第10話 私のア~ル

俺の担当であるティンクが帰った。

担当は俺の教師であり、観察者であり、お目付役だ。

無害を装っているが信用できない。

俺が害ある存在と思えば、処分を国に申請するだろう。

人の良い感じで近づいてくる者ほど怪しい。

気を許すな。

商社マンだった勘がそう呟きかけてくる。


ティンクを裏戸の外まで見送ると近所のガキが井戸の近くで遊んでいた。

一人は7、8歳位の子供がガキ大将の様だ。

大将を取り囲むようにの4,5歳位の子供らが4人いた。

石のようなモノを出し合って自慢している。

何が楽しいのか判らない。

ティンクの背中が見えなくなるとガキらが俺を囲んだ。


「おい、お前は誰だ?」

「アル」

「お前がアネィサーの弟か?」

「うん」

「そうか、お前を俺の子分にしてやる。喜べ」

「ヤダぁ、遠慮する」


姉とガキ大将がどういう関係か知らないが俺は関係ない。

俺が首を横に振っただけでガキ大将が怒り出す。

沸点が低い。

生意気だと腕を突き出してくるので半身で避けると本気が怒り出した。


「取り囲め。逃がすな。アネィサーに見せつけて、あいつも子分にしてやる」


1歳児を相手に何をする気だ。

アブアババァアブアババ・・・・・・・・・・・・ (我欲する所、汝の事を願い奉らん。風の精霊知るフィードよ。我の言葉を聞け。我は汝と契約を結べし者なり。汝の・・・・・・・・・・・・)と風魔法の高速詠唱を小声でアブアブと口ずさむ。


『かぜよ!』


手の平を下に向けると旋風つむじかぜが地面を吹き返して土煙が立ち上がる。

目潰しだ。

その間に家に駆け込む・・・・・・・・・・・・つもりだったが、ガキ大将に服を掴まれた。

脱出失敗だ。


「何をした?」

「知らない」

「生意気な奴め」


服をぐいっと引っ張ると抵抗できずにその場に転がる。

復活した子分が左右に立って俺の退路を塞ぐ。

肉体強化を駆使しても人並みだ。

家から出たのは失敗だった。


ガキ大将は兄のウェアニーよりも大きい。

俺は身長が10cmも伸びて60cmに達した。

だがしかし、ガキ大将は俺の倍 (120cm)以上はある。

こんな巨人を相手にどう戦おうか?


例えるならば、『トムネズミジェリー』だ。

猫の方が大きいが、ネズミの方がズル賢い。

さて、ネズミはどうするか?


俺の魔法は実践的ではない。

火を唱えればマッチ棒のような火であり、風を唱えれば旋風つむじかぜ程度だ。

夜中ならばライトで目潰しができるが、昼間は意味がない。

ならば、取る手は一だ。

家に帰るのを諦めて、店から帰還すればいい。

怖がっている振りをして距離を取ろう。


俺はジリジリと下がって距離を取る。

少し詠唱が長くなるが、『ファイヤー』を使おう。

目の前に火の柱が出れば、足も止まるだろう。

その間に逃げる。

店の玄関まで遠いな・・・・・・・・・・・・追いつかれないかな?


魔方陣の書いた羊皮紙ようひしがあれば、本当の魔法を見せて脅す事もできる。

護衛のいない魔法使いは役立たずと賢者が書いていた。

賢者の回想録にあった魔王との戦いがあった。

賢者はすべて羊皮紙ようひしを使い切り、血で地面に魔方陣を書いて詠唱の補助として賢者は魔王に止め刺した。

詠唱時間は10分に及ぶ。

勇者と戦士と僧侶が魔王と死闘を繰り返し、護衛の盾士と槍士が賢者を守った。

賢者は魔方陣の上で動けない。

激突で弾かれた跳弾が腹を抉られたが、賢者は詠唱を止めずに究極魔法を発動させた。

それが致命傷となった。


「おい、何とか言え!」


ガキ大将に答えず、ジリジリと下がる。

その間も俺はブツブツと唱え始めている。

返事をしないだけで切れたガキ大将が襲ってくる。

短気だな。

駄目ぁ、詠唱が間に合わない。

俺の足では逃げても追いつかれる。

詰んだ。

大人しく殴られよう。

肉体強化とエアークッションを重ねれば、痛くもないだろう。


『ア~~~~ル!』


まるで弾丸列車のように走ってくると、子分Aを背中からダイビングキックで蹴り飛ばした。

両足蹴りって、プロレス技だ。

ひょいと立ち上がる。

アネィサー登場だ。


「アネィサー、何のつもりだ?」

「ア~ルをいじめた」

「こいつは俺のモノだ」

「ア~ルはわたしのモノ」


ガキ大将と姉は仲が良いように見えない。

ご近所だから知り合いなのは間違い。

姉が睨みつけると子分らが後ろに引いてゆく。

姉に怯えている。

子分らは兄より年上であり、体格も同じくらいか、それよりも大きいが姉が怖いらしい。

ガキ大将は姉を睨む。


「ア~ル、いじめた」

「うるせい。いつも逆らいやがって」

「ア~ル、いじめた」

「アネィサー、今日は手加減無しだ。決着を付けてやる」


姉はガキ大将の声が聞こえていないようにで、同じ言葉を繰り返す。

姉の体から赤いもやが溢れている。

俺は魔力視が発動しているので見えているが、他の人には見えないようだ。

だが、靄から魔力は感じない。

そうなると賢者がいう気力という奴だろうと推測する。

武人は闘い時に体から赤い靄が溢れるらしい。

姉から赤い靄が漏れるのは初めてだ。


「ア~ル、いじめた」

「アネィサー、勝負だ」


二人が一気に距離を詰めた。

ガキ大将が命一杯めいっぱいの力を込めて拳を振り下ろす。

姉はそれを屈んで避けると、蛙飛かえるとびのように跳ね上がって頭突きを繰り出す。

グワン!

鉄と鉄が当たったような音がすると、食い縛っていたガキ大将の歯が飛び散った。

顎が割れたんじゃないか?

そう思えるような一撃だ。

ガキ大将がその場に倒れた。


ぶるぶるっと全身が震える。

姉はヤバい。


「ア~ル、だいじょうぶ?」

「大丈夫」

「よかった。わたしのア~ル」


姉がぎゅっと俺を抱き締める。

ガキ大将の歯がすべて抜けて転がしながら白目を剥いて倒れている。

逆らえば、俺もああなる。

姉はヤバ過ぎる。

逆らわないでおこう。


「アネィサー、お前・・・・・・・・・・・・」

「もんくある?」

「いや、ない」


遅れて追い付いてきた兄のウェアニーも顔を引きつけながら何か言いたそうだが、言葉を飲み込んだ。

我慢する兄を初めてみた。

その後ろに姿を隠すようにいるのが下の兄のシュタニーだ。

食事の時以外は見た事がない。

俺が離乳食を奪われる頃には、食べ終わって消えている。

話した記憶もない。


PS.翌日、姉に睨まれて兄が離乳食の強奪を諦めた。

これからは盗み喰いをしないと誓った。

俺の食事は守られた。

絵本を持ってきた担当官にその話すと・・・・・・・・・・・・申し訳なさそうに謝った。


「担当が決まると離乳食の配給は終わりです。来月から配給されません。ご免なさいね」

「俺の食事が・・・・・・・・・・・・」

「その絵本もタダではありませんので・・・・・・・・・・・・」


課題を熟して、食事代を稼げ。

そんな正論は要らない。

来月から3食が芋スープだ。

俺は真っ白に燃え尽きた。

神も仏もないぞ。

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