第15話 虎人族タチアナと戦場秘話

今回はセクハラはないんだ許せサスケ。

おねショタが見たかったら読み飛ばして問題ないよ。

ヘンリーママとタチアナちゃんの凄いところを描写したかっただけなんだ。

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今から1年半程度前のこと。

あたしが戦場で剣を振り回し、未熟な力と理に酔って過信していた時の話だ。


当時はまだ傭兵だったあたしは、ギルドの発令した一級戦術発令大規模クエストに参加した。

国境付近で発生した正体不明の反乱と思われる何かを鎮圧するのがクエスト内容だった。

国の目が届きにくい国境付近で勢力を拡大した犯罪者くずれが、調子に乗ってあーだこーだというよくある奴だと思ったんだ。

あたしの他にも報奨金目当てに腕自慢が振るって参加したわけだが、蓋を開けてみれば相手は盗賊どころかトチ狂った特級死霊術師で、どこから仕入れたのかアホみたいな量の死霊の群れを率いて暴れまわってる戦場に碌な情報もないまま突っ込む羽目になったわけだ。


あ? 斥侯は出したのかって?

出したに決まってんだろ、先手必勝が戦場の基本だぞ。

それでもそこそこ見晴らしの利く平原のど真ん中で不意の遭遇エンカウントしたのさ。

聞いて驚けよ、連中な、操った死体で地中を掘り進んで作ったトンネルで進軍してたのさ。

地中のわずかな振動に気付いたのは、流石は凄腕の斥侯ってことだな。

そんで魔術使える奴らで試しに地面を割ってみたら、空いた穴から死体が次から次へとワラワラ湧いてきた。

おそらくは国境から平原を抜けた先で国を強襲する算段だったんだろうな。

平原の先にはいくつも村があったから、胸糞悪い話だがそこで材料を補充するつもりでもあったんだろう。

ところが想定よりも早くあたしたちが感づいたものだからその算段が狂ったわけだ。

流石にいくつも村や街を平らげた死霊の群れともなれば、それはもう区分としては戦争の類だ。

発令等級も特級レベルになっていただろう。

こうして「クラウド平原の死霊反乱」の戦端は開いたのさ。



◆―〇―◆



生者ならとうに動けなくなる損壊も、動死体は許容したまま戦闘が可能だ。

地中から出現して最初は面を食らった醜悪な死体も、結局のところは数が多くて殺し難いだけだ。

出現ポイントはまちまちだが、最初に開けた穴から差ほどの距離は離れていない。

効率優先で真っすぐに一本のトンネルを掘っていたのだろう。

多少の横道を増やしたところで、その先頭を叩いた以上は死体がやって来るのは前方の一方向だけだ。

もしも地中の穴を蜘蛛の巣のように張り巡らされていたら、タチアナたちは今頃は為す術もなく敗走していた。

足止めと時間稼ぎの間に構築した大規模魔術で戦線を強引に整理した結果、多少の余裕とともに援軍が到着するまでの戦線を維持できていた。


その膠着状態に、一体の異形の動死体が地面を割って出現した。

ぱっと見ではアラクネ族のような形の身の丈は6mを超えたそれは、歪な6本の足で巨体を支え、人型の胴体からは太い腕と細い腕が2本ずつ生えていた。


土埃が晴れるにつれて、その醜悪さがより詳細に浮き彫りになった。

手足や胴体はいくつもの死体を混ぜ合わせて出来ていて、頭髪のない頭は2つ前後を向き、視野角を増やす為か胴体のいたるところに瞼のない眼球が捻じ込まれていた。


悍ましい死霊術師の隠し玉である特級改造屍体。

戦場を蹂躙する暴力と冒涜の化身。

それと相対したことでタチアナの名はこの国に轟いたのだ。


◆―〇―◆


伸ばされる手、手、手。

指が数本欠けた腐りかけのそれらを切り払い、続く2撃目で首を刎ねる。


視界を埋める死体の群れに優先順位を振り分け、危険な準から処理していく。

乱撃に思える片刃の剣は、しかし精緻な技量で以て刃筋を通す。

絶え間なく襲い来る死体の波を相手取りながら、それでもタチアナの意識の大半は特級改造屍体を向いていた。


視線だ。

意識を移したか、それとも自身を改造したのかは判断できないが、アレの中の死霊術師から認識されている。

目を付けられた以上、アレはタチアナがを狙い、逃げれば追ってくるだろう。

ならばやることは一つだ。


呼息に高音域の音を混ぜる。

