第9話 俺のお目付

魔術士が去ってから5日後にティンク・フォン・リトルス(ミリフォ)男爵夫人を名乗る魔法科の役人が派遣されていた。

お貴族様が貧困区までやって来た。

貴族と言ってもピンからキリまであり、このティンクさんは下級貴族だ。


「はじめまして、アルフィン・パウパー君」

「よろしく、おねがいします」

「今日は説明と確認を行います」

「はい」


喋るのが少し遅いのは許して欲しい。

母さんは貴族と聞いて引き気味だ。

兄らや姉を外にやった。

下級貴族は城壁の指揮や冒険者を雇用する事もあるので、この貧困区にもよく足を運ぶらしい。

俺も高等科を卒業すると婿養子に入って貴族になる可能性が高い。

このティンクさんも元は宿屋の娘だったと言う。


「下級貴族なんて大した事ないわよ。大商人の方がお金持ちよ。私の実家の方が我が家より収入がいいくらい」


同じ男爵でも領地持ちと法衣貴族では価値が違う。

行政府に勤める彼女は公務員のようなモノであり、贅沢とは無縁らしい。


「でも、貴族として人を招くから使用人はいる。ホント、出費ばかりで嫌になるのよ」

「俺の担当は貧乏くじですね」

「そうでもないわよ。臨時手当も出るし、課題を熟してくれるとボーナスもあるわ」


課題とは、国への貢献だ。

同じ転生者でも異世界人の俺は未知の知識を持っているかもしれない。

昔読んだ新聞の記事を書き写すだけでも貢献とされる。


「この世界には異世界文学という科目もあるのよ」

「異世界文学ですか?」

「異世界の歴史や事象を記録して研究しているのよ」


小さな町工場に勤める職人が持つ専門知識などが高く買い取られる。

最先端の研究者ならば、高等科の学習院へのお誘いは決定だ。

ミサイルなどの軍事技術を持つ研究者や技師ならば、国のトップである機密院に組み込まれる。

魔法のあるファンタジーな世界なのに、科学技術を貪欲どんよくに欲しているらしい。


「最初の課題は料理のレシピがお勧めよ。料理は作れるのかしら?」

「まぁ、自炊はしていました」

「お菓子は?」

「少々は・・・・・・・・・・・・」

「それは絶対に書くべきよ」


がしっと両手で俺を掴むと、獲物を狙うような目でティンクが鼻息を荒くした。

何でも料理レシピは外れがない。

よく似た料理は沢山あるが、まったく同じというモノはほとんどないらしい。

微妙な違いで味が変わるので、必ず料理人が買い取ってくれる。

しかもティンクさんが主催するリトルス家のお茶会で最新のレシピを披露する事もできる。

代わり映えしないお菓子でも新レシピというだけで話題にできる。


「美味しければ、100点満点よ」

「お菓子は作った事はありません。本でぱらぱらと見た程度で・・・・・・・・・・・・」

「そのレシピは書ける?」

「はい」

「バッチぐぅーよ」


拳を握り絞めてガッツポーズだ。

貴族の奥方は流行を追わなければならないので大変そうだ。

貴重な情報や新しい情報は高い加点が付く、すでに出されている知識は加点が少ない。

加点1点で俺にも銀貨1枚の報酬が貰える。

料理レシピは1枚で必ず加点1が入るのでお得らしい。


記憶を覗きながら、レシピ本で書き出せそうな奴の数を数えた。

約300品か。

つまり、レシピ10枚で銀貨10枚。

銀貨10枚は小金貨1枚となり、小金貨30枚で金貨1枚だ。

金貨1枚って、どれほどの価値だ?


「銅貨1枚で芋が6つ買えますよ」

「銅貨100枚で銀貨1枚でしたね」

「はい」

「金貨1枚ならば・・・・・・・・・・・・」

「金貨で芋を買う人はいませんね」


そりゃ、そうだ。

だが、この計算はまだ早い。


『取らぬ狸の皮算用』

(狸をまだ捕まえていないのに、その皮を売ったと考え、 もうけの計算をすること)


俺はまだ字が書けない。

文字を覚える為の絵本を持って来てくれると言う。

文字を覚えたら、次に書けるようにならなければならない。

最後にレシピの翻訳もある。


「字は美しく書くのよ」


最低の基準をクリアーしないと、審議官の前のチェックが入って戻ってくるらしい。

そう考えると道は長く険しかった。

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