦那。怖いって言うか、気味が悪いっていうか・・・・」


 元から本音で話し合える友達だったけど、だいぶお酒が入って更に本音が出て来たらしく、友達の1人がそんな事を言い始めた。


「ちょっとっ!あんた、言い方っ!」

「いいっていいって。ほんと、過保護で参っちゃうよね、あははっ」


 最初のお店からずっとノンアルコールのドリンクにしか口を付けず、シラフだったのは私ひとり。

 本当は、私もみんなと一緒に綺麗な色のカクテルなんかを飲みたいとも思ったのだけど、ちょっと前に怜ちゃんと会った時、ビールを飲んだことがやっぱり貴弥さんは少し不満だったみたいだから、今日はさすがに自重して。

 それでも、友達の言っている事が気に障ることは無かった。

 多分それは、私が心の奥底に隠し持っていた思いそのものだったからだと思う。


 怖い。気味が悪い。


 貴弥さんに対してそう感じる事が、本当は今までに何度もあった。

 けれども、貴弥さんが私に向けてくれる愛情も、確かに感じていたし、彼が私に手をあげた事も、強い口調をぶつけた事さえ、これまでただの一度も無い。


 きっと、自分は恵まれ過ぎているんだ。

 よくある「幸せ過ぎて怖い」という、あれなんだ。

 そうに違いない。

 貴弥さんみたいな、私には勿体ない程の出来過ぎた夫なんて、世界中探したってどこにも居ない。


 そう思って抑え込んできた、負の感情。


 そんな事を貴弥さんに対して思う私が、どうかしている。

 失礼にも程がある。

 おかしいのは、私の方だ。


 今までずっと、そう思ってきたのだけれど。

 少し話しただけで、私の事をよく知ってくれている友達が、まったく同じ感情を貴弥さんに対して抱いたということは。

 もしかしたらこの感情は、間違っていないのかも?

 でも、なぜ?

 貴弥さんの、なにが?


 頭の中を整理したくて、友達に尋ねようとしたちょうどその時。

 私の背中側にあるドアが開く音がした。

 そして、続いて聞こえて来た声に。


「迎えに来たよ、美織」


 私の心臓が、ドクリと音を立てた。

 そに立っていたのは、優しい笑顔を浮かべた貴弥さんだった。

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