第2話

「かんぱーい!」


男女入り混じる声がお店に響き渡る。

英語サークルなんていう、

不思議なサークルに入っていた大学時代。

海外の人の日本観光をサポートする

所謂、ボランティア団体で、

学生ながらに生の英語に触れられるということで

そこそこに人気のあるサークルだった。

彼女もまた、

海外留学をしたいと希望してたから

このサークルを選んだそうだ。


そんなボランティア団体であるが故なのか

メンバーは基本的にコミュニケーションを取るのが

彼女も含めて上手い人ばかりだった。

そんな中、僕はというとそれほど得意な人間でもなかった。

サークルを通して

英語も、コミュニケーションも

上手くなれればなって。


サークル参加初日のそんな僕に

少し高く弾むような声で

さわやかに話かけてくれたのが彼女だった。

太陽の様に明るくまぶしい笑顔で話をする彼女。

誰とでも、誰隔てなく

どんな会話でも心を躍らせて楽しむ彼女に

当時の僕の視線と心は

簡単に奪われていった。


 


「黒江君っ」

弾んだ声が僕に向けられた。


「元気してたかなっ?」

変わらず太陽の様に明るい笑顔に

一瞬心を奪われて、声が詰まる。


それを悟られまいと、

やっとの思いで息を吸い込んだ。


「あぁ、元気だよ。見ての通り。白築は元気してた?」

少し声がうわずりそうだったけれど、

なんとか持ちこたえた。


「うん、そりゃあもう元気だったよ。でも、皆に会いたかったー、何だか日々に疲れてたからねー」

元気な声で話す彼女の表情は少しだけ疲れて見える。


つらつらとお互いの近況を話した。

彼女は大学を卒業した後、海外留学したこと。

そのまま海外で仕事を見つけてしばらく暮らしていたこと。

この冬に人間関係に悩んで仕事を辞めたこと。

そして日本に帰ってきたこと。


大学卒業したあと、

普通に日本で就職して

それなりに仕事を頑張って

何となく生きていた自分と比べると

とても耀いて見えた。

少しだけ

恥ずかしい

そんな思いを抱いた。


「そうやってしっかり一つの仕事を続けて頑張れるのって、本当にすごいと思うんだ、私」

そんな僕を見透かしたかの様に彼女は言う。


「ほら、私は人間関係で悩んで、結局逃げて来てしまった。黒江君もきっとあったと思うの、人間関係に悩むことが。」

彼女の手に持つハイボールの氷が

カランと音を立てる。


「それをきちんと、乗り越えて。本当にすごいことだよ。日本で仕事することが地味に感じるかもしれない。けれど、大切なのはその中身だと思うの。」

かゆくて手の届かないところに

ピンポイントで言葉を投げ込んでくる。

本当に素敵な人だ。


ふと気付くと、

彼女の横顔は遠くを見ている。


「本気で人と向き合える心。私には足りなかったなー」

彼女は腕を前に出して

んー

っと体を伸ばす。


「ねえっ」

彼女の綺麗な瞳が

まっすぐに僕に向けられた。

まわりはサークルの連中がガヤガヤしていて

結構に店内をうるさく賑わせていた。

彼女が不意に顔を近づけてくる。

体が反応できず硬直するのを感じた。


「この後、少し時間あるかな?」

言葉の意味を理解するまでに時間がかかる。

そもそも

それを言うために耳元に近づいてきたことを

理解するのに時間がかかった。


顔を離した彼女が、

僕の目の前で首を少しかしげている。


「あ・・・うん、大丈夫」

焦る手をどうにか操り

スマホのディスプレイをONにして、

時間を確認しながら

返事をした。

この時のスマホ画面が示す時間なんて

全く覚えていなかったけれど、

目の前の彼女の満面の笑みは目に焼き付いていた。


 


その後、

僕と彼女は同じ電車の方向だったこともあって、

自然と皆と別れることに成功した。


さて

どこで飲み直そうかと

電車に揺られていたら

隣から少し色っぽくなった

彼女の声が聞こえた。


「私の家、近くだからそこでもいいかな?」

もう何の会話だったのか、

その前後に何を話していたのか

全てが吹けとんだ。

頭のCPUがぶん回っていたけれど、

その計算処理はほとんどが意味もなく

ただ空回っている。


「え、あ、うん。白築が良いなら、良いけど。」

正直、

自分がどんな顔で返事したのか

全く覚えていない。

変な顔になってなかっただろうか?

イヤな冷や汗を感じる間もなく、


「うん、良いに決まってるじゃん」

ぱっと花が咲くような笑顔に

それ以上

冷や汗を感じる必要は無いなと思えた。

今はこの

彼女の暖かい笑顔に

ただただ浸りたいと

考えることをやめた。


「あー、でも変なことしちゃだめだよっ」

いたずらに笑う

彼女。


「まあ、そんなことしないと思うけど」

気持ちの良い笑顔でしれっと釘を差し込む

そんなしたたかな彼女に

沸々と

昔の淡い想いが蘇っていくのを

無意識ながらに感じた。


ふと

電車に揺れる彼女の手が目にはいる。

その右手の薬指には

綺麗な

僕の知らない指輪が

キラキラと光輝いていた。

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