第二十五話 バトラーと職人達

「ふぅ。一通り終わりましたか」


 バトラーは軽く汗をぬぐうかのような仕草しぐさをして受付台を見る。

 そこには少なくない魔道具の数が置かれていた。

 コンテストの一件以降この工房への修理依頼や魔道具製造せいぞう依頼は急激に増えた。

 むろんシャルロッテの影響もあるのだろうがそれ以上にカーヴがうまくこの町で立ちまわった結果だろう。

 実際問題古馴染ふるなじみの依頼者も多く、以前にバトラーがこの店でシャルロッテの手伝いをしていた時に見かけた顔もあった。


 (仕事を覚えていて助かりました。頭では思い出しながらでしたが体が覚えていたようで)


 そう言いつつ魔道具を違う部屋に運ぶ。

 運び終わったらまた店頭に戻り受付に座る。

 が、予想外の――いや予想していたがまさか本当になるとは思っていなかったことが起こった。


「す、すみません……」


 軽く扉が開く音がしてその方向をにらみつける。

 「ひぃ」と軽く悲鳴が聞こえるも気にせずにらみ続けているとそこから職人とおぼしき人物が入ってきた。


「あ、あの~。新人さんでしょうか? 」


 おどおどした男十人ほどが中に入りバトラーに聞く。

 彼は威圧を飛ばしながらも嘆息たんそくし軽く答えた。


「この工房と、古馴染ふるなじみなだけです。今は当番とうばんで受付をしているだけで」

「お、お嬢はいますかね? 」


 職人一人がバトラーに聞く。

 威圧のせいかどこか顔色が青い。

 若干体も震えているようだ。


「お嬢、というのがニア殿のことならば奥にいますが……。まず貴方達はどちら様でしょうか? 」


 追撃と言わんばかりに更に圧を掛ける。

 職人しゅうの震えが大きくなるが一人の男が「キッ! 」とバトラーをにらみ前に出た。


「お、俺達は前までここで働いていた職人だ」


 震える声でそう言った。

 が、バトラーはそれを聞き大きく溜息ためいきをつく。


 (シャルの言っていた通りですね。私としてはそんなはじ知らずな職人がいるとは思いもしなかったので驚いていますが……。まぁ関係ないですね)


