第8話 自家薬籠

 ある日の〈老健カルモナ〉診察室。

「ふらつきやすい」とか「食欲がない」とか(入所する姑の脇で)嫁は訴える。

 持参した薬袋には十九種類も!


 こんな状況は大概、複数の医療施設へ通院していた方に多い。

「大切な薬なのでキチンと飲むように」と、それぞれの医師から説明されたのだろう。


 お嫁さんは医師の指示をキチンと守り……結果は〈多剤併用〉である。


 持参薬のなかには(飲み始めた時期も理由も不明で)前医の処方を代々の医師が引き継いだと思われるものまである。


 世間で言う「薬の副作用」を、医学用語では『薬物有害事象』と称する。

「この薬物有害事象が、七十五歳以上の高齢者では(六十歳代までの1.5~2.0倍に)増える」と教科書にある。

「服薬数が六種類以上の場合、さらに薬物有害事象は増加する」とも。


 高齢者には、薬の減量も重要である。

 薬物代謝機能の面から見ても、高齢者にとって成人量は多すぎる。

「若いころから飲み続けてきた薬だから大丈夫」という思い込みに気を付けたい。

〇副作用! 十九種もの持参薬「医は算術」と吾は引き算


 高齢者には〈非薬物療法〉を工夫することも大切である。

 その点をバランスよくできるのが老健施設だと自負する。


 入所して一か月も経つ頃、姑に面会してきたお嫁さんは驚いて言う。

「ずいぶん元気になってぇ」と。

「持参薬を休んだだけですよ」と、医師たるものが得意顔で答えてはいけない。


 薬に対する高齢者の思いを考慮すること、処方した前医へ配慮すること……これらが地域連携の潤滑油なのだ。

 「自家薬籠のモノ」とは、含蓄に富む表現だと思う。

 自分の薬籠にある薬を知り抜き、適当な匙加減もできる。

 ……と、爺医は(文字どおりに)解釈したい。


(20200601)

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