第14話『隠された太陽』

 アミーカが情報収集ついでにバーテンダーを始めた頃。サシャは初めての月末試験で頭を悩ませていた。

「うぬぬぅ……」

受験でギリギリ一般推薦は取れたものの、王立魔導学院高等部は貴族を相手に授業が進む。どこの屋敷の誰さんが誰の親戚かなど、常識として理解しているマシューたちならともかく、貴族社会と無縁だったサシャは理解するまでに時間がかかる。

 少女は身近な人から覚えようとベルフェス家から調べることにした。は、いいものの、やはり古い家柄なだけあって人数が膨大ぼうだいだった。

「あっちこっちに親戚散りすぎでしょ……」

 図書室の中にある自習スペースにて。顔を両手でおおい、溜め息をついたサシャの前でオルソワル・オルフェオ・ベルフェスは古文の教科書を読み進めていた。

「我が家はどちらかと言えば周りへ人材を輩出しているほうだ。太陽の一族は体が強い。特定の病気も抱えているが。月の御子みこたちも体は強いほうがいいだろう?」

「うんまあ理屈としてはわかる。でもこれを勉強で覚えるのは……」

「勉強として覚えようとするから頭に入らないんだよ」

 明るい声がしてサシャは頭を上げた。オルフェオの従兄いとこであるオスカー・ベルフェスが分厚く古い小説を片手に立っていた。

「そんなこと言ったってぇ……」

「おーやおや、太陽の姫が泣いてると精霊が悲しむぞ。どうせなら知ってる名前から探したらどうだ?」

「いないもんそんな人……」

「いるだろ、少なくともここに二人」

オスカーは自分とオルフェオの顔を指差した。


 オスカーが広げたノートにオルフェオと自分の名前を書き、父親同士が兄弟であることを示す簡易家系図を書く。

「これをさかのぼっていけばいいわけだ」

「まー、理屈ではそうだけど……」

「ベルフェス本家の跡取りはみんなファーストネームがオルソワル。その次が事実上の個人名だ。オルソワル・なんたら・ベルフェスは全員当主。まずそこを押さえてみな」

 涙目のサシャがオルソワル・ベルフェスの名を教科書から探してみると頭の中にスッと一本の線が浮かび上がる。

「あっあっ、こことここ親子?」

「そうそう」

 コツをつかみ始めたサシャはノートを縦長にしてオルソワル・なんとか・ベルフェスの直線を作る。

「そうそうそう言うこと」

「オルフェオのお父さんがアンリさんで、そのお父さんが……」

 サシャたちの話を耳にした一般募集枠の生徒たちが聞き耳を立てる。彼らも貴族の家系図には苦労しているのだ。

 オルフェオはサシャが書いた土台に線を足し、オルフェオの高祖父がマシューとティアラ姉妹、オスカー共通の人物であることを書き加える。

高祖父こうそふはえーっと……」

「爺さんの爺さん」

「いちにいさん……四世代前のお爺ちゃんがみんな一緒なのか……。そりゃちょっと遠いけどしっかり親戚だわ……」

 取っ掛かりを得たサシャは次によく出てくるなんとかの月、という言い回しに着目する。

「ああ、それは月の五大貴族のうちのどこかの当主。ミモザの月とか、薄紫うすむらさきの月とか」

「ふんふん」

サシャはレイン家とティアラ家に絞ってなんとかの月、という二つ名を書き加えていく。

「何となく見えてきた」

「いいぞいいぞ」

 家系図を書きつつ覚えながら、サシャは代々女性が当主のレイン家が男児のマシューのみと言うことに気付きはたと手を止めた。

「……ん? マシューって男の子だけど次のご当主?」

「そうだよ」

「え、じゃあ私がお嫁に行くしかないじゃん」

 サシャは口に出してしまってから、合いの手を入れたのがマシュー本人ということに気付き赤い顔で振り向いた。マシューは今日も白銀の月のごとく微笑む。

「来てくれるの? うん、そうしてくれると母さんも喜ぶよ」

「やっ! そのっ! 今のは言葉のあやで……!」

ぶわわ、と顔を真っ赤にした少女を見てマシューはより目を細める。

「サシャさん人気だから、早めに婚約しておかないと他の男子に取られちゃうかな?」

「もう、からかわないで!」


 サシャの自習にマシューが加わり、少女はベルフェス家が月の五大貴族であるティアラ家、レイン家、フローラ家、ジュノン家、ミナーヴァ家といずれかの世代で必ず婚姻関係を結んでいることを知り驚いた。

