第17話 鼠人族タマラと推理の時間

専属メイドの仕事はヘンリー坊ちゃまに係ること全般を仕事として任される。

坊ちゃまを朝起こすのも、

坊ちゃまのお傍に付いてからもう7年、いつだってお傍で侍ってきたが、最近は離れる時間が増えてきた。

タチアナとの鍛錬の間の時間がそうだ。

そういった時間に私は坊ちゃまの部屋を訪れる。


もちろん疚しい理由ではない。

坊ちゃまの部屋の管理も私の仕事なのだ。

隅から隅まで掃除し、問題がないかをチェックする。

調度品の手入れ、部屋の掃除、筆記用具の補充、ベッドシーツの交換、すべてよし。

完璧な仕事の完了は、私の気持ちを何よりも軽くする。

あとは洗濯した服を収納するだけだ。

私は軽い鼻歌を口ずさみながらクローゼットを開けて――なんてことだ。

他のすべての引き出しを開けて確認し直すが、ない。

難度数えても1つ数が合わない。

パンツが。


坊ちゃまのパンツが消えた。


落ち着いて状況を整理しよう。

昨日の午前中、坊ちゃまがタチアナとの鍛錬中に私が確認した時の数は合っていた。

パンツが消えたのはそれから今この瞬間までということになる。

そしてラインバッハ家のセキュリティは万全であり、その中でも最もセキュリティが厳しいのがこの部屋だ。

そんな場所から坊ちゃまの私物とはいえたった一つパンツを盗みに入るだと?

外部犯というのは考え難い。


少し冷静になった私はもう一度引き出しの中の純白のパンツを確認する。

そしてすぐにそれに気付いた。

なくなったのは洗濯したものではない。

消えたのは昨日坊ちゃまが履いていたパンツだ。

洗濯前の使用済みのパンツだぞ…!

つまりは昨日から今日にかけてこの家にいた者による犯行…!


なんてことだ。

皆やりそうで犯人が分からない。

どいつもこいつも坊ちゃまに色目を向けやがって。

だが身内だからといってこの私が手心を加えると思うなよ。

絶対に見つけ出してやるからな…!



◆ー〇ー◆



というわけで個別に事情聴取を行うことにした。

今日は当主様は出かけていて帰りは遅くなってしまう以上、この家の中で動けるのは私だけだ。

パンツの窃盗の件は坊ちゃまには伏せて単独で調査を行う。

身内からパンツ泥棒が出たなんて聞いたらきっとショックを…。

パンツ程度で坊ちゃまがショックを受けるか…?

いや受けないな。

ちょっと困った顔はするかもしれないが絶対に気にはしない。

でも私が許さないから犯人は必ず見つけ出す。


まずはだいたいいつも自分の部屋に籠っているマリナからだ。


「おや、どうしたんだいタマラ。私の部屋に来るなんて珍しい。

 うん? 昨日の午前中ならタチアナに窓ガラスと論文をめちゃくちゃにされてアヤメの治療をしていたよ」

「午後はどうしてたですか?」

「ヘンリー君に講義をしてから夕食を取った後は論文を書き直していた。

 風呂とトイレ以外は部屋から出てないかな。

 今朝は朝食をとってから今まで論文の続きを書いてたよ」

「一人で?」

「一人でだとも」


動機はあってアリバイもない。

そしてマリナは卓越した魔法技術を持つむっつり魔法族だ。

うーん怪しい。

よし次だ。


「よおタマラ、どうしたんだよ。

 昨日? 昨日はタチアナに寸勁を食らった後は普通に守衛の仕事に戻ったぞ」

「マリナに治療を受けたと聴きましたが」

「治ったんだから仕事するだろ」

「そういうものですか…?」

「そうだよ」


うーん。付き合いは短いけどこの子めっちゃいい子なんだよね。

こんな仕事熱心で真面目な子がパンツを盗むか…?

