第11話 マスク買わなきゃ

 放っておけばいつかやめるだろうと思われていたイジメは、ついに直接的な暴力に発展した。

 一人の小太りなガキを中心に、数人でタツヤを取り囲んでいる。

「お前、うぜえんだよ!普段なんも喋んねえくせに一人になるとボソボソ気持ち悪りぃ!ミステリアス気取りかよ!文句あんなら直接言えや!」


 拳が飛んでくると同時に、視界は暗くなり鼻に痛みが走る。殴られたのだ。

『やっぱやり返そうぜタツヤ!俺も痛いんだが』

「いや、いい」

「は?お前舐めてんの?」

 しまった。

 視界が歪むほどまで殴られる。こいつら。

『タツヤ!内臓は守れよ!普段教えている通りにだ!』

 痛みは腕だけに蓄積されていった。タツヤは見事にガードしていたのだ。

 やがていつまでも倒れないタツヤを不気味に思ったのか、ガキどもは舌打ちをして出ていった。


『よく耐えたな!大丈夫か』

「なんとかね。守りも教えてもらってなきゃやばかった」

『なんで最初の1発食らった?』

「それで引くかなって。あーあ、マスク買わなきゃ」


 確かにガキどもにも腹が立った。でもそれ以上にイジメに気づいているであろうタナカがなにもしないのを見ていると、心に埃が溜まっていくような感覚になった。そしてなにもできない自分にも。

 下校のチャイムが鳴る。


 あんなことがあったにも関わらず、タツヤは今日もいつも通りに花を買いに来ていた。

「今日はなんの花がいいかな。とびっきり綺麗なもの選ばないとなあ」

『ああ、そうだな』


 昼間のガキどもの発言が気になる。

 一人でボソボソ気持ち悪い、か。それにタツヤは俺に返事をしたためにリンチにあってしまった。俺がタツヤの中にいては人生を狂わしてしまうのではないか。そんな気がしてならない。


「今日もありがとうねえ」

「いえいえ、いつも素敵なお花ありがとうございます」

 タツヤはいつものように花屋のおばさんにお礼を伝えると、病院に足を向ける。


「おい」

 だがその途中、妙に苛立つ声にタツヤは振り返った。あのガキどもだ。

 急いでマスクをしまって、

「なに」

「お前、いっつも花買ってんだってな。マジで気持ち悪いんだよ。なに?お前の母ちゃん死にそうなの?」

「そういうわけじゃないけど」

『備えろ、タツヤ』

「そういうところがムカつくんだよ!」


 また拳が飛んでくる。それを自然に手で流す。

「避けてんじゃねえよ」

 今度は四方から殴りかかられる。だがタツヤは正面以外の殴られるところを自分で痛みの少ないところで調整していた。だが。

『おいタツヤ、なにやってるんだ』


 昼とは違い、小太りのガキからの攻撃が左手だけに溜まっていった。

 そうか、こいつ。花を。


 間髪入れずにやってくる攻撃に、とうとう耐えられずに1発、また鼻に入った。

 タツヤはよろめく。だがすぐにバランスを戻してなんでもない顔をして見せた。


 小太りのガキはまた舌打ちをする。撤退の合図だ。今回もタツヤは乗り切ってみせたのだ。

『すごいな、お前』

 だが反転しそうになったそのガキはタツヤの花に気づく。足を止め、ずんずんと向かってきた。

「汚ねえんだよこの花ァ!」

 タツヤがしっかり握っていた花をむしり取ると、地面に叩きつけ、靴の裏でぐりぐりと汚していく。


「は...?」


『おいタツヤ、落ち着け』

 本来なら俺は止めない。やり返せばいいと思っているくらいだ。でもこの時ばかりはまずいと思った。タツヤの顔から一瞬にして血の気が引くのが分かったからだ。


「は?お前なにやってんの..?それにさっきなんて言った?」

 やばい。本当に。これはまずい。

『タツヤ!止まれ!』


 後ずさる小太りの子供を前に、タツヤは問答無用で近づいていく。買った花を踏みそうになると、一歩大きく跨いでいく。


「な、なんだよ!汚ねえんだからいいだろ!」

「そう..」

『やめろ!タツヤ!』


 こちらがその事実に気づくよりも先に、タツヤは殴っていた。相手が倒れ込んでも、何度も、何度も。

「もともと汚いんだからいくら汚したっていいよね」

「もう、やめでぇ」

「お前がそう言ったんだろうが!」

 周りにいた取り巻きはすでに散り散りになって逃げていた。タツヤは殴り続ける。


 やがてそいつの顔が顔と認識できなくなると、タツヤは花をそっと拾い上げ、花屋の方向へ戻っていく。

『タツヤ..』

「マスクは..無事だな。はあ、また綺麗な花を買わないと。大丈夫。これはぼくが責任持って育てる。綺麗にしてみせる」

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