第10話 デュクシ

 子供全体にタツヤほどの教育が行き届いているのかと思ったが、間違いだったようだ。

「ウェーイ、達也のパンツぅー!バイキンだらけだきたな〜い!デュクシ!デュクシ!」


 実に低脳なイジメだった。それはタツヤも分かっているようで、ズボンを下ろされても相手にしていない。

 初めは筋肉のついたタツヤを見て遠目から悪口を言っているだけだったが、無視を続けるせいで調子に乗ったのか次第に頻度と規模を増していた。


『やり返さなくていいのか、タツヤ』

「別に、そうすれば早いけどすぐに他のターゲット見つけるでしょ。おかげさまでぼくなら平気だから」


 たが、精神的には削れる。そんなタツヤを支えているのが放課後の病院、ミコトの存在だった。

 タツヤは図書室で俺の調べごとに付き合った後、毎日一片の花を買い、もしくは摘んでミコトの病室に飾る。

 ミコトも言葉通り花を大切にしているようで、ひと月前の花まで元気に咲いたまま、今では花瓶の中で大きな束になっていた。


「もうそろそろ新しい花瓶買わないといけなくなりそうですね」

「ごめん、迷惑ならやめるよ」

「もう、迷惑だなんて一言も言っていないのに。ふふ、明日も楽しみにしてますね」


 ミコトも変わったことがある。服が可愛らしくなった。相変わらずのボーイッシュな服も着るが、最近はフリフリの付いた緑のワンピースだったり、色を組み合わせてうまく着こなしたりなど、以前よりもファッションに気を使っている。11歳なのに。


 花を飾った後は馴染みの中庭を歩く。タツヤが退院する頃は桜というピンクの花が綺麗だった。

 今は緑に帰って普通の木になってしまったが。


「学校、どうですか?」

「まあまあ、かな。でもちょっと勉強の面に関しては物足りない」


 この時のタツヤは軽く微笑んでいただろうが、俺には分かった。

『お前、嘘つけないんだな』

 タツヤはこれに答えなかった。


「でも達也さんが勉強できるのって、ロンさんのおかげじゃないんですか?以前教わってるって言ってましたもんね」

「まあね、たまに出る見透かしたような発言がムカつくけど!」

『ふっ』

「笑っていやがる..」

「あはは、ロンさんも毎日付き合ってくれてありがとうございます」


 昼間のガキどもを見ていると、この二人がいかに大人らしいかが分かる。


『構わないって伝えとけ』

「俺も楽しいからいいよーだって」

『あ、こら!』

「ふっ!仕返しだ」

「あははっロンさんがなんて言ったか分かった気がします」


 やっぱりこいつらもまだガキだった。


 タツヤはミコトと夕方まで話すと、ようやく家に帰る。

 その途中、ずっとそこにあった花たちがポツポツと姿を見せ始める。俺が一番好きな時間だ。

 以前、タツヤになんとなくそれを話したことがある。以来こいつはなるべく顔を上げて帰ってくれるようになった。そしてその花の話を始めるのだ。


「知ってる?あの光って何百、下手したら何十億年も昔のものなんだよ。もしかしたらロンが生きていた頃の光があるかもね」

『なんとも夢のある話だな。じゃあ俺がそこに転生していれば生きていた俺が見られたってことか』

「自分の生存実況とかできたら面白いね」


 行き交う人々はなんだこいつといったような顔を向ける。当たり前だ。周りからすれば一人で会話しているのだから。

『慣れたのか?その、周りの目線には』

「それもあるけど、今はワイヤレスイヤホンっていうのがあって。それを使うと電話する時に一人で喋っているように見えるんだ。だからあんまりそういう目で見る人も減ったよ」

『ヘッドフオンみたいなものか』


 とは言っても見てくる人は見てくる。タツヤがそれを目で追っているのも知っている。

『悪いな、タツヤ』

「なに?気持ち悪い」

『いいや、なんでも!今日はカレーだったよな。味わって食ってくれよ。お前すぐ飲み込むからつまらん』

「知るか」


 最近見つけた、いくら時が経っても純粋な美しさを放ち続ける花々、星を見るのはなぜか飽きなかった。

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