第18話 ラミア族ベアトリーチェ・コンソリーニと春のぬくもり
名称:ベアトリーチェ・コンソリーニ
体格:全長6m(人型1.5m、蛇部分4.5m)、縦の瞳孔、白紫色の髪、ゆるい巻き毛、ママ味溢れるおっとりおっぱい、眼鏡
種族:ラミア族
年齢:27歳
備考:頭部調整師
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富裕層や長命種の館が並ぶ通称・貴族街のほど近くにその店はあった。
白を基調にしたモダンな二階建て、道に面した一階部分は小さなテラス状になっていて、木材の床が暖かな印象を与えている。
ゆったりとした広さの扉の横にはテーブルと、子供数人が座れるような布張りの大きなデッキチェアが一つ。
店名を記載した看板は見当たらず、代わりに軒下に赤青白の縞々がぐるぐる回る柱状のアレが、開店中であることを元気に主張していた。
ヘアメイクから有角種の角の手入れまで何でもこなす富裕層向けの高級店。
頭部調整師ベアトリーチェ・コンソリーニの名前のない調髪店である。
◆ー〇ー◆
春の日差しは最高に暖かい。
寒さに弱いラミア族にとっては、冬の乗り越えた後にくるこの季節はすべてにおいて最高だ。
良いよね春。
こういう日はテラスに設置してあるラミア族用のデッキチェアに体を預けながら本を読みつつダラダラするのが日課なのだが、今日のこの日だけはそれはできない。
ラインバッハ家からの予約とくれば、もう心が躍って中々寝付けなかったよ。
今まではこちらが家まで出張して髪を整えていたのだけれども、自分の足で店に来れるような年になったのか。
ヘンリーちゃんを小さい頃から知っているこの身からすると、より一層に感慨深い。
早く来ないかなあ。
予約の二時間前から店で待ってるせいで開店用の準備も何もかも終わっちゃってやることがない。
お茶の用意もしたし、手作りのクッキーもとうに焼き上げてしまった。
ラミア族の子供のように尾の先持ち上げてなんともなしに弄っていると、私の目が店に向かってくる人影を捉えた。
約束と同じで数は3人。
二人は大柄な獣人と鬼の女で、残ったもう一人は小さな背丈の黒髪の子。
そこまで認識した私は、いてもたってもいられずに店から飛び出した。
会いたかったよヘンリーちゃーん!
こっちこっちー!
ベアトお姉ちゃんはここだよー!
感情のままにいつも以上に尾を使って背を伸ばして両手をブンブンと振って自分をアピールする。
尻尾の先が持ち上がって左右に振ってしまうのを、はしたないとは分かっていても止められない。
店から飛び出してきた私を見て、即座にタチアナちゃんがヘンリーちゃんの前に出て、隣の知らない鬼人族の子が背後を警戒する。
まあそんなことはどうでもいいんだ。
ヘンリーちゃんの姿しか目に入らない。
彼はタチアナちゃんに声をかけて了承を貰ったのだろう、私に向かって小走りで駆け寄ってきた。
ヘンリーちゃんが私に!
まっすぐに駆け寄って!
うわああああ!
後でタチアナちゃんに何をされるかなんていう考えは頭から吹き飛んでいた。
私は可能な限り足を曲げると、ヘンリーちゃんに向かって両手をめいいっぱい広げる。
私の受け止め待ちの姿勢を見てヘンリーちゃんの動きが少し鈍った。
昔はこうしていたら飛び込んできてくれたのに、成長して恥ずかしさを覚えたのだろうか。
それでも私はこのポーズを崩さない。
あの子は心の優しい子で、心を許した相手にはダダ甘なサービス精神の塊だ。
だからきっと、私がこのまま不動の構えを貫けば、きっと飛び込んできてくれる。
私はヘンリーちゃんを信じている。
私の胸に飛び込んでおいで!
