第19話 婚活舞踏会DX 前編

ある者は人脈を求め、ある者は商談の機会を伺い、ある者は己を誇示する場として参加する。

豪華なドレスは財力の主張、身分と役職はお互いを斬り合う武器に変わり、時には純粋な武力で上下を付ける。

主な参加者は若い世代の未婚の女ども。

誰が呼んだか婚活舞踏会。

場合によっては血が流れる夜の戦場である。


暴れる規模など高が知れているし、会場のスタッフも手慣れているから死者が出たことは一度もない。

常ならば立食パーティーのまま穏やかに進むものだが、今回の舞踏会は一味違う。

なんせあのラインバッハ家の嫡子が参加するとあっては、他の参加者の気合も違うというものだ。


実際、あたしが入手した情報では、例年の数倍の数の参加希望者が殺到したらしい。

ただでさえラインバッハ家とのコネを望むものは多くいる上に、その当主の直系の子で、さらにはともなれば、その参加者の数も当然だ。

金銭欲と結婚欲に飢えた獣の前に、丁寧に調理された山盛りの熟成肉に酒と金塊も一緒に並べるようなものだ。

クラウディア様の威光があったとしても、馬鹿をやるやつはやりかねない。

そいつらの相手があたしたちの護衛組の仕事ってわけだ。


この日の為に作っていただいたバトルドレスに身を包む。

ドレスコードを満たしながらも体の各所を覆う装甲服は、見栄えと着心地と防御能力を兼ね備えたあたし専用の特注品だ。

首から指先までを黒と赤の抗呪術式インナーで覆い隠し、その上から各部位の装甲を装着する。

肩、前腕、胸の装甲部分はドワーフによる合金加工と金細工の装飾技術の粋が込められ、過酷な戦闘に耐えうる強度と芸術性を両立させている。

真っ赤なドレスの布地を彩る薔薇の刺繡はすべてが障壁術式を装填された一級品だ。

緊急時には刺繍に仕込まれた糸がほどけ、攻撃に応じて自動で障壁を展開してダメージを肩代わりする。


脚部も同様のインナーに、術式を装填した黒のブーツを履き、腰から下げたベルトには各種武装を仕込んでいる。

危険極まりないそれらをラインバッハ家の家紋の入ったスカートで覆い隠す。

腰回りを覆うコルセットもどきやブーツの踵などには隠し武器と触媒が仕込まれていて、緊急時にはそれだけで戦えるように設計されている。


これほどの重装備にもかかわらず、全体のシルエットは細く、夜会のドレスの範疇にさえ見えるのは恐ろしいというほかない。

値段については正直言うと考えたくはない。

一流のドワーフ、一流の服飾技術、一流の術式加工技術…、どれほどの技術者がこれの製作に携わったのか想像もつかない。

確実に現役時代の装備を全部足しても足りはしないだろう。


もちろんこれはあたしだけではなく、参加するアヤメにも支給されている。

あたしの服と違い、アヤメのバトルドレスはやや重厚な作りになっている。

ドレスの製作にあたって、アヤメの多少の被弾を想定した戦い方を落とし込んで作ってあるのだ。

その点あたしのドレスは回避を前提にしているだけあって、スカートに腰から大きくスリットが入ったり背中の装甲を全部オミットして赤いインナーがむき出しだったりしているのが大きな違いだ。

身に纏って軽く動かした感じ、スカートのスリット部分がうまく機能していて上段回し蹴りや開脚に問題はなかった。

スカートで隠したベルトは見えないまま、スリット部分から蹴り足が覗くのは、やはりあたしの身体データが正確に反映されているからだろう。


当然ながらバトルドレスに見合った武装も用意されている。

片手剣なのはいつもと変わらないが、柄から鞘の細かな装飾は儀礼目的のようにすら思える荘厳さで、中身がドワーフが鍛えた刃が眠っているとは思えない作りだった。

それをあたしとアヤメは一振り腰に佩く。


装備がすべて終わったら、お互い向き合ってダブルチェックだ。

武器はちゃんと隠れているか、ドレスの着方に問題はないか声に出して確認していく。

なにせ相手をするのはクソほど金持ってる連中だ。少しでも相手に付け入るスキを与えたくはない。


単純な戦闘以外にも、そういった戦いもあることをあたしは知っている。

そういうのが得意な坊の姉のシルヴィア様やミレーヌ様は今回は同行なされない。

当初は参加を切望していたものの、どうしても仕事の都合がつかなかったらしく、「ヘンリーちゃんをお願いね」と泣きながら最新式の非殺傷の各種武装をあたしたちに支給してくれた。

そんな姉様方の代行として参加するのが魔法族マリナだ。

あたし達2人は坊の護衛という立場だが、マリナはラインバッハ家のエルフの嫡子の代行だ。

主に参加者の対応するのは彼女に任せることになる。

学会でそういった手合いとの弁舌に長けた彼女がいて心強い限りだ。

あたしらでは売り言葉に買い言葉で早々に殴り合いに発展しかねないからな。

マリナの格好はいつも目にするものローブなのだが、「ドレス用のローブだからこれでいい」とのことだ。

いつものローブとの違いがまるでわからねえ。


「服装乱れなし」

「こっちもなし」

「ベルト各種武装の固定よし」

「少しスカートがずれてないか?」

「いやこれで良いんだ。ここにスリットが来るようになってんだよ」

「各種固定問題なし」

「随分と重装部だが重くはないのか?」

「意外とそうでもねえんだよ。重量が分散するように設計してあるんだってよ」

「へー、うわ、スカートの下の武装えっぐいなこれ。

 最新式の鎮圧装備じゃないか」

「ピンを抜いて投げれば良いらしい」

「3秒で破裂するらしいっすね」

「場合によっては手で2秒くらい保持してから投げつけた方が良いかもしれねえな」

「あー、確かに」


お互いのチェックが済んでしばらくすると、ヘンリー坊も着替えを完了して合流した。


坊の衣装は黒がメインのスーツベストだ。

最近成長著しい坊の体を包むのは黒のタイトなシャツ、ワンポイントとしてて手首をぐるりと一周する刺繍が彫られている。

その上からはグレーのスーツベストで、ラインバッハ家の家紋が赤で刺繍されていて、けっして地味な印象は与えない。

露出を抑え、しかしやや大人な装いをした彼の姿は、いつもの坊を見慣れているあたしの目にもとても魅力的に見えた。

衣装のアイデアを募っている時に半ズボンを主張したのだが、今回はあたしの希望は反映されなかったようだ。

…いかん、見惚れている場合ではなかった。

あたしは少しわざとらしく咳払いをすると、マリナとアヤメの目を覚まさせる。

恥じ入ることはない。あたしも半ズボンだったら危なかったよ。


「良く似合ってるよ坊」

「え、ええ、凄く似合ってるっす」

「まるで紳士のような立派な出で立ちだよ」

「ふふ、そんなに褒められると照れるね。

 タチアナさんもアヤメも、すごい似合ってるよ。

 まるで騎士みたいで格好いい」

「あれ、その格好いいに私が入っていないんだが?」

「いや、だっていつもと変わんないし…」

「いやいやこれはれっきとしたドレス用のローブだからね。嘘じゃないよ?」

「うーん…」

「魔法族の伝統衣装をいつも着ている弊害か…!」


坊もこの間の散髪で短くした髪を上にあげてるから、いつもよりも大人の印象を受ける。

そんな坊に褒められると、あれだな。妙にドキドキしてくるな。

私だけじゃない、坊も含めた4人とも全員が若干浮ついている。

いかんぞ、この先は一種の戦場なんだ。気を引き締めねば。


「分かっていると思うが、これから舞踏会の会場に向かう。

 あたし達の仕事は護衛だ。いつもしていることだが、今回は貴賓相手だからな、そこら辺の配慮をした対応が求められる。

「配慮っていうとどんなやつっすか」

「こちらからは手を出すな。相手に先に殴らせろ」

「うっす」

「来賓の主な対応はマリナに一任する。

 が来たらすぐにあたし等に流してくれていい」

「分かっているとも」

「ヘンリー坊にして欲しいことは、引かないことだ。

 今回の舞踏会は全員が坊を目当てで集まっていると考えても良い。

 女どもの視線を一心に集めることになるが、狼狽えたりしないで腹を据えて臨んで欲しい。

 あいてがどんな数であってもあたしたちで抑えるから、マリナと2人で1人を対応してくれ。

 顔や名前を覚えるのは追々でも構わない。きっと数が多くて全員覚えるのは無理だろう。

 ……出来そうか?」

「やれるよ。

 大丈夫、みんなが付いてるんだから楽勝だって」

「本当かあ?」

「出来なかったら、そうだね、罰ゲームとして今度何か奢るよ」

「よーし、じゃあラーメンでも奢って貰おうじゃねえか。

 2人ともそれで良いか?」

「いいとも」

「美味いラーメン屋知ってるんで、行くならそこに行きましょう」

「よしよし。…おっ、ちょうど馬車の用意もできたみたいだ。

 行こうか、坊」


屋敷の前に止まった派手に豪華な馬車に、あたし達4人は乗り込んだ。

距離はさほど離れてはいない。

場所は同じ貴族街の一角の邸宅だ。

こういった夜会を開催するためにお互いの家が金を出し合って運営・維持管理をしている共用施設だ。

既に舞踏会は始まっていくらか時間が経っている頃合いだ。

もちろん夜会の時間よりも少し遅れて到着したのは当然意味がある。

事前に参加者のリストは入手したが、こういう会場では長命貴種どもが飛び入り参加しかねないから、受付でそれを確認することが一つ。

二つ目は後から入場して入り口に近い場所に陣取ることで、不測の事態が起きた場合に真っ先に坊を連れて離脱するためだ。


幸いなことに飛び入り参加はいないようだった。

あたしたちは連れ立って廊下を歩き、会場への扉の前に立ち止まる。

過去の経験から大幅な改造が施された大広間は、中で魔術戦闘が発生しても破損しないだけの強度を保有している。

当然の措置として防音処理もされている為、この中の喧騒は外に出ることはない。


いいか、この先は戦場だと思えよ。

あたしは坊たちの顔を順番に見て、最後の簡易ミーティングをする。


「何かあった場合は、例外なく坊を最優先とする。

 相手に先に殴らせてから殴れ。

 だがラインバッハ家が侮辱されたのなら例外として即殴ってよし。相手が何であれ容赦はするな。

 命を大事に。

 以上だ」


行くぞ

あたしは小さな声でそう言うと、先頭に立って扉を開いた。


大広場には天井から下がっていたのだろう大きなシャンデリアが、1つに数を減らして部屋を照らしていた。

残った二つは床に落下し無惨な破片となって部屋に散らばっている。

内部で魔術戦が勃発したのだろう、壁や天井、床にはその爪痕がいくつも刻まれており、テーブルや椅子は例外なく折れるかひっくり返されていて、夥しい量の食器や料理、酒瓶が床に散乱している。

そしてそれらと同様に、舞踏会参加者たちも例外なく、おそらく全員が呻きながら床に転がっていた。


床に転がった参加者たちは、大広間内に散った何人ものスタッフよってその場で応急処置を受けたり、別の場所に担架で移動されたりという処置がとられていて、

スタッフの行動は実に機敏で洗練されていて、何度も繰り返した結果手慣れたことを伺い知れた動きだった。

ぐちゃぐちゃに荒れた舞踏会の会場と倒れ伏した参加者たち、それを介抱するスタッフたちだけがそこにあるすべてだった。


「ねえ、ここで何が起きたの?」


背後からヘンリー坊が訊いてきた。

何が起きたかなんて一目瞭然だ。

ちょっと迷った私は、少し考えて口を開いた。


「大乱闘だよ」


婚活女が血迷った結果だ。

まあよくあるやつだな。

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