まあ盗むな。

怪しい。

よし次。


「昨日は、その、アヤメに寸勁をだな…。

 あとマリナの部屋の窓と論文を…、うん…」

「その後は?」

「部屋にいたよ」

「本当に?」

「なんだよ、嘘言っても仕方ねえだろ」


お前が一番怪しいんだよタチアナ。

動機はあるし、能力もあるし、虎の獣人で嗅覚鋭いし、坊ちゃまの臭い大好きだろ。

お前じゃないだろうな。

怪しいなあ。

うーん、よし次。


「昨日は…」


怪しい。

次。


「昨日でしたら…」


お前も怪しい。

次だ。


「昨日なら…」


怪しい。

もう全員怪しい。

何なんだお前らは。

どいつもこいつもよお!

シルヴィア様とミレーヌ様に至っては前科があるしよお!

当主様以外は全員信用できないんだよ!

今日洗濯したパンツは昨日履いていたやつじゃないことは調べがついてるんだよ!

私はヘンリー坊ちゃまが今日どのパンツを履いてるか分かるんだ!

使用済みパンツを洗濯物から盗み出して、その代わりに引き出しから洗濯済みのパンツと入れ替えたんだろ!

小賢しい真似をしやがって!


まだ容疑者は一人残っているが、物理的に犯行は不可能だ。

応接間を訪れただけで、坊ちゃまの部屋にも浴室にも近づいていない外の人間だ。

もうこれ内部犯しかないだろ。

一体誰が盗んだんだ…!


「どうしたのタマラ」

「あ、坊ちゃま…」


答えが出ないまま廊下を歩いていると、曲がり角で坊ちゃまと遭遇した。

鍛錬後でシャワーを浴びたばかりなのだろう、わずかに石鹸の臭いがする。

今日も薄着でえっちですね。


「何か悩んでるでしょ」

「いえ、そんなことはないです」

「それは嘘、そういう顔してるよ」


何で坊ちゃまは分かるんだろうか。

そういう訓練もしてきたから表情や演技には自信があるのだけど。

坊ちゃまは私から視線を離さない。

坊ちゃまはこういうとき凄く頑固だから一歩も譲らないのだろう。


「昨日はショッキングな出来事がありましたから、

 あの後に会ったヴェークマン様とはどうでしたかと思いまして」


嘘は言ってない。

目の前でアヤメがゲロ撒き散らしましたからね。

ヘンリー坊ちゃまのパンツの方がショッキングなんですけども。

私は何て言えばいいんだ。


「エレンとはいつも通りだったよ。

 アヤメもすぐ元気になったし。内臓を痛めたのに凄いよね

 あ、そういえば傷んでた下着を直してもらったかな」

「はあ、傷んでいた下着を…」


下着を直して貰った…?

そういえば昨日のパンツは少しほつれていた様な…。

確かに坊ちゃまのパンツはアラクネ糸製で、製作したヴェークマン様からの贈り物だが…。

いやいや、流石の坊ちゃまでも履いていたパンツを渡すわけが。

そんなまさか。


「…もしかして昨日履いていたパンツですか?」

「そうだよ」


そのまさかだった。

つまりは、外部犯でも内部犯によるものでもなく――


「流石に恥ずかしかったけどね、洗濯して傷む前に修繕したいって言うから」


そっかあ。

坊ちゃまご自身が昼に洗濯済みのパンツと履き替えて、ヴェークマン様に手渡した。

そして履き替えた方は夜の入浴時に洗濯物に出した。

全ては坊ちゃまの手で行ったことで、洗濯物の数もいつもと同じだから洗濯係も不審に思わなかったと。

矛盾の一切ない完璧な理屈だった。

そういうことだったのかあ。

使用済みパンツ盗難事件なんて初めからなかったんだね。


私は照れくさそうに笑う坊ちゃまを見ながら、心の中で疑った皆様方に心からの謝罪をするのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――

使用済みのパンツは製作者が責任をもって修繕したよ。

ヘンリー君の下着はすべてエレンちゃんが自分の糸で作ったものなんだ。リッチだね。

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