第二十四話 ニアとシルヴァ 三 ニア

「きぃぃぃぃ!!! 何ですか! 何ですか! あのイケメン冒険者は!!! 」

「お、落ち着き給えニア君。それとそれは悪口になってないと思うのだが」

「いいえ師匠! このの美男子、特に美男子に近付く美男子は要注意です!!! 」


 鬼気迫る様子でそう言うが何を言っているのかわからない。

 首を傾げていると休憩室のはしから一冊の本を持ってきた。


「これは確か……」

「そうです! この前パトリックさんがお土産に持ってきてくれた本でカルボ王国産の本です。みてください、このふしだらな行為! きっとあのイケメンはバトラーさんをおとしめようとしているのですよ! 」

「いや、ボクの記憶が正しければそれは架空かくうの話だったと思うのだが」


 バンバンと開いた本を叩き強調しながら、バトラーとあの貴族子息の恋愛事情を妄想するニア。

 東の森から帰りこの状態だ。最初はバトラーに近付く美男子変態と思い込み、痛烈つうれつ非難ひなんしているようだった。

 確かにあの令息は美男子の部類に入るだろう。


 中に入って軽く紅茶を入れようとしているバトラーを見る。


「どうしましたか? シャル」

「いやなに。ニアの中では君はけがされているようだからね。とうの本人はいかように考えているのか、少し考えてみただけだよ」


 そう言うと露骨ろこつに嫌な顔をしていつもよりも少し荒っぽくティーカップを机に置いて紅茶をそそいだ。

 ま、あの令息がイケメンだろうとうちのバトラーほどじゃないね。

 というよりもボクとしては興味をそそられない。

 なぜ冒険者を、と思わないことは無いが次男以下にはよくあることだ。

 ニアは気にしているようだがボクとしてはこれ以上の接点がない限り、観察対象にすらならないね。


「うん。今日も君がいれる紅茶は美味しいね」

「急にどうしたのですか? あらたまって」

「興味深い観察対象がいるこの日常をあらためて、楽しみ、みしめている所だよ」


 はぁ、と言いながらも軽く後ろへ行きそばに着くバトラー。

 それに軽く笑みを浮かべながらティーカップを机に置く。


 にしてもあの令息冒険者の事をニアに言うべきだろうか。

 事が事ならば不敬罪になりかねない。

 しかし……。何だろうね。放置したら面白いことになりそうな気がしないでもない。


「……シャル。なにをにやけているのですか? あまり気持ちの良いものではないのですが」

「前から思っていたが君にはデリカシーというものが無いのだろうか? 」

「神獣ですから」

「こういう時だけ神獣であることを持ちだされてもね。第一、人間社会にまぎれ、狼獣人にけて闊歩かっぽしている時点じてんで普通の神獣から感性かんせいが外れていると思えるし、何より君に常識というものを教え、修得したはずだ。ならばデリカシーくらいは身に着けることが可能だと考えられるのは普通だと、少なくともボクは思うがね」


 あからさまに顔をしかめるバトラーを見上げ「くくっ」とわらいニアを見た。

 時間がち少し落ち着いてきたのだろう顔から赤みが引いている。


「しかしニア。君も不思議だね」

「何がでしょうか? 」

「人見知りな君があそこまで露骨ろこつに、しかも好戦的に初対面のイケメンに突っかかっていくとは。流石にボクにも予想が出来なかったよ」


 少し意地悪な感じでそう言うと前の事を思い出したのか苦虫にがむしみ潰したよう顔をするニア。

 同時に何かあきらめたかのような顔をしつつ、嘆息たんそくしながらこちらを見る。


「はぁ……。最初はバトラーさんに対する態度を注意する程度にしようかと思っていました。しかし……一目見てわかりました」

「……一応聞いておくのならば……何が、だい? 」

「あれは私の――天敵てんてきです」


 真剣な眼差まなざしでぴしゃりとそう言った。

 うん。全くわからないね。何をどう解釈かいしゃくしたらそうなるんだい?


「あの人は私と真逆まぎゃくです! 高価な装備に細身ながらも力強さを感じさせる風格ふうかく


 もしかしてニアはあの冒険者がどこかの貴族の令息であると直感でわかったのだろうか?

 しかし装備に関しては君も人の事は言えないのでは?


「恐らく師となる人がいて譲り受けたのでしょう。でなければFランク冒険者があのような装備をするはずがありません! 」


 師の事を持ちだすと君は本格的に人の事を言えなくなるのだが確かに彼女の指摘は的確てきかくだ。

 まずもって貧乏びんぼうなFランク冒険者があのような高価な装備をするはずがない。

 恐らく家から借りてきたか、買ったかだろうね。


「師匠。どうしたのですか? アイテムバックを探って」

「……ニア。君にこの鏡をプレゼントしよう」

「鏡、ですか? 」

「ああ。君は一度、見た方が良いと思ってね」

「ありがとうございます!!! 」


 余程嬉しいのか手鏡を受け取り上にかざしてキラキラとした目でながめるニア。

 どうやらボクが言いたいことは伝わらなかったようだ。


「ま、話はここまでだ。作業に入ろう」


 手鏡の興奮冷め止まないまま作業部屋へボクとニアは向かった。


 ★


「そう言えばバトラーさんはこっちに来ないのですか? 」

「ああバトラーには接客を任せている」

「……神獣が接客って。今思えばこれほどに豪華ごうかな工房は無いですね」

「加えるのならばここにSランク冒険者兼魔技師ギルド名誉統括とうかつもいるがね」


 そう言うと少し気まずそうに顔をずらすニア。


「ああ、ボクの事を忘れていた君を別に責めているわけじゃないのだよ。ただ彼はこの作業場よりもあっちの方が良いだろうと思ってね」

「どういうことですか? 」

「いや、フェンリルとしての性質なのかそれとも狼系統の神獣のせいなのか、はたまた違う理由からかなのか不明なのだが彼はボク達普通の人間よりも鼻がく。錬金液れんきんえきの、それも微弱びじゃくな臭いにすら不快感をいだくほどに」


 言いたいことが分かったのだろう。

 なるほど、と呟きながらニアはガラスの機材きざいそろえていく。


「確かにそれならばこの作業場はバトラーさんにとってはきつい場所かもしれませんね」

「ああ。後で自分の体に消臭オーダレスを掛けるが……それでもみついた臭いは感じ取るようだ」


 苦笑いしながらそう言う。

 ボクとニアは機材きざいそろえて対面。

 目の前には大きなガラスで出来た機材きざい苦草にがくさ魔力蓄積ちくせき岩。

 魔力蓄積ちくせき岩は前もってくだいており、苦草にがくさは未処理だ。

 そして少し大きめの、グルグルきな還流かんりゅう機材きざいに蒸留水等々準備万端ばんたん


「さぁ。錬金液を作ろうか」

「はい! 」


 同時に苦草にがくさをすり潰し始めた。

 後から聞くと鼻がくバトラーは顔をしかめ、鼻を曲げながら受付にいたそうだ。

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