獣人族なら聞き取れる念話を用いない符丁音。

含んだ意味は露払い。


返答の符丁音に合わせて、背後からの魔術援護で眼前の群れが吹き飛んだ。

そうして出来た道をタチアナは駆ける。


重心を体より前面に押し出した無拍子に酷似した挙動。

呼吸を練り、気力を巡らせ、殺意を研ぎ澄ます。

そして相手の殺意に即応する。


特級改造屍体の突き出した太い前腕が、何の前触れもなく伸びる。

体組織を変化させた爆発的な膨張によって遠い間合いを食いつぶした重撃は、しかしタチアナを捕らえられない。


地面を舐めるように伸びる異形の腕のさらに下。

這うような低さでタチアナは地を滑る。


駆動する肉体を余すことなく認識し、術理に感覚で捉えて身を浸す。

運動のベクトルを掌握し、疾走する速度はそのままに、剣を掴んだ右腕を除く3本の手足で大地を掴んで跳ねる。

続く2本目の前腕を避けたタチアナの死角で、糸がほどけるように太い腕の表面から人間大の腕が無数に伸びるが、それすらも背面への一刀で切り払う。


風を掴んだ鳥のように、あるいは風そのものの如く。

タチアナは荒れ狂う殺意を潜り抜けて、今度は逆に異形の間合いを食いつぶした。

今更のように展開される苛烈な防衛術式レーザーも、生者を腐食させる無数の手足も、無数に見開いた眼球があろうとも、もはや嵐となった彼女を抑えられない。


四ツ腕を断ち、六足と無数の眼球を刻んだタチアナは、双頭の頸を刎ね飛ばして特級改造屍体を滅ぼした。

つるぎの権威で以て特級魔術を超越したのだ。

屍山血河のただ中で、しかしその体に腐食の痕はなく。

それこそ我が身に触れることすら許さぬ【傷なし】の証明。

クラウド平原の死霊反乱を終結させたタチアナの異名の幕明であった。


◆―〇―◆


……とまあ、上手いこと攻撃を食らうことなく特級改造屍体を退けたのさ。

改造屍体は生体を腐らせる腐食術式をデフォで備えてる奴も多いから戦場で相手するときは注意するんだぞ。

腐った血が体を回るとあっさり死ぬからな。


そんでまあ戦場で一番働いたってことで、対死霊術師として編成した援軍を率いてきたクラウディア様に褒賞を頂いた。

褒賞金の他に欲しいものはないかって訊かれたから、あたしはあの方との一騎打ちを望んだのさ。


…そんな顔すんなよ。

あたしだってバカなことしたとは思ってるよ、後悔はしていないけどな。

あの時は強敵との戦闘の高揚感が抜けてなかったから調子に乗ってたんだ。

あたしの剣は、つるぎの権威は如何なる相手であろうとも通用すると本気で思ってたのさ。


◆―〇―◆


クエストの後始末を終えた直後の興奮冷めやらぬ空気の中、タチアナとクラウディアは一足一刀の間合いで対峙する。

片刃長剣のタチアナに対して、クラウディアは無手。

武装の有無の差は明らかで、しかし【竜角砕き】のクラウディアが開いていた手で拳を作ったことで空気が一変する。

戦意に呼応して解放された魔力が、物理的な圧力を伴って肌を焼く。


体格はタチアナとほぼ同じ。

だというのに特級改造屍体をはるかに超える気配の圧。

それに正面から相対してなお、タチアナは剣を構えた。


水平正眼。

前に伸ばした両手の構え。

間合いを惑わす幻惑の構えに反して、タチアナは即座に間合いを詰める。

虚実と先手必勝が戦場の常だ。


間合いを侵す剣先をクラウディアの左裏手が横から叩く。

予想以上の理外の膂力に、しかし突き出す剣先は揺らがない。

柄を腕ごと掴む握りの秘技。


弾けぬ剣先にクラウディアの左手が絡みつく。

無手による下方への巻き落とし。

地面に引き落とす剣先の荷重に合わせて、今度はタチアナの剣がクラウディアの左手に絡みつく。

剣による返しの巻き落とし。

両者の体は下方に落ちる。


地面へ向かう力をそのままにタチアナは剣先を上へ跳ね上げる。

手首を用いた瞬きの秘剣。

狙いは顔。

だが未だに絡みつく左手がそれを許さない。

逸れた剣先はクラウディアの顔の横を抜け――しかしそれも布石。


本命は首の引き斬り。

下方への力の流れをも利用した必殺の剣。

鮮やかな軌跡を描いた刃がクラウディアの白い首筋を捉えた。


肌に触れ、万力の力を込めた刃はしかし、静止したまま動かない。

正体はクラウディアの左手。