「うわすっご。かなり血縁濃くない?」

「ちょっと近年混ざりすぎてやばいかなー……とは言ってたよね、伯父上」

「ちなみにだが、我が月ジョゼット・フローラ様は私の母方の叔母上おばうえの娘さまなので従姉妹いとこだ」

「オルフェオいとこと結婚するの!?」

「うむ、そうなってしまった」

 オルフェオは太陽と月のちぎりについても触れる。

「運命の相手?」

「感覚的なものだが、太陽と月ではよくある話だ。一目見て、ああ私の月だ、私の太陽だとお互いに気付く」

オルフェオはサシャとマシューの顔をじっと見つめる。

「君たちもそうだと思うんだが……」

「何がでございます!?」

「婚約は早めにしておいたほうがいい」

「ちょちょちょその話は一回離れたでしょ!!」

マシューはにこにことサシャへ微笑む。

「でも俺、サシャさんを誰かにあげるのやだよ?」

「べ、勉強! 勉強しようね!」


 顔を振って火照ほてりを飛ばしたサシャは次にベルフェス家を含めた太陽の氏族を覚え始める。その中に聞き覚えのある氏族を見つけ、サシャは驚いた。

「デルカ家? アルリーゴ・デルカ先生?」

「うん、そう。もう貴族ではないんだけど、貴族の傍系ぼうけいだからね」

「この学校本気で貴族だらけ……??」

「ソレル先生の一族が星魔法で有名で、レイン家うちの親戚なのは初日に話したでしょう?」

「うん聞いた……」

「学園の卒業生が教師として戻ってきているからな」

「うっわ……」

 サシャはさらに氏族名を見ていて、覚えのあるものを見つける。

「スロース……スロースどこかで聞いたことある……」

「え、そうなの?」

「……おばあちゃんだ! ま、マリルー・スロースって名前ないかな!?」

 歴史上の人物ではないからか名前はないものの、スロース家が親戚と聞いてオルフェオとオスカーは首をひねった。

「スロース家はベルフェス家とは別系統の太陽氏族なんだが……」

「今はないアルトリウス氏族の末裔ですよね、スロース家は」

「私のおばあちゃん、スロース家からバレット家へお嫁にいったの。で、おばあちゃんが私のお母さんのお母さん」

「お母様のお名前なんだったっけ?」

「シャルル。シャルル・バレット」

 マシューたちはそこでサシャがバレット姓であることに気付く。

「あれ? 苗字が母方?」

「あ、お父さん親戚全くいないみたいで入婿いりむこなの」

「へええ」

「なくはないだろうが……女系……? ん?」

オスカーは首を傾げる。

(太陽系の氏族は全て男系なのに?)

「……そうか、男で探したから見つからなかったのか」

「え?」

「サシャは多分俺たちの親戚なんだけど……。ああ、このマリルー・スロース様を調べればいいのか」

「お婆様ってご存命?」

「あー、五年前にもう」

「あ、そっか……」

「しかもうちのお母さん、実家とは事実上絶縁しててお葬式でしかおばあちゃんの顔見たことなくて……」

「おっとぉ……?」

「じゃあサシャさん、親戚関係ほぼ知らない?」

「うん、なんかそう言うのと全く無縁だった。だからわたし家族はお父さんとお母さんと自分って感じ」

(最近アミーカとフラターが加わったけど)

己の騎士を思い浮かべ、サシャは顔がゆるむ。

「ん? どうしたの?」

「地元にアミーカとフラター連れて帰るのいつにしようかなぁって」

「ああ、そうだね。早いほうがいいよ」

「うん。ふへへ……」




 オスカーは休日に国立図書館へ向かい、太陽氏族に関する鍵付きの書架を訪ねた。スロース家が別系統の太陽氏族であるため盲点だった、とオスカーはマリルー・スロースの名を探す。

「……ああ、いた」

マリルー・スロースの年齢を調べたオスカーはその年の出生記録を探す。

「いない?」

マリルー・スロースの名前での出生記録は存在しなかった。

「……だったら同じ名前で同じ年の出生の女性だ」

 時間はかかったもののオスカーはマリルーの名で出された出生記録を見つけた。

「マリルー・アルトリウス・ベルフェス! ビンゴ!」


 大事な書類のためコピーは取れなかったものの、オスカーは月曜日にサシャとオルフェオを集めて情報を共有した。

「養子?」

「そう、ベルフェスだったのに亡くなったことにされてスロースへ養子に出されてる。そのあと貴族じゃない他家へ嫁入りしているからここで記録が途絶えてた。しかも君のお婆さまのご両親、記録が消されてる」

「おばあちゃんのお父さんかお母さんがベルフェスの人?」

「多分な」

「しかし……」

オルフェオはサシャの曽祖父か曽祖母に相当する人物がベルフェス家の同じ年代にはいないと感じた。

「……隠された親戚」

「おう! いるはずのない親戚が出てきちまった。家系図洗い直さなくちゃな!」

サシャはえらいこっちゃ……と他人事のように思った。




 オルフェオとオスカーは忙しい父親たちに連絡をして家系図を保管、編集している本家の司書と共に屋敷の書庫で集合、浮上した事実を告げた。

「マリルー・スロース様と生まれてすぐ儚くなったはずのマリルー・アルトリウス・ベルフェスが同一人物だと?」

「出生年が一緒です」

「それだけだと理由は弱い」

 オルフェオを賑やかにしたような見た目の現当主オルソワル・アンリ・ベルフェスと、オスカーに落ち着きを加えたような姿のフェリクス・ベルフェスはうーんと二の腕を組んだ。

「仮にそうだとして、なぜ家系図から抹消まっしょうする必要があった?」

「罪人というわけでもないのだろう?」

「理由は不明ですが、サシャと我が家を繋ぐ部分はここしかないのです」

 四人は司書と共に、マリルー・ベルフェスが一体ベルフェスの子なのか考え始める。

「我が一族はたとえ罪人でも男児に関しては必ずこの原紙に名前を記録している。それがないとなると……」

「やはり女性でしょうか?」

 当時は十八歳で結婚、十九歳で出産が一般的な年齢。マリルー・ベルフェスの年齢に十九から二十五を足しておおよその年代を絞り込む。当てはまるのは三代前のオルソワル・ベルフェスの一歳下から三歳下。彼には年の離れた弟が二人いたが妹はいなかった。

「サシャの曽祖母と私の曽祖父が兄妹……!」




 オルフェオ、サシャ、マシュー、アガサとアリス。全員の授業がかぶるホウキの授業のあと。喫茶スペースにて。

オルフェオが確定ではないもののほぼぴったりの年齢のを見つけたと話すと、サシャはおやつに買ったレモンケーキを口からこぼしかけた。

「私のひいお婆ちゃんがオルのひいお爺ちゃんの妹!?」

「おそらく」

「と、なるとサシャさんも俺たちと高祖父こうそふが一緒ってことだよね」

 マシューに指摘されてサシャは気が遠のく。

「ほんぎゃあ……」

「他にも該当する年代の方はいらっしゃるが……そうなると血が遠い親戚になってしまうし、その方々は国外の領地に住んでいてこの辺の出身ではない」

「ああ、そうか。地域的なことも含めるとベルフェス本家の線が濃厚のうこうなんだね?」

「うむ」

サシャはえらいこっちゃ……と紅茶で口を綺麗にする。

「まあほぼほぼ確定なんだろうけど……。オルくん、家系図直さないといけないんじゃない? 手続き大変だよね?」

「いま父上が各政府機関へ連絡を回している。もしサシャがベルフェス本家の傍系ぼうけいだと確定したら、間に入ったバレット家へ財産分配の権利などが発生するからな」

「へ?」

「親戚なんだ。遺産は当然受け取るべき権利だろう?」

サシャは金貨がどじゃーんと流れる宝箱を想像して思考が真っ白になった。

「お、お、お金持ち……」

「大した額にはならないと思うが……」

「あ、あのさ。待って。うちはともかくスロース家? はどうなの?」

「スロース家は丁度マリルー・スロース様がいた世代で跡継ぎがいなくなって絶えているんだ。近しい親戚がいない。まあ、理由をこじつければ横取り、エヘン、受け取れるかもしれないが……」

「しばらく荒れるだろうね、権利問題」

「ぎゃあ……」




 その女性はサシャ・バレットに瓜二うりふたつだった。姿からして二十歳くらいだろうか。当時、若い女性たちが好んでいた柄の白いドレスを着た彼女は、今では呼ぶ人がいない自分の愛称を口にする。

「フィリー、あの子たちをお願い」

暗闇にいた女性が背を向けるとまばゆい光が差し込む。

 皇太后こうたいごうは目を覚まし、先ほどの光景が夢だったことに気づいた。

「……誰だったのかしら……?」

サシャ・バレットとは別人だったように思う。

「あの子たち……? あなたは……誰?」

皇太后こうたいごうは窓の外を見て、日が昇ったことを知った。

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