 机に手をやりささえにして、椅子から立ち威圧を解かないまま受付台の前に行き、台に背中をあずけ、わざとらしくめんどくさそうな顔をした。

 しかしながら一連の動作が流れるようで絵になっている。

 流石バトラー。相手を侮辱ぶじょくする時ですら優雅ゆうがであった。


「我が主人からも、ニア殿からも貴方がた来訪らいほうについてお聞きしていないのですが……。アポイントメントは取られましたでしょうか? 」


 軽く事務的に屈強くっきょうな男達に聞く。

 アポイントメント、という言葉に「あ、あぽ? 」「あぽいんと……め、んと? 」と首を傾げ、何を言われたのか咀嚼そしゃくしようとがやがやする。

 しかし集団のリーダーであろう男は混乱せずに――なかば理解をあきらめて――バトラーに食って掛かる。


「んなもんいらねぇ! 俺達は手助けに来ただけだ」

「手助け? はて。それは一体どういうことでしょうか? 」


 とぼけた様子にひたい青筋あおすじを浮かべるリーダー。


とぼけるな! 先日コンテストがあっただろう? あれで忙しいはずだ。だから旧知の中ということで助けに来たんだ! 」

「……元のお仕事は良いのですか? 」


 バトラーがそう言うと「うぐっ! 」とダメージを食らう職人しゅう

 何人かは気まずさゆえか顔をらす。


「し、仕事は……やめてきた。助けるためにな! 」

「止めてきた。はて、職人というのはそう簡単に職をせるものなのですか? 」

「そんなわけねぇだろ! お嬢一人じゃ回らねぇと思ってこうしてきただけだ」

「今は三人ですが、ね」


 そう言うと台から背を離し軽く背筋を伸ばして前を向く。

 細身ながらも威圧感あるその姿に更に気圧され中にはひざをつく者が出てきた。


「俺達は善意ぜんいでここに来てんだ! 一人だろうが三人だろうが人数そろえねぇと回んねぇだろう? それに新入りに任せられるか! 」

「……ニア殿を、一人にして商会へ移った者がそれを言いますか? 」


 致命的な一撃である。

 職人達はここにきて自分達が何をしたのかバレていることに気付いた。

 が、もう遅い。


「差しめランド商会に引き抜かれた職人達とお見受けしますが……」

「うっ! 」

「彼の『犯罪組織』ランド商会に移りこの工房衰退すいたいの原因を作った貴方がたです。恐らく他の工房に行っても弟子入りすら叶わず、その恥ずかしい顔をこのカーヴ工房に見せた、というのが事の顛末てんまつでしょう」


 そう言いながら男達の近寄るバトラー。

 そこにはシャルロッテやニアに見せるやわらかい顔などどこにもない。

 あるのは『無関心』。

 冷たいそれである。

 そして断頭台のやいばを降ろすかのごとくピシャリと決める。


「出ていきなさい。恐らくこの町に、少なくとも魔技師工房に貴方達を必要とするところは無いでしょう」


 そう言い全員投げ出した。


 ★


「くそっ! あの執事かぶれが!!! 」


 商業区を少し離れた薄暗い路地裏、リーダーの男が声を上げて煉瓦レンガ状の壁を殴りつけていた。

 他の元カーヴ工房の職人はその姿に少しビビるも気持ちは同じ。

 今にも同じように叫びたい気持ちであった。


「にしても魔技師ギルドの名誉統括とうかつがいるってうわさ、本当だったんですね」

「おかげで俺達は失職しっしょくしたがな! 」


 カーヴ工房をおとしいれる計画の片棒かたぼうかついでいたのに自分の事をたなに上げてひどい言い様である。

 しかし彼らを引き抜いた商会——ランド商会は事実上崩壊。

 商会長の今までの犯罪が明るみ出て幹部は全員牢屋ろうやいき

 商会にぞくしていた者達もこの町から逃げ出すかのようにいなくなった。

 この職人達も例外ではない。


 一応、ランド商会という名は残っているがいつ潰れるかわからないほどに落ちぶれている。加えるのならば中身はすべて入れ替わり他の商会に吸収された状態だ。

 まさに因果応報いんがおうほうとはこのことである。


「あいつがいなければ」


 にくしみにちた瞳でカーヴ工房の方を向く職人。


「おや。君達はもしかして、もしかすると何かの職人さんなのかい? 」


 突然声を掛けられビクンとする。

 突然のこと過ぎて体が動かない。


「これは失敬。僕は怪しいものじゃないのだがなにやら話し声が聞こえてね。服装からして職人さんかと」


 声は男のようだ。

 そして時間が経つにつれて緊張が解け、体が動くようになる職人達。

 ゆっくりと振り返り声の方を見た。

 そこにいたのは猫背ねこぜで背の低い短髪で特徴的な長い耳をし、白衣を着た――エルフであった。


「……てめぇ。何もんだ? 」


 ドワーフの職人が口を開く。

 ドスの効いた声だが――失職しっしょくした影響か――どこか覇気はきがない。


「見ての通りエルフの研究者です。あ、違いますね。聞きたいのはそれではないですね。失敬、失敬。僕は前から早とちりするくせがございまして……。コホン。僕の名前はマヴル。マヴル・アヴァルーノというしがない研究者です」


 病的にまで白い顔に緑の瞳をぎらつかせながら職人集団に挨拶した。

 軽快けいかいに話すその姿に呆気あっけにとられながらも彼——マヴルの言葉を待つ。


「……実は僕この町に来て間もなく右も左もわからないのですが……お聞きしてもよろしいでしょうか? この町の事」

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