期待と不安が入り混じる中、ヘンリーちゃんが意を決した表情をしたのが見えた。
そして最初の速度を取り戻した彼の足が、最後の一歩を踏み切った。
勝利を確信する私の胸に彼の顔が埋まり、続いて心地良い衝撃と重みが体を打つ。
彼に痛みがない様に蛇の尾で衝撃を流して、両手でヘンリーちゃんの背中をホールド。
ヘンリーちゃんを受け止めた私は、彼を両手で抱えたままその場でくるくると回る。
この前よりも少し重くなったね!
成長期かなー!
お姉さんもっと回っちゃうぞー!
拳を握り締めて駆け寄ってくるタチアナちゃんのことは視界の端に追いやって、私は恥ずかしそうに笑うヘンリーちゃんの笑顔を目に焼き付ける。
春の暖かな日差しの中、私の最高の一日はそうして始まったのだった。
◆ー〇ー◆
いうても髪を切るだけなんですけどね。
私は大きな鏡の前で椅子に腰かけたヘンリーちゃんの後ろに立つと、彼の髪を撫でまわす。
良い肌触りだ。
毎日でも触りたい。
1日に5cmくらい髪が伸びてくれれば毎日弄れるのにね。
「いつまで触ってんだよ」
「気のせいよ」
これは触診だよタチアナちゃん。
こうやって丁寧に撫でて髪の毛ちゃんの機嫌を取ることで最高のヘアスタイルが誕生するんだ。
ヘンリーちゃんの髪はもっと撫でてと私に言っている。
「…本当か?」
「ええ」
時間がかかるからアヤメちゃんみたいにテラスのデッキチェアで休んでても良いんだよ?
体の大きなラミア族用の特注品で寝心地は私が保証するからさ。
私の背後で腕組みしてるよりもよっぽど有意義だと思うんだ。
「二人っきりになどさせるものかよ」
「…お茶でも飲む?」
「いらねえ」
薬なんて盛ったりしないのにタチアナちゃんは真面目だなあ。
ヘンリーちゃんはどうかな、良い茶葉が入ったんだよ。
「ベアトさんのお茶は美味しいから楽しみだなあ。
この前持ってきてくれたクッキーってどこで買ったの?
凄く美味しかったけど、誰に聞いても分からなかったんだ」
「実はこのベアトお姉さんの手作りクッキーでしたー!
…うふふ、驚いた?」
「お店のクッキーだと思ってた…」
「今日も作ってみたから、この後お茶をご一緒しましょうね」
「うん」
「………」
「タチアナちゃんも一緒にお茶しましょ?」
「……おう」
表のアヤメちゃんも一緒に食べましょう。
実は早起きし過ぎた所為でクッキーを焼きすぎちゃったんだ。
ぶっきらぼうに顔を背けるタチアナちゃんに目を細めて笑うと、私はヘンリーちゃんの髪から断腸の思いで手を離して腰のベルトから鋏を取り出す。
それじゃあヘアカット始めまーす。
「お客様、今日はどんな風にしましょうか?」
「…短めで」
「ヘンリーちゃんはいつもそれだね。じゃあ私の好みでカットするね」
「良い感じでお願いします」
「はいはーい」
◆ー〇ー◆
よし完璧。
いやー男の子の髪を弄って髪を洗ってお金まで貰えるんだからボロい仕事だわ。
ヘンリー君も髪をちょいちょい触りながら満足げに頷いている。
それじゃあいつものやっていくね。
「お客さん、凝ってますね~」
「あぁ~^」
「ふふ、おじさんみたい」
彼の頭を掴んでぐりぐりと指で揉む。
普人族は体が強くないからね。こうやって丁寧にメンテナンスしないと壊れちゃうよ。
一通りの頭皮のツボを刺激した私は、唾を一度飲み込むと、意を決して掌を頭から首筋へ走らせる。
これは肩と首のマッサージであって疚しい気持ちがあるわけじゃないよ。
私は鏡越しに背後のタチアナちゃんを確認する。
「……。」
「……ふん」
どうやら許されたらしい。
やったあ。
私は目を閉じて弛緩した顔のヘンリー君に改めて向き直ると、彼の体を好き勝手に弄ぶ作業に没頭した。
耳の後ろ、首筋、うなじに肩。
掌全体で抑えながら、丁寧に筋肉を解していく。
首筋は太い血管の上だけあって、彼の体温を特に感じる。
肌に触れる掌を通して私と彼の体温が混じり合う感覚。
心地良くも、蠱惑的な、いつまでも触れていたいぬくもりに私は誘い
あと呼吸が荒くなるのを止められない。
まずい興奮してきた。
「はぁ…はぁ…」
「おい」
「……ッ! な、ん、でもないよ。大丈夫大丈夫。
大丈夫だからタチアナちゃんは座ってて?」
「次はないぞ」
「はい」
あっぶね。
私としたことが我を忘れかけていたよ。
でも仕方ないんだよ。
ラミア族に首筋を晒した無防備な姿で、簡易的とはいえ肌合わせ《ref》体温を混ぜ合わせる行為。すごいえっち《/ref》みたいなことをしてたらこうもなるって。むしろ私は耐えた方だよ。
だから至近距離で威嚇するのは止めて欲しい。
さっきまで少し離れた壁際に立ってたじゃん。
音もなく距離を詰めて、気付いた時には至近距離で睨みつけられているっていうのは本当に怖いんだ。
冷水を頭からかぶったみたいに頭が冷えたよ。
いや掌は暖かいままなんですけどねふへへ。
「………」
はい。
もうしません。
だからそんなオーラを放って威嚇しないで。
もう落ち着いたから、異変を感じたアヤメちゃんもドアを開けてこちらを確認しなくても大丈夫だよ。
本当に大丈夫だから!
…。
よし、何とか誤魔化せた。
二人が獣人族に鬼人族で良かったよ。
これが鱗人族だったら最初の段階で気付かれて喧嘩になっていただろうからね。
何が優雅な朝寝だよ気取りやがって。
自分の欲望を中途半端に取り繕ったあいつ等だけは仲良くできない。
体重を預け切った愛しい相手を受け止める安楽椅子に成りたいとなぜ言い切らないんだ。
私は声も高々に言い切れるぞ。
そうして表のテラスのデッキチェアに腰かけて、微睡の中で眠りにつきたい。
そんな理想の未来予想図をつらつらと考えつつ。
疑惑の目を向けながら元の位置に戻るタチアナちゃんを鏡越しに見ながら、彼の心地良い温もりを堪能するのだった。
それとヘンリーちゃんの切った髪の毛は全部回収してタチアナちゃんに渡したよ。
エチケットだからね。
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≪TIPS≫ラミア族
下半身の蛇の体が特徴的な種族。
普段は収納されているが、口内の上顎に毒牙を隠し持っていて神経毒を打ち込むことが出来る。
ラミア族の毒腺は個体によって種類が違う。
薬学に精通し、毒腺、牙、ピット器官、ヤコプソン器官を保有するラミア族は生来の暗殺者に他ならない。
鱗や髪色が白に近いほど氏族内の序列が高いく、氏族の直系には魔眼を持って生まれるものが多い。
ラミア族は特に着用義務はないが、おしゃれ目的で魔眼封じの眼鏡を着用している。
寒さに弱いことや鱗などの特徴が鱗人族と似ているが近隣種ではない。
お互いにdisり合うような間柄だがこれは主にキャラ被りが原因。
人と蛇の境目は鼠径部からで、年1で脱皮する。
激しい行為よりスローでねっとりした行為を好む。伴侶や恋人を安楽椅子のように抱え込んで肩や首にを甘噛みしながら寝かしつけることが好きなシチュエーションNo.1。
尻尾で床を叩くのは本能的な求愛行動の一つである。
体温フェチ・キス魔の他、異性の肌を舌で舐めて味を楽しむ性癖がある。
毒牙を口内に格納している関係上、キスに特別な意味合いがあり、ディープキスは性行為以上にエッチかつ神聖なものとして扱われる。
種族的に母性とM属性が強く、伴侶の布団になりたい派と椅子になりたい派の2大派閥が鎬を削っている。
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