剣の柄を掴んだ左腕が、圧倒的な膂力で以て力学を無視した不動を強制していた。


剣を抑えられて死に体のタチアナに、クラウディアの右腕が伸びる。

タチアナの腹部にふわりと触れる右拳。

下方に落ちる力を踏み足と合わせて地面に叩きつけ、跳ね返る衝撃を勁力として増幅。

勁を練り上げ、勁を束ねて、己を透して勁を捻じ込む寸打の極意。

即ち寸勁。


壮絶な轟音と共にタチアナが背後に吹き飛んだ。

背を丸め、まるで弾丸のような速度で宙を飛んだタチアナとは対照的にクラウディアは残心したまま不動。

クラウディアの踏み足は足首まで地面に埋まり、陥没を中心に放射状に走る深い亀裂がその暴力的な威力を余すことなく物語っていた。

凡そ人体が受ければ致命を免れない一撃。

見物していた野次馬の中から飛び出した治癒術師が血相を変えて駆け寄ろうとして、その足が不意に止まる。


土埃の晴れた先で、足から着地したタチアナが、膝をついた姿でクラウディアを見据えていた。

あれほどの一撃を無防備に喰らってなお、その身に目立った外傷はない。

土汚れ一つすらなく、タチアナは無傷のその身をさらしていた。


クラウディアに手心はなかった。

正しく十全の威力で放った寸勁は、しかし打ち込む寸前で流された。

クラウディアの足元の

剣を手放したタチアナが大地を蹴って後方に逃れた痕跡。


相手の武器を奪い地に2本の足で立つクラウディアと、武器を手放して片膝をついたタチアナ。

お互い無傷であっても立会いの勝敗が決した瞬間であり、タチアナの【傷なし】の異名が不動のものとなった瞬間でもあった。


◆―〇―◆


「――とまあこんな感じで喧嘩売っておきながらボロ負けしたわけよ」

「ボロ負けって、怪我してなかったんでしょ?」

「いいか坊、剣士が自分で剣を手放した時点で負けなんだよ」

「……そうなの?」

「俺には分かんねえっす」

「そういうもんなんだよ」


ヘンリー坊とアヤメとあたしの三人で車座でなっての雑談だ。

長命種と喧嘩するもんじゃねえってマジで。

あの時は調子に乗りまくってたからなあ。

まあでも後悔はしてねえよ。

あの時に馬鹿な真似をしたからこそ、ヘンリー坊との今があるわけだからな。

良い選択したぜ過去のあたし。


「その寸勁?ってのはどういうやつなんだよ、原理が良く分からん」

「単純な筋力以外の力を体内で上手いこと操作してだな」

「口で言われても良く分かんねえな…。

 なあ、実際に見せてくれよ。俺に打っても良いから」

「どうすっかな…」

「なあタチアナ。頼むよ」


うーん。

原理は体感したからなんとなく分かってんだけど、人に使ったことないんだよなあ。

まあ鬼人族は頑丈だから大丈夫か。

何かあっても治癒魔術が使えるマリナもいるし。

お、坊も乗り気じゃねえか。

これは格好良いとこ見せねえとな!


「よし、じゃあ首筋に剣を当てられた状態から当時の動きを再現するぞ。

 お前があたし役な」

「押忍!」

「多分めちゃくちゃ痛いぞ」

「っしゃあこいや!」


あたしは気合十分なアヤメの腹筋に拳を添える。

3つ数えたらいくからな。

マジで全身に力を籠めろよ。

ヘンリー坊なんて齧り付きで見てるじゃねえか。

よっしゃいくぞ。

1、2の、オラァ!。


震脚。

踏み足を通して跳ね返ってくる衝撃を己を透して勁と成す。

足を通し、腰で増幅し、束ねたそれを拳で相手に捻じ込むこれは、あの日のクラウディア様の一撃の再現。

この身で受けて会得した運体操作の極致の一つ。

即ち寸勁。


「……どうだ?」

「………」

「おい、アヤメ、大丈夫か?

 アヤメ?」

「うぐぇ」


アヤメは吐しゃ物をまき散らして、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

あ、これやべえやつだ。

意識も飛んでるわ。


「マリナ! マリナ助けてくれぇ! 急患だ!!」

「か、回復体位、回復体位!」

「坊はアヤメを見ててくれ!

 あたしはマリナを呼んでくる!」


マリナー! 助けてくれー!!

あたしはマリナの部屋に向かって全速力で駆け